絶望の声と唯一の声
-絶望の声と唯一の声-
ハーフデビルさんの事件から早半年が経ちました。
つまり、この館に来て、1年が経ちました。
あの事件以来、ハーフデビルさんとあった距離が少し近くなったような気がします。
あの日からハーフデビルさんは私の名前を呼んでくれるようになりました。
それがとても嬉しくて。
私の名前を呼ぶ方は家族ぐらいでしたから。
友人なんていませんでしたし・・・他の皆さんは姫呼びでしたし・・・。
「リーン様?」
「いえ、なんでもありませんわ。」
少しの嬉しさを感じながら、今日も家事をしていきます。
嗚呼、そういえば、他の屋敷にどうやら動きがあったみたいです。
今まで、閉じられた窓が開くようになって、まぁ、外には出られらないんですが・・・。
でも、少しずつ他の姫達が見えるようになりました。
気になっていたので、少し安心しました。
「リーン様!」
「はーい。今行きます。」
視界の端に何かの影が見えた気がするが、きっと気のせいよね。
だってここには許された人しか入れないのだから・・・。
そう思って下へと駆け下りる。
「リーン様。これですが。」
「嗚呼、それは。」
日々の生活の中に影のことは忘れてしまった。
いいえ・・・忘れようとした。
だって知ってしまえば・・・私は・・・。
いいえ、いいえ・・・気にしてはいけないわよね・・・。
そう思ってた。
瞼を閉じ、見なかったことにした。
したかったのに・・・。
「・・・ぁ。」
真っ暗の闇の中でガサゴソと音がして目が覚める。
すぐ近くの窓から外を見れば、何かの影。
嗚呼・・・あれは。
「助けに来ました。我が姫!」
「あっあぁ・・・!シャーロン様ぁ!」
斜め前の屋敷。
あれは、一番の大国、ジーフドゥ王国の姫が住む屋敷。
その屋敷の扉が何故か開き、姫が出てきている。
とても美しい金髪を揺らし、涙を流しながら影、あれは噂に聞いていた勇者だろう、勇者に抱きついている。
勇者は姫を愛しげに抱きしめている。
嗚呼、なんて、なんて美しい光景なんでしょう。
なんて素敵な物語。
囚われのお姫様を命からがら助けにきた勇者様。
嗚呼、なんて素敵な物語。
あまりにも美しくてじっと眺めていた。
「さぁ、早く、こちらに!!」
「はいっ。」
勇者が姫の手を繋ぎ、この地から魔術で逃げだそうとしている。
魔方陣が光り輝いている。
ふと勇者がこちらを見た。
見られた。
勇者に見られてしまった。
咄嗟に隠れてしまった。
隠れたところでなんにもならないのに。
ドクドクと心臓の音がする。
「どうかしましたか?シャーロン様。」
「いえ、何でもありませんよ。姫。」
嗚呼・・・嗚呼・・・。
なんて、なんて馬鹿なの?
分かっていたはずじゃない。
私に助けなんてこないことなんて。
知っていたはずなのに・・・分かっていたはずじゃない。
私は、弱小国のお荷物姫。
ここにいても別に彼らには関係ない。
助けたところでもなんにも価値がないのだから。
彼女らとはちがう。
全くの別の物。
私は誰からも必要とされない。
そんなの知っていたじゃない。
今更、今更よね・・・。
嗚呼、なんて惨め。
なんてなんて愚か。
次から次へと涙が流れてくる。
なんて愚かな。
「ふっ・・・うっ。」
声だけは出したくなかった。
手で口を押さえて声を漏らさないようにした。
こんな愚かな自分を誰にも見られたくなかった。
誰にも知られたくなかった。
どれだけそうしていただろう。
いつの間にやらあれだけ光り輝いてた魔方陣は消え、彼らの姿もなくなっていた。
闇が静寂がこの地を包む。
誰も居なくなった。
「ああ・・・あああぁぁああああ!!!!」
そう感じたら、もう我慢できなかった。
声が絶望があふれ出した。
知っていた、分かっていた。
でも、でも。
少しぐらいは願っていた。
祈っていた。
こんな私でも、こんな醜い私でも救ってくださる誰かがいるのではないかって。
勇者様が。
騎士様が。
でも、でも・・・やはり居なかった。
「リーン様・・・。」
「う、ぁ。あぁぁ、分かってたのに・・・分かってたのに・・・。」
「リーン様!!!」
何かに抱きしめられた。
でも、今の私はただただ涙が溢れて見えない。
「でも、寂しいの。寂しいの・・・。独りぼっちはさみしいの・・・。さみしくてさみしくて死んでしまいたくなるの!!」
「リーン様!そんなこと言わないでください!!そんな死ぬなんて。」
「でも、でも・・・私は、私は・・・もう独りぼっちは嫌なの!!!」
誰も居なくなった5つの屋敷。
残ったのは私だけ。
たった独り。
知っていた。
少しずつ彼女たちが元気になったのは外からの救出に向かっているのを知ったからだって。
そして一人ずつ助けられていたのも。
さっきの彼女が最後の一人。
彼女がいなくなって本当に独りぼっちになってしまった。
嗚呼・・・嗚呼、なんて寂しい、悲しい。
死んでしまいたい。
このままここに居たって、誰も助けなんてくれない。
私は一生、ここで独りで・・・。
そんなの、そんなの耐えられない。
私は強くない。
弱い弱い存在なの。
独りでは生きていけない。
嗚呼・・・嗚呼・・・。
「私がおります、この私が!!!!」
「・・・え・・・?」
「リーン様。」
必死な声が耳に、心に響く。
目の前にハーフデビルの顔が見える。
嗚呼、私を抱きしめていたのは彼女だったのか。
彼女の表情は悲しげで、でも強い意志をもったもので。
思わず私は彼女を見つめる。
「私ではあなた様の心の支えにもなりませんでしょう。でも、少しでもあなた様が寂しくないよう、私はずっとあなたのお側におります。」
「そんな・・・こと・・・。」
きっとあなたも私の側から離れる。
知っているの。
誰も私の側になんか・・・。
居てくれるはずがない。
私は役立たずなのだから。
「名をください。」
「え・・・?」
「私に名を。リーン様から私に名をください。」
「名をって・・・。」
名を付けるって、主従になることではなかったでしょうか・・・?
