原始的な方法
初投稿です。できれば週に何回か更新したい。けれど筆が遅い。物語は難しいですね。
楽しく書こうを胸に駄文ですが頑張ります。
「それで、これは一体どういうことなん、だ!」
巨大な猪を積み上げて造られた山。その頂に南條辰巳は君臨していた。
黒く艶やかな長い髪を靡かせて、ゴシックロリータの服に身を包んだ辰巳はまさに女帝である。
その女帝は今、怒り心頭であった。
VRMMORPG《MidGard》。そこは辰巳のお気に入りの場所。誰にも邪魔されず好きな自分になることが出来る場所。
そこには理想の自分があった。はずなのだが……。
自身の髪を一房持ち上げて忌々しげに辰巳は睨む。
本来なら今は燃えるように紅い髪のはずだ。身長だってこんなに低くない。本当なら180cmあるはずなんだ。凛々しく美しい女性のはずなんだ。なんで……。
「なんで『現実』の自分に戻ってるんだ!」
あまりの怒りに我を忘れ、辰巳は重要なことに気づかない。
ここが『虚構』ではなく『現実』であるということに。
風に香る草の匂いと真っ青な空。だだっ広い草原の真ん中で地団太を踏む辰巳。その下には巨大な猪で築き上げられた山。
この場に人が居合わせたら間違いなく失禁していただろう地獄絵図。
辰巳が冷静であったとしても、ここが『現実』だとはきっと信じられなかったことだろう。
遡ること二時間前。
辰巳はいつもの様に《MidGard》にログインした。
どこにでもある中世ファンタジーを舞台にしたVRMMORPGそれが《MidGard》である。特筆すべき点といえば無駄に高い上限レベルくらいだろう。
上限レベル2000。
これ程までに高くして何になるのか……。
それに加えてスキルやジョブにもレベルが存在する。勿論此方の上限レベルは実に良心的だ。
運営側のレベル好きには困ったものだが、それでも人気があるのだから不思議な話だ。
辰巳もこのレベル2000に魅了されて始めた口だ。運営側の戦略はまずまず成功しているのだろう。
ログインしてから辰巳は古巣である闘技場《竜の巣》へ――は向かわずに、《修練の滝》へと赴いた。
|《修練の滝》(ここ)では伝承クエストと呼ばれるクエストを受けることが出来る。クエスト成功報酬はスキル。攻撃、補助、回復、この三つの中からランダムで一つのスキルが与えられるというものだ。
先日、ここのクエストが増えたことを聞き、辰巳は早速クエストを受けに来たのだった。
難しいクエストはその分報酬がいい。ここでもらえるスキルはどれも強力で、クエストが増えるたびに辰巳は必ずここに来ていた。
「今回のは当たりだ」
さっくりとクエストを終わらせ、ホクホク顔で修練の滝から辰巳は出てくる。報酬が攻撃系のスキルだったため上機嫌だ。
だからだろう、辰巳は深く考えなかった。
メッセージボックスに新しく届いたメッセージに、宛名も件名も書かれていなかったことを。いや、気づかなかっただけなのかもしれない。自分に送られてくるメッセージは大体が運営側からか嫌がらせしかなかったから。
送られてきたものが何であれ、一度は目を通す。辰巳はそういう人間だった。それが裏目に出た。
メッセージを開いた瞬間、視界がぶれた。
それは次第に大きさを増し、辰巳の周囲を歪ませていく。
堪らず辰巳は膝を着き、そして、気を失った。
最後に目に入った光景はメッセージだけだった。
『Welcome To Tierra』
気づけば草原にいた。作成したキャラクターではなく自分自身の姿で。
そして、今に至る。
辰巳は怒り狂い、辺りにいた巨大猪――スケイルボアの群れを血祭りに上げ、至る所にクレーターを造って、ようやく冷却装置が作動した。
運営に文句言ってやる。
そう思い、メニューと念じる。
半透明のメニューが手元で開かれ愕然とした。
十桁あった所持金が丸い数字一つになっている。
目の前が真っ暗になるのを慌てて振り払い、急いで装備品やアイテムを確認した。
綺麗さっぱりなくなっている。
糸が切れた操り人形のようにその場にぺたんと崩れ落ちた。
その顔にはありありと絶望の二文字が刻まれていた。それがだんだん憤怒で歪んでいく様は、この世のものとは思えない程の恐怖だった。
これはもう直接文句を言ってやる。
急いでログアウトしなければと、メニューを一番下までスクロールさせる。しかし、くるりと一周回って元の位置へ。
あれ、見落とした?
もう一度、今度はゆっくり見ていく。
やはりどこにもログアウトという項目はない。
ならば運営側に問い合わせるしか――。
『送信先が存在いたしません』
これは何かがおかしい。
今更な疑問にようやく辿り着き、辺りを見渡す。
風は心地よく頬にあたり、むせ返るような緑の匂いが鼻をくすぐる。太陽からあふれる陽は暖かく、ここがゲームの中だとは到底思えない。
こんなにもリアルだったか?
自分の体を確認しながら、まさか有り得るわけないと思っていた。
自分はまだゲームの中にいる。そう信じて辰巳は至極原始的な方法を取った。
「ふっ!」
振り上げた拳は真っ直ぐに地面へと放たれる。
放たれた拳は、恐ろしい爆音と激しい揺れ、そして大きなクレーターを生み出した。
砕けた地面は四方八方に飛び散り、辰巳の頬や腕を撫でる。
地面に出来た巨大な窪みの真ん中で辰巳は、頬を拭い、地面を砕いた拳を見つめた。放った拳の甲の皮膚は破け、頬からも血が流れている。
鉄の匂いを吸いながら漠然と結論をつけた。
ここは『現実』なんだと。
確かに《MidGard》でも痛みは存在した。敵から攻撃を受けた場合など、とても小さな痛みが……。しかし、それはどこか作り物だった。だから安心ができた。
けれど、拳や頬の痛みはどこまでも生々しく、恐ろしい。
痛覚だけではない。
ゲームの中では流れることのなかった血が視覚を支配し、恐怖を与える。
それら全てが答えに導いていた。
辰巳は膝を抱えて静かにその場に座った。
決して辰巳は強くはない。
コンプレックスの塊で怖いものも多い。小さい頃は虐めにもあっていた。
そう決して強くは――。
「まっ、いっか」
ないのだが、決断は早かった。
『考えても分からないことを考えるのは、阿呆のやること』
辰巳の師でもある今は亡き祖父の言葉。この言葉はこう続く。
『分からぬのなら、分かるまで智を身につけ武を鍛え、強くなれ』
厳格だった祖父の言葉を辰巳は今でも守っている。
『そして、目指せ史上最強』
……守っている。
辰巳の祖父、南條辰臣。享年九十三歳。
九十三歳とは思えぬ若々しい肉体を持ち、文武に秀で生涯現役を貫いたこの御仁の死因は腹上死。南條家始まって以来の女誑しである。豪傑を絵に描いたような人物であり、普段は優れた人格者でもあったため、誰も文句は言えなかった。
幼かった辰巳は彼を尊敬していた。それは今でも変わらない。
尊敬する師の言葉の通り、分からないのなら知るしかない。辰巳はそう考えたのだった。
クレーターから這い出ると、大きく伸びをした。
拳の傷はいつの間にか綺麗に癒えていた。
不思議に思いながらも、辰巳は走り出す。道も分からないのに、なんとなくこっちに人がいるような気がするという、たったそれだけの理由で。