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路地裏バー  作者: いろは茶
2/8

路地裏バー2

毎回短めでいくといったな、あれは嘘だ。

※こういうときもあります。

ユズキが目を覚ますと、そこは路地裏ではなく、どこか見知らぬ家のリビングだった。


より正確に言えば、木製のテーブルの椅子にユズキは座っていた。先ほどまで座っていたはずの、古い年期のはいったベンチではない。――どうやら自分はあのベンチで寝てしまい、何者かによってここへ運びこまれてきてしまったらしい。


「あ、目覚めた?」


と、その時、唐突に明るい声が聞こえた。


ユズキが声のした方へ目をやると、そこには、制服姿の少女が立っていた。年はたぶん、高校生くらい。――もしかして、彼女が僕をここへ?


「君名前は? 何年生?」


「……ユズキです。五年生」


ユズキはおそるおそる答えた。


「ユズキくんか……」少女はうんうんと頷く。「お腹空いてるでしょ」


「ええ、まあ」


「夕食出来てるからさ、とりあえず食べてよ」


「はあ」


少女は両手を合わせていただきますをすると、早速夕食を取り始める。少女は箸でカットされたジャガイモをつまむと、仕草でもう一度食べてと言った。ここまで言われたら断りづらい。仕方なく、ユズキも夕食を取り始める。


テーブルには肉じゃが、ごはん、味噌汁が並んでいる。どれも出来たてで、まだ湯気が立っている。ユズキは最初、警戒しつつ肉じゃがとごはんを食べていたが、その内すぐ箸が止まらなくなった。――おいしい。こんなにおいしい夕食を食べたのは久しぶりだ。彼女が全部作ったのだろうか。


食べながら、少女は言った。


「パパがね、ユズキくんを運んできたんだ」


「ここへ?」


「そう」


――想像した通りだ。僕はやっぱり運ばれてきた。でも……。


「どうして?」


「さあ。私は何も聞いてない。パパにきけば?」


「父親は今どこへ?」


「一階よ」


「ちょっと行ってきます」


「待って」


そう言うと少女は、しゃもじを持って立ち上がる。


「その前に、おかわりしてく?」


「あ、じゃあ……いただきます」


                  ・


二階玄関で靴を履き、ユズキは階段を下りていく。下りながら、ユズキはリビングを出ていく寸前の、少女との会話を思い出した。パパは今仕事中だから、あんまり長居しないでね。仕事? バーよ、バー。はあ、バーですか? そう。パパはそこで、バーテンダーをやってるの。


バーとバーテンダーという単語に、ユズキはあまりぴんとこなかった。バーというのは夜に大人が酒を飲みに来るお店のことで、バーテンダーは確か、カウンターでシェーカーをしゃかしゃか振っている人のことだ。




そんなことを考えているうちに、一階につく。


一階は少女が言っていた通り、何の変哲もない普通のバーだった。ただ、想像よりいくらか広い。カウンターと、円盤状のテーブルが五台ほど。テーブル一台につき椅子が二つ配置されていて、客がちらほら座っている。


店内には、ユズキの知らないジャズのBGM。


ユズキはこのバーに対して、なにか、「昔ながら」のような雰囲気を感じた。こういう感じは嫌いではない。むしろ好きだ。かっこ良い表現方法だと、たしか「レトロ」とかいったか。


――そんなことより、バーテンダーの父親は?


改めてカウンター席に目をやる。すると、


「いた」


男のバーテンダーが、カウンターの中で静かにグラスを磨いている。


バーテン服の両裾を肘までまくっている男の印象は、いつも物静かそうに立っているユズキのバーテンダーに対するイメージとはまるでかけ離れていた。


――そのことについては確かに驚いた。しかし、同時にユズキはがっかりもした。この男はシェーカーを振っていない。バーテンダーがシャーカーを振っているのを、一度なまで見てみたかったのに、残念だ。


男はがっちりとした体つき。まるで軍人みたいだ、とユズキは思う。着ているバーテン服が、何かの冗談みたいにぱんぱんに膨らんでいる。今にもはち切れてしまいそうだ。


「………」


さすがに少しこわかったが、ユズキは勇気を出してカウンターの中へ入って行った。


男におそるおそる声をかける。


「すみません」


「うん?」


男がユズキに気がついた。そして振り向くと、


「ああ、目覚めたのか。思いのほかぐっすり眠ってたな」


いかつい見た目とは裏腹に、かなりフレンドリーな感じの口調。


ユズキは内心ほっとした。――案外優しい人なのかも。


「はい。おかげさまで」


ユズキは答える。


「そうか」


「あの、あなたが僕をここへ?」


「そうだよ」男は微笑む。「疑問か?」


「はい。どうして?」本日二度目のセリフ。


「ベンチでぐったりしている子供を、ほおってはおけないだろ」


当たり前のこと聞くなよ、と言ったような感じだ。


「ところでお前、一人で家まで帰れるか?」


「え?」ユズキはドキッとした。


「その様子じゃ疲れもとれただろ。早く家に帰ると良い」


「いや、それはちょっと……」


「なんだ、帰りたくないのか?」


その時、ハハハ、とカウンター席から笑い声が聞こえた。


見ると、少し酒の入った中年男が、ユズキのことをまじまじと見ている。


中年男はグラスの酒を飲みながら、ユズキにこう言った。


「さては君、家出でもしたんだろう」


――それは少し違うな、とユズキは心の中で呟く。


「そうなのか?」と男。


「え……ええ、まあそんな感じです」とユズキ。


「どうして家出を?」と中年男。


えっと、ユズキはとっさに答える。


「ちょっと修業をしたいと思いまして」


「修業?」


「はい。自分磨きの修業です」


また中年男が笑う。


「それなら、しばらくここで働けばいい」


一瞬、耳を疑った。


「どうだヒロシゲ。悪くないだろ」


「……ああ、確かに」


「え」


男はニヤリとして、呟く。


「最近客が増えて、丁度人を雇おうと思ってたんだ。こんな子供なら人件費も飴玉とかでまかなえそうだし――――うん。悪くない」


「え?」


「決まりだ」


男はユズキの肩をぽんと叩いた。


「お前、今日からここで働け」


                  ・


「あ、おかえり。パパなんて?」


ユズキが二階のリビングへ戻ると、少女がいきなり訊いてきた。


「ここで働けと」


ユズキは茫然として答える。


しばらく沈黙したのち、ユズキは少女に大爆笑された。


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