そう、初めて会った日にあなたが、ハーフデビルさんが話してくれたはず。
名は大切なものだって言ってたじゃない。
「私をずっとリーン様のお側にお使いさせてください。私のすべてをあなた様に。」
「そんな・・・だって、あなたは強くなって見返すって言ってたじゃない!!」
いつか強くなって上位魔族から名を頂いて、今まで馬鹿にしてきた奴らを見返すって。
そう、強く言ってたじゃない。
なのに・・・なのに、私なんかに使うなんて。
そんな、そんな。
そんなことしては。
「えぇ・・・。私は過去そうあなた様に言いました。でも、その言葉はもう過去の物です。」
「過去・・・?」
「私のあの言葉を馬鹿にもせず、笑って応援してくれたのはリーン様です。そして傷ついた私を必死に手当をしてくれたのもリーン様。私のために泣いてくださったのもリーン様、あなた様です。」
まっすぐ私を見つめるハーフデビル。
思わず、目線を外したくなるが、彼女は許してくれない。
「私はあの時から、他の者を見返すなんてどうでもよくなったのです。ましてや魔王様の配下に加えていただこうなんてことも考えておりません。」
「ハーフ、デビルさん?」
「ただ、リーン様のお側で、お仕えさせてください。」
静かに私に頭を下げるハーフデビルに目を見開き見つめる。
なんで・・・?
なんで、なんで、なんで、私なんかに??
「私は何もないのよ?他の姫達と違って・・・奇跡の力も、能力も・・・何も・・・。」
「私は奇跡の姫なんて関係ないのです。私はリーン様。あなたに、あなただから、お仕えしたいのです。私にはあなたが必要なのです。」
「・・・本当に?」
「えぇ。」
「初めて言われた・・・。」
今までそんなことを言ってくれた人は居なかった。
両親だって言ってくれなかった。
ただただ謝るだけだった。
優しい人たちだった。
でも、私を、私自身を必要とはしてくれなかった。
私を見て辛そうにするだけだった。
他の人たちだって・・・。
なのに、あなたは私を、私自身を必要だと言ってくれるの?
「・・・カルム・・・。」
「・・・え?」
無意識に出た。
でも、この言葉が一番あなたに似合う。
優しい優しいあなた。
私のことを、私なんかを必要としてくれる、優しいあなたの名前。
一度声にするとすごくすごく愛しくて暖かくなる。
「あなたの名前。カルム、優しいあなたの名前。」
「カルム・・・。」
何度か声に出しているハーフデビル。
「カルム・・・、素敵なお名前をありがとうございます。リーン様。」
顔を上げて優しくほほえんでくれる。
初めて見る顔。
なんて、優しく暖かい笑みなんだろう。
「これから私の一生をリーン様に。」
そう言って私の右手を取って小指に口づけられる。
びっくりして、固まると、輝かしい光に包まれる。
一瞬にして光が消えたが、凄い光で再度固まってしまう。
「・・・ひっ光が!!」
「契約が成立した光です。」
「契約?」
「服従の契約です。」
「え?」
服従の契約?
主従の契約ではなくて??
「名前を付けられるのは主従の契りですが、右手の小指に口づけをするのは服従の契約なんです。」
「え、えっと・・・?」
「私がリーン様の下僕と同じと言うことです。」
「え!!なんで、そんな!!」
「リーン様、名付けだけではきっと安心しないでしょう?いつ裏切られるだろうかと思ってしまう。だからです。」
真剣に私の目を見るハーフデビル・・・いえカルムに思わず後ずさる。
なんで、バレてしまったの?
「リーン様は裏切られると思いながらも許してしまうでしょう?あなたは自分自身にとても自信がない。故に裏切られても仕方がないと思うでしょう。」
嗚呼、カルムの言うとおり。
私はただ今このとき私を必要だと言ってくれたカルムの言葉さえあればと思っていた。
たとえ、未来、裏切られてもいいと。
なのに、彼女は。
「私はあなたを裏切らず、ずっと死ぬまであなたにお仕えします。絶対に。だから服従の契約をしたのです。」
「カ、ルム。」
「服従の契約は、下の者が裏切れば即刻罰が与えられます。死という罰が。」
「そんな!!!今すぐ解除して!!」
なんて契約を!!
そんな、そんな恐ろしい契約をカルムにさせたくない。
必死に訴えかけるが、カルムは無言で首を横に振る。
「しません。一生。もし、この契約を酷いと思うなら、いつかでいいです。」
「カルム?」
「いつか、私を信じてください。私はあなたの支えとなりたい。私はあなたを独りしない。」
あぁ・・・あぁ・・・泣きたくないのに、泣きたくなんてないのに。
なのに、涙が溢れてしまう。
私は、こんなに思われているのに。
なのに、なんで信じられないの?
どうして?
でも・・・いつか信頼できる日が来るのでしょうか?
いえ、来てほしい・・・。
こんなに優しい人を私は信じたい。