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リクエスト作品

幸せな寝顔

作者: 風白狼

 そよと朝の涼しい風が渡った。息を吐き出し顔を上げる。見れば太陽はすっかり顔を出していた。オレは立ち上がり、ぐっと伸びをした。今日はここまでだ。そう思ったところでぐうとお腹が鳴る。日課の精神統一を終えればいつもこうだ。オレは口元に笑みを浮かべて部屋に戻った。

 朝日が差し込む部屋はがらんとしていた。ミシュエルは買い出しに行くと言っていたし、アッグは――詮索するまでもなさそうな気がする。じゃあデュライアはどうしたのだろうと見回すと、ベッドの上の膨らみがわずかに上下しているのが見えた。彼女は仰向けで気持ちよさげに眠っている。


 現在の面子は男3人に女は彼女一人という状況。年頃の少女なんだから部屋を分ければいいのにと思わなくはないが、節約のためと言って聞かないのだ。そうは言ってもあれなので、彼女は一人でベッドに寝かせている、ということがほとんどなのだが。


 手持ちぶさたのまま、オレは彼女の寝顔をのぞき込む。ぐっすりと眠るその顔はあどけない少女のそれで、時々オレもびっくりするほど凜々しくなるなどとは全く想像もつかない。癖のある茶髪は枕の上で好き勝手流れて広がり、髪のかかる首元はわずかに汗で湿っていて、呼吸と共に上下する胸元は強調しすぎることなく緩やかな曲線を描いていて――

 次に浮かんできた考えに、オレは慌てて首を振った。無理矢理視線をそらし、気持ちを落ち着かせる。いつの間にか呼吸も心臓の鼓動も早くなっていた。

 “()(ぐら)”という体質上、魔法を頻繁に使うが故に精神修行も徹底している。それなのに、たった一人の少女、しかもただ眠っているだけの相手に、こうも心を乱されるのはどういうわけだ。はき出されたため息が悲しいのかおかしいのか、オレにはわからなかった。

 呼吸が落ち着いたところで、もう一度幸せに眠る彼女を見やった。なんとも無防備な姿だ。警戒するまでもないと信頼しきっているのか、それとも人を惹きつける容姿であるとの自覚がないのか。どちらにせよ、無垢な態度は彼女のそれまでの人生が幸せであったことを体現しているように思える。そうでなければきっと、他人を不必要に恐れ警戒し、こうもあっさり受け入れることなどなかっただろう。

 オレはそっと彼女の髪を撫でた。茶色い癖毛は見た目よりもずっと柔らかく、心地よい。デュライアはくすぐったそうに身じろぎして――深緑色の瞳と目が合った。眠たげだが澄んだその瞳に、思わずはっとする。


「……かいと?」


 ぼんやりとしたまま、デュライアはそう尋ねてくる。まるでまだ夢の中にいるかのような雰囲気だった。


「悪い、起こしたか?」


 オレが問うと、彼女はふるふると首を横に振った。そして、オレの手を自分から頬に押しつけてきた。思わず心臓が跳ねる。と同時に、何かを懐かしむような瞳に胸の奥がちりと痛んだ。いったい、誰を見ているんだ。そんな苛立ちが湧き起こってしまう。オレは表に出さないように必死に押さえ込んだ。――どうして。どうしてオレは、こんなに心をかき乱されているんだ?




「あっ!?」


 と、不意にデュライアが目を見開いて飛び起きた。自分を落ち着かせることに専念していたオレは、もう少しで飛び上がってしまうところだった。


「なっ、なんだよ急に……」


 手を離してそう尋ねる。デュライアは目に見えて慌てていた。


「す、すっかり眠り込んでた…! カイト、今何時!?」

「8時を回ったところだが……何もそんなに慌てることはねえだろ。別に急いでる訳じゃねえんだから」


 いつもよりは確かに遅い起床時間だ。だが、今日はこの街で休む予定だった。急ぐ必要はどこにもない。ため息混じりに返答しても、デュライアは聞こえていないのかバッグをあさっていた。せわしない手つきで普段着を引っ張り出し、寝間着に手を掛けて――


「って、おい!? オレまだ部屋にいるんだぞ!?」

「え?」


 オレが悲鳴にも似た叫び声を上げると、彼女はきょとんとした顔で手を止めた。幸いこちらに背を向けていたが、既に肩の辺りまではだけていた。そのなめらかな肌が視界に入り、目がひきつけられてしまう。数瞬の後、オレははっと我に返り、無理矢理視線を引きはがした。そして、首を振って浮かんできた妄想を振り払う。このままここにいてはまずいと悟り、急いで廊下へ出てドアを閉める。そうしてようやく息をついた。


「ったく、あいつは……」


 その後に続けるべき言葉は、特に思いつかなかった。だがオレは、どういうわけか笑いが浮かんでいた。ああ、そうだ。あの行動が、“彼女らしい”ということなんだろう。何ともしかたのない奴だ。オレはただ黙って笑っていた。

黒藤紫音さんから「満月(デュライア)とカイトで『朝の光景』」というお題を頂いて書いてみました。自分の中だとこの二人はこういう関係にしかならないと思ってます←

満月は精神年齢迷子なんです自分が“少女”という認識がかなりうすいんですはい。でもだからこそ、純情な(?)カイトとのコンビは美味しいです。素敵なお題ありがとうございました!

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