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小悪魔のイタズラ ~Trick for Love~

作者: 置きねこ

「トリック・オア・トリート! トリック・オア・トリート!」

 僕が眠っているその横、窓の向こう側から何度も声が聞こえる。男の子か女の子か、まだ小さい子どものような声だ。夢のような気もするが、それにしては意識がはっきりしている。きっと現実なのだろう。声の主は誰だ。

「誰だか知らないけど、僕は今、とても眠たいんだ。また今度にしてね」

 窓の外の誰かさんに教えてあげた。すると今度は、その声の主が言葉を返してきた。

「いたずらするぞ! お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」

 お菓子? 勘弁してくれ。そんな大声で騒がれると、とても眠れないじゃないか。

「だから、明日あげるから。クッキーでもチョコレートでも。君の欲しいお菓子はなんだってあげるよ」

「ダメだ! 今日じゃなきゃダメなんだ! ハロウィンは今日限りだろ!」

 ハロウィン……? そうか、そういえば今夜はハロウィンなんだ。今夜といっても、もう2時間ほどで終わっちゃうけど。日本はそんなに盛り上がらないから忘れてた。

 僕の目が次第に覚めてゆく。

「そんなこと言われても、僕は今、お菓子を持ってないよ」

「ぐぬぬぬ……」

 悔しそうな声を上げたハロウィン信者が壁をドンドン叩いてくる。

「お菓子くれ! お菓子欲しい! お菓子ちょうだい!」

「わあ! うるさいうるさい! 手を止めて、手を!」

「……手を止めたらお菓子くれるのか?」

「だからお菓子は持ってないって」

「じゃあ、やめない」

 さらに力強く壁を叩く。その震動で屋根までミシミシと音を立てて、壁にかけた10月のカレンダーが激しく揺れる。

「わかった! あげる! あげるから叩くのはもうやめて!」

 待ってました、というように震動がピタリと止む。素直だなこの野郎。

「早くくれ! 最初はなんでもいいから、オレにお菓子を!」

 最初? なんのことだろう。

 それにオレって、男の子なのか? 声だけでは判断がつかない。

「分かった分かった。今から窓を開けるからちょっと待ってね」

 僕が手で窓を開けると、秋の夜風とともに黒い物体が部屋へと飛び込んできた。

「うわっ! なんだなんだ」

 が、暗くて見えない。近づいてみると、不意に雲が闇へと退き、満月がそれを照らしだした。

「ハッピーハロウィン! さあ、お菓子をもらおうか!」

 それは、子どもどころか人間ではなかった。ちょうどサッカーボールほどの大きさの身体を、小さい羽で宙に保っている。頭からは二本の角のようなもの、尻からは尻尾らしきものがそれぞれ生えている。全身は真っ黒。ただ、鋭い目と口から覗く牙だけが月に白く光っていた。

「あ、悪魔……!?」

「心外だな、小悪魔だ」

「どっちも一緒だよ!」

 言葉は通じていた。だが、さっきまで人間という想定で会話していただけにショックが大きい。悪魔の存在への驚きが若干薄れるほどにショックだ。

「さあさあ、約束のお菓子をよこせ」

 だんだん言い方が偉そうになってきている。何がハッピーハロウィンだ。僕は今、ちっともハッピーじゃない。こいつもこいつでお菓子の事しか考えられないのか。

「えっと……の、のど飴でいいよね?」

「そんなのお菓子じゃねえよ」

 目の前の小悪魔が、小さなその手に持っている矛らしき物を僕の喉元につきつけてくる。いたずらどころの騒ぎじゃない。

「そんなこと言っても、これ以外本当に何も無いよ?」

「オレを騙しやがったな。仕方ない。お前の首をジャックランタンにしよう」

 脳みそをえぐり取られるのか?

