路地裏バー6
「ただいまー」
大量の荷物を抱えて、ヒロシゲがリビングに戻ってきた。
「よいしょっと」
「パパ、こんなにたくさん、なに買ってきたの?」
ユカリが訊いた。
「少年の服と布団。あとは来週の食料とか。あ、それと――――」
ヒロシゲは袋からどこか見覚えのある服を取り出すと、それをユズキに手渡した。――あ、これは……。
「バーテン服?」
「これを着て、早速下で仕事な」
「なるほど、内緒って、そういうこと」
ユカリが納得したように頷く。
「そ。衣装のレンタルやってる、友人の店に行ってたのさ」
「……あ、パパ、パスタ買ってきた?」
「当然」
ユズキは思った。――今日の夕食はパスタか。そしてパスタを食べたら、次はいよいよ、下のバーで働くことになる。
・
「……お腹すいた」
「……俺は酒を飲みたい」
夜の街をぶらぶら歩きながら、アリスとダイスケの二人は、お互いに小さな声でぽつりと呟いた。
ゲンロク社長に言われた通り、さきほど近くの小さな会社を火の海にしてきたところなのだが、果たしてこの方法で本当に良かったのだろうか。ダイスケは殺し屋だ。殺し屋というは、もっと静かに冷静に、決して目立たないように殺しを行うはずなのだ。
「なあ」
ダイスケは隣のアリスに話しかけた。
「なに?」
「お前が勝手に火を放ったんだぞ。これで責任問われても、俺は知らないからな」
「大丈夫。社長は、方法は任せる、って言ってた」
「だけどなあ……」
ダイスケは思い出す。アリスがターゲットの会社に火を放った時、その目には、確かに怒りと憎悪が少なからず入り混じっていた。
「お前さ、どうして火を使ったんだ?」
「別に。手っ取り早いから」
ああそう、とダイスケはため息をこぼす。
その時、突然アリスが立ち止まった。
「……どうした」
「あれ」
アリスが指差した方にダイスケが目をやると、薄暗い路地裏に、小さくぼんやりと、微かに明りが灯っている。
――なんだあれは?
「ちょっと行ってみる?」
「……うん」
二人は路地裏に足を踏み入れる。
・
「なかなか似合うじゃないか」
ここの常連らしい中年の男がユズキに言った。
「そりゃどうも」
ユズキは適当に言葉を返す。
「何だ、機嫌悪いのか」
「……いえ、別に」
実際、ユズキの機嫌はあまり良くなかった。というのも、ヒロシゲに頼まれた仕事の内容というのが、案外ありきたりなものでがっかりしたからだ。グラス磨きに付近の掃除。これでは家の家事とあまりたいさないのでは?
ユズキとしては、隣のヒロシゲのようにシェーカーをかっこよく振ってみたりする方が、仕事のしがいがありそうなのだが……。
「お前にはまだ早い」
「え」
ユズキの考えを見透かしたように、ヒロシゲが言った。
「カクテルは、そう簡単に作れるものじゃない」
「はあ」
「いいか、ユズキ。バーテンとバーテンダーの違いは、そこにあるんだ」
「つまり、カクテルが作れるか作れないか?」
「そういうこと」
なるほど、とユズキは頷いた。しかし、同時に疑問もわく。バーテンとバーテンダー。この二つには、もっといろいろな違いがありそうな気がする。
「本当はもっと厳密な違いがあるのだがね」
中年男が笑って言った。
「まあ、気にすることはない」
「……普通に気になるんですが」
「じゃあ、また別の機会に」
「えー」
ユズキは不服そうに、またグラス磨きを再開する。
その時だ。
店のドアを開けて、二人の新しい客が入ってきた。
ユズキが振り向くと、入り口には、すらりとした体格の男と、ユズキと同じ年くらいの、ワンピースの少女が立っていた。