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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

歴史もの

拳闘

作者: しのぶ

 デルポイにはアポローンの神託所があり、神託を聴くためにやって来る人々が後を断たなかった。

 今日も今日とて、二人の旅人がデルポイへの道をたどっていたが、そのうちの片方は不安そうに周りを見回していた。もう片方が言った。


「おい、イーピクレース。なにをそんなに気にしてるんだ」


「知らないのか、アンドロニコス?最近、この道には通り魔が出るんだよ」


「通り魔?盗賊か?」


「いや、それが金目当てじゃなくてね。なんでもプリュギア王のポルバースとかいう奴が通行人に拳闘(ボクシング)を挑んで、それで彼に負けると殺されてしまうらしいんだよ」


「バカバカしい。プリュギア王がわざわざ国を留守にしてこんなところにまでやって来て、通行人を待ち構えるようなことをするかね」


「まあそれは噂なんだけど、でも通り魔が出るというのは事実らしいんだよ。多分、身元を隠すためにわざとプリュギア王を名乗っているのだろう」


 二人がそんなことを話しながら歩いていると、突然道端に砂煙が立ち、人々の一団が現れた。彼らは武装していて、さながら盗賊の集団のようである。そしてその中から、一人の筋骨たくましい男が歩み出た。彼は拳に革紐を巻いてさながら拳闘士(ボクサー)の出で立ちである。そして拳を打ち合わせながら言った。


「フフフ、今日の獲物がやって来たな」


「で、出たああああああ!!」


「ま、まあ、落ち着けよ。おいあんた。何が望みだ?」


「大したことではない。俺と拳闘をしてもらいたいだけだ。俺に勝てばなんでも言うことを聞いてやろう。だが負ければ、命をもらう」


「ほほう、面白いじゃねぇか。問答無用で襲いかかってこないだけ、まだ盗賊よりはいいかもしれない」


「お、おいやばいぞ。逃げよう」


「そう恐れるなよ、イーピクレース。俺だって、ポーキスにその人ありと言われたアンドロニコスだ。拳闘には自身があるぞ」


「ほう。お前はなかなか楽しませてくれそうだな。このポルバース相手にどれだけ通用するかな」


「なめるな!行くぞ!」


 殴りかかるアンドロニコス。しかしポルバースはかわし、逆に一撃で殴り倒した。


「グハッ!」


「どうした、そんなものか?」


「ま、まだまだ!」


 アンドロニコスは起き上がって戦うが、その攻撃はことごとくかわされるか防がれるかして、逆に何度も殴り倒される。


「つ、強い……」


 イーピクレースは戦慄しながらその様を眺める。ついにアンドロニコスが立ち上がれなくなると、ポルバースは言った。


「俺の勝ちだな。おい、渡せ!」


 そう呼ぶと、控えていた者たちの一人がポルバースに斧を渡し、ポルバースはその斧でアンドロニコスの首を切り落とした。そしてイーピクレースの方に向き直って、言った。


「さて、お前はどうする?……フフフ、そう恐れるな。お前などと闘っても面白くなさそうだからな。今日はここまでにしておこう」


 そう言うと、ポルバースは人々と共に引き上げていった。イーピクレースはその場に膝をついて言った。


「おお、なんてことだ……。ゼウスよ、お助けあれ」


 

 さて、デルポイに着いたイーピクレースは、この事情を訴えると、そこに来ていた他の参拝客の中にも、やはり被害に遭った者が何人かいた。そこでイーピクレースはデルポイの巫女にお告げをうかがって言った。


「あの通り魔をどうすれば良いのでしょうか」


 すると巫女はお告げを下して言った。


「……犠牲を捧げよ」


「犠牲?」


 デルポイの巫女は普段は謎めいたお告げを語るのが常であったので、このように単純な言葉を聞くのは意外であったが、とりあえず被害に遭った者たちは共に牛を買ってそれを犠牲に捧げ、その肉を分け合って食べて帰っていった。



 さてポルバースは、今日も今日とて道端で通行人を待ち構えていると、一人の若者が通りかかるのが見えた。若者はさほど大柄ではないが見事な体つきで、さながら競技会に出る選手のようである。

 ポルバースはこれを見て躍り出ると、言った。


「おいお前、俺と勝負しろ!」


 若者は言った。


「ほほう、お前が噂の通り魔か。待っていたぞ」


 そう言うと、彼は拳に革紐を巻き始めた。ポルバースは言った。


「俺を知って、なお挑もうというのか?面白い。よし、行くぞ!」


 歩み寄るポルバース。若者は左ジャブを繰り出す。ポルバースは間合いを保ちつつそれを防ぎ、スピードとタイミングを計る。


(速い!が、これならかわせる!)


 ポルバースはジャブをかいくぐってボディーブロー!しかし相手はこれを読んでいたか、それをかわして右を打ち下ろす!よろめいたところにさらに左!


「グハッ!」


 倒れるポルバース。控えていた人々がざわめく。


「た、倒した……」


「あのポルバースを……?」


 ポルバースは体を起こして言った。


「や、やるな……。ダウンを取られたのは二ヶ月ぶりだ。おい、お前、名は何という?」


 若者は言った。


「私の名はポイボスという」


「ポイボスだと?ふざけた名前を……ん?ポイボス?」


「そうだ。母の名はレートー。父の名はゼウス。そう、つまり私こそ、遠矢(とおや)射る神アポローンであるぞ」


 ざわめく人々。


「アポローンだと?」


「そんな馬鹿な……」


 そのうちの一人が言った。


「まずいぞ、ポルバース。もし本物のアポローンならえらいことだ。人の身で神に勝つこと難し、というからな」


「黙ってろ!」


 ポルバースは起き上がって言った。


「もし本物のアポローンなら、むしろ願ったりというところだ。俺の力がどこまで通用するか試せるからな。行くぞ!」


 アポローンのもとに駆け寄るポルバース。その心の内で考える。


(こいつの動きはすでに見た。確かに強いが、勝てないほどではない。次は打ち勝つ!)


 そして間合いに入ったポルバースは左ジャブを繰り出した、が、相手はさっきよりも数段速いスピードでこれをかわし、一気にポルバースのふところに入る。


「なっ……」


 そして、閃光の左フック!ポルバースは首がちぎれて吹っ飛んだ。アポローンは倒れるポルバースの体を背後に、人々に向かって言った。


「かつて言ったように今も言うがね。死すべき人間と、不死なる神々とは、その生まれからして異なっているのだよ」



 数ヶ月後、イーピクレースは再びデルポイへの道をたどっていた。かつてアンドロニコスが殺された道に通りかかると、今さらながらあの時のことが悔やまれる。

 最近はもう通り魔も出ない。噂ではアポローンに一撃で退治されたという話である。本当かどうかはわからないが、とりあえずは安全になってよかった。

 だがそれにしても、あれほどの強者が一撃で倒されたとあれば、やはり人の力というのはささやかなものでしかないのだなと、少し寂しい気もするのであった。



 




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