「ごめんごめん。代わりといってはなんだけど、お菓子のありそうな家に案内するよ」

「ふむ、よかろう。刑は延期だ」

 執行は中止されないのかよ。

「ところで、どうして小悪魔のくせにお菓子が欲しいの?」

「おい、オレにもちゃんと名前があるんだよ。ポポイって名前が。小悪魔と呼ぶな」

 ポポイ……小悪魔のくせに可愛い名前だな。

「お前、さっきから失礼なこと考えてるな。燃やすぞ」

「いえいえ、そんなことは」

 これでも悪魔だから怖いんだよなあ。

「オレがお菓子を集めてるのは、3種類のお菓子を一緒に食べると中級悪魔に進化できると聞いたからだ」

 なんだその進化の条件は。

「だが、残念ながら悪魔界にお菓子は無いのだ。だから、わざわざこうして人間界に来てやったのだよ、感謝しろ」

 感謝はしない。

「……で? お菓子のありそうな家、とは?」

「僕の幼なじみの女の子の家だよ。毎年、バレンタインにはチョコをくれるくらいだから、きっとたくさんのお菓子があるはずだよ」

「そうか。では、その娘の家に案内せよ」

 ポポイの命じるままに、僕たちは彼女の家に向かった。



「ピンポーン」

 今まで何度も押したこのチャイムも、夜遅くに押すのは初めてだ。もう寝てしまっているんじゃないだろうか。

「おい、誰も出てこないじゃないか」

 ポポイは矛を振り回す。不機嫌な小悪魔は危険である。

「もう寝てるのかも。他の家に行く?」

 僕たちが諦めかけたそのとき、彼女の家の扉が開く。

「あれ? どうしたの、パンくん?」

「や、やあリナ。トリック・オア・トリート!」

 約10秒間、しんとした静寂が僕らを包む。

「そういえば少年、名をパンというのか。美味しそうな名前だな」

 先に口を開いたのはポポイだった。

「いや、そう呼ばれてるだけ。本名じゃないよ」

「パンくん? 誰と話してるの?」

 リナがカウンセラーのような目で僕を見てくる。ポポイが見えていないのか?

「今、オレが見えている人間はお前だけだよ、パン太郎」

 誰がパン太郎だ。とにかくこいつは無視無視。

「あ、いや日本語の練習だよ。いろはにほへと」

 破綻した言い訳なのは百も承知です。

「そうなんだ。がんばってね!」

 わー応援ありがとう。奇跡は起きるんだね。

「うん、それはさておき、リナの家にお菓子あるかな?」

「え? どのお菓子?」

「なんでもいいよ。あ、のど飴以外で」

「いや、パンくん。のど飴はお菓子じゃないと思うよ」

 で、ですよねー……。

「ほら。毎年くれるチョコとか。本当になんでもいいから」

「バ、バカ。あれはなんでもよくないよ……」

「え? 何か言った?」

「あー、もうっ! このクッキー食べて! おやすみっ!」

 リナは扉を外れそうな勢いで閉めて家に戻っていった。

「まったく、女心が分かってないなあ、パン太郎は」

「何? よく分かんないけど、その呼び方やめて」



 2種類目のお菓子を求めて向かったのは、ユキ先輩の家である。

「ユキ先輩は料理の達人って言われてる人でね。あの人なら、きっとお菓子をたくさん持ってるはずだよ。リナにはクッキーをもらったから、クッキー以外だよね」

 すると、ポポイが僕の頭に噛みついてきた。

「クッキーとのど飴以外だ」

「分かった分かった」

 頭の出血の有無を確認していると、ユキ先輩の家に着いた。

「ピンポーン」

 ここのチャイムも、夜に押すのは初めてだ。それにしても、10月の夜ってこんなに寒いのか。もう一枚上着を羽織って来るべきだった。

「あら、パーちゃんじゃない。どうしたの?」

「こんばんは、ユキ先輩。単刀直入に言います。先輩のものが欲しいです!」

「ほ、ほほ……欲しい!? え、欲しいって……え!?」

「どうしました、先輩?」

「パー太郎にはまだまだ経験が足りないようだな」

「こら、小悪魔。その呼び方も否決だ。早急に削除しなさい」

「あ、悪魔……? パーちゃんは誰とお話しを……?」

「あああ、いやいや、枕! 枕投げは楽しいですよねって」

 僕が犯人なら逮捕されてたな。

 ん? この様子じゃ、先輩にもポポイは見えてないのか。

「それよりも先輩、僕はお菓子が欲しいんです。先輩のお菓子が」

「お菓子……あ、お菓子! 私のお菓子ね! びっくりしたあ……」

 そりゃ、こんな時間に急に訪ねたらびっくりするよね。

「今夜はハロウィンだものね。はい、チョコレートあげるわ」

 きれいに包装してあるけど手作りのようだ。おいしそうなホワイトチョコレート。

「ありがとうございます!」

「ちゃんとあげたんだから、もうイタズラな発言しないでよねっ!」

 先輩も例の勢いでドアを閉めた。イタズラな発言とは?

