路地裏バー7
バーの入り口に、男と少女が立っている。
「いらっしゃい」
カウンターのヒロシゲがそう言うと、二人はそれぞれ別の席へ移動した。
男はカウンターに座り、少女は奥のテーブルに座る。
ミズキは眉をひそめた。――この二人は仲が悪いのかな。家族ではなさそうだけど……。
どうにも、この二人の間には壁があるように感じる。まだ初対面で、少しぎくしゃくしている感じ。ユズキが特に気になったのは、テーブルに座る少女の方だ。どうしてここに子供が? という疑問がわく。――まあ、自分もまだ子供なのだけれど。
ユズキが訝しんでいると、隣のヒロシゲにぽんと背中を叩かれた。
何でしょう、とユズキは振り向く。
ヒロシゲは何も言わなかったが、目線をテーブルの少女の方へやっていた。
――なるほど。僕が行って、相手をしろと。
頷いて、ユズキはカウンターを出る。
他のテーブルのお客たちは、やっぱり少女の事が気になるようで、少しざわついていた。しかし、直接少女に話しかけようとする人はいない。その理由は、少女に近づくとユズキにもなんとなく分かった。
周囲と壁を作るような、なんとも近寄り難い雰囲気。
これはちょっと厳しいな、とユズキは思ったが、ヒロシゲの命令なので引き返すわけにはいかない。なんとか少女のいるテーブルまでやってくる。
物静かにテーブルに座る少女は、ユズキにはとても光華な人物のように見えた。まるでフランス製のお人形みたい。なぜフランスなのかというと、それは多分、彼女が日本人ではないからだろう。彼女が外国の人なのだと思うと、ユズキはいよいよ緊張してきた。
ええと、何を言おう。
ユズキはとりあえず、
「お水出しましょうか」
と訊いてみた。
「ええ。いただくわ」
少女が答える。
ユズキは急いでカウンターから水を持ってきた。
「ありがとう」
「いえいえ」
会話がつまる。
その時、少女のお腹から「ぐうぅ」と腹の虫が鳴いた。
少女が若干、顔を赤らめる。
ユズキはおそるおそる訊いた。
「お腹すきました?」
「……うん」
困った。バーに料理は置いていない。しかし、この少女をほおっておくのも気が引ける。
そこでユズキはひらめいた。料理なら、まだ二階に残ってる。
「分かりました。じゃあ料理をお出ししますね」
少女の反応を待たず、ユズキはバタバタと階段を駆け上がっていった。
階段を上りながら、ユズキは妙に思う。さっきからこんなに心臓がドキドキしているのは、やっぱり緊張しているせいなのかな。……それとも、別の理由があったりして。
リビングでユカリが鼻歌交じりに食器を片づけていると、
「ユカリさん、まだパスタ余ってますか!」
と突然ユズキが現れて叫ぶように言ってきた。
ユカリは「え」と戸惑う。
「どうしたのユズキくん。またおかわりしたくなっちゃったの?」
・
「お待たせしました」
そう言って、ユズキは少女の座るテーブルにパスタの乗った皿を置いた。フォークとスプーンも並べる。
「和風しょうゆパスタです」
料理名は、先ほど上でユカリさんにつけてもらった。
「なぜパスタ?」
少女が首をかしげる。
「……これ、今日のあなたの夕食よね」
「まあ、そうですね」
ユズキがうしろめたそうに目をそらすと、少女はクスリと微笑んだ。
「夕食のあまりをお客に出すなんて、あなた、変わってる」
「……すみません」
「いいのよ」
少女は言って、パスタを口に運んだ。
ユズキはパスタが器用にフォークに巻かれていくのを眺めながら、少女の反応を待つことにした。心臓は、まだドキドキしたままだ。
・
「料理の代金は?」
「あれは売り物じゃないからいいよ」
短いやり取りをして、男がヒロシゲにお金を支払った。
「どうも」
「行くぞ、アリス」
「ええ」
――アリス、というのが、少女の名前なのか。
男がバーを出ていくと、アリスもそれを追うようにドアを引く。
バーを出ていく寸前、アリスはもう一度ユズキに微笑みかけた。
「料理、とってもおいしかったわ。また来る」
そう言って、アリスは出ていった。
「……」
しばらくぼーっと窓越しのアリスのうしろ姿を目で追っていたユズキだったが、
「惚れたか、少年」
というヒロシゲの一言で我に返った。
「まさか」
ユズキは即座に首を振る。図星だとは言えない。