「あと一つだな、パー太郎」

「それやめないと、僕もう帰るよ」

「おお、パン様」

 困った小悪魔だよ、まったく。



 最後のお菓子も順調に手に入りそうだ。長袖をまくって覗いた腕時計は23時ちょうどを指す。なんだかもう、眠気は完全に覚めてしまった。

「ピンポーン」

 と、今夜三度目のお宅訪問が一番緊張する。

「む、パンツ先輩じゃないですか」

 玄関の扉は閉じたまま、どこからか声だけが聞こえる。

「今から行きます。ちょっと待ってて下さいね」

 家の中から小さな足音がうろちょろ。その足音は忙しく移動していき、僕らの目の前まで来た。

「お待たせしましたー!」

 と元気良く飛び出してきたのは僕の後輩のアイちゃん……なんだけど、困ったことにバスタオル一枚しか着ていないようだ。

「わー! 待ってない! 待ってないから服を着て!」

「えー、わたしは大丈夫ですよー。こう見えて風邪とかには強いですし」

「僕が大丈夫じゃないから! 目に優しい恰好に着替えて早く!」

「はーい」

 アイちゃんは再び家に戻って行った。

「恵まれてるなー、パンツ太郎」

「何言ってるのさポポイ。それと、その呼び方訴えるよ」

 そのうち、足音はまた戻ってきた。

「これでいいですか、先輩?」

 目に優しいとはこのことだ。花柄ピンクのパジャマ姿で落ち着きを取り戻す。

「グッジョブ、アイちゃん。似合ってるよ」

「本当ですか? 嬉しいです!」

「おい」

 僕とアイちゃんが楽しくお話ししているというのにポポイが睨んでくる。そろそろ本題に入るとしよう。

「ところでアイちゃん。クッキーとチョコレートとのど飴以外のお菓子はあるかい?」

「のど飴はお菓子じゃないと思いますけど」

 はい、ごめんなさい。

「とにかく。わっはっは、お菓子をくれないとイタズラするよー」

「いいですよー」

「えっ?」

「えっ?」

 この子ったら何を言い出すのやら。

「あー、ハロウィンですね。じゃあ、このキャンディーをあげます」

「ありがとう、アイちゃん。これでゆっくり眠れるよ」

「えっ?」

「えっ?」

 どうやら話が噛み合ってないな。当たり前か。

「早く帰ろうぜ、パンツ様ー」

 ポポイが口を尖らせる。もともとはお前のせいだ。

「えっと、じゃ、じゃあそろそろ……」

「先輩、もう帰っちゃうんですか? お茶でも飲んで行きませんか?」

「いや、このあともちょっと用事があるから……また今度ね」

「そうですか。また今度、ですか。分かりました」

 アイちゃんは寂しそうに扉を閉めた。

「ふっ、罪な男だ」

「罪?」

「まあいい。さあ、オレが変身できる場所を探そうではないか」

「僕の家だとあまり騒げないから、近くの公園に行こう」

 深夜の公園で騒ぐのも近所迷惑になるけど。

「よし、そこへ案内するがよい」

 僕とポポイは公園に向かった。ようやく僕にもゆっくり眠れる時間が訪れるのだろう。そう思った。



 クッキーのような満月が照らし出す公園には、当然、人の気配はない。ただ、どの遊具も金色に輝いていて、それは寒さを忘れさせるほどに綺麗だった。

「さあ、これらを一斉に口の中に放り込んでくれ」

 ポポイは3つのお菓子を僕に手渡して、自らの口を裂けそうなほど大きく広げる。

「いいんだね、投げるよ」

「おう」

 僕がお菓子を全て放り込むと、ポポイは真っ白になった。

「うわっ! 大丈夫?」

「へへへ、力がみなぎってきたぜ」

 瞬間、ポポイの羽が巨大化。並行して角や尻尾も伸びていき、その身体も公園の電灯を超えるほど大きくなった。

「見ろ、パンツ! これがお菓子の力だ! 噂は本当だったんだな!」

 パンツ言うな。

「さて、早速だが悪魔界に帰ることにしよう。なかなか楽しかったぞ、パンツ」

「僕も、悪魔がどんな怪物なのかよく分かったよ」

 ほとんど悪い出来事しか無かったけどね。

「そうか。ところで、パンツよ」

「なんだい?」

「貴様は、果たして何かお菓子をくれたかな?」

 ん?

「お菓子って、僕はそれを集めるために協力したじゃないか」

「そうだな。だが、貴様自身はお菓子をくれなかっただろう」

「つまり、何が言いたいのさ?」

「このポポイ様が直々に、貴様にイタズラしてやろう」

 は……!?

「そんな余計なことしなくていいって! ポポイは早く悪魔界に帰らないと!」

「もう少し時間があるからな。最後に面白いもの見せてくれよ、パンツ」

 ポポイが手をかざすと、公園を囲んだ辺り一帯が激しく光り始める。

「な、何を……!?」

「貴様には罪がある。幼なじみに、ツンデレな先輩に、天然な後輩……しかも、全員脈ありと見た。これほどの贅沢な友好関係がありながら、それを恋愛に持っていかないとは勿体ないな」

 こいつ、何を言ってるんだ?

「パンツよ。貴様にはハーレムの刑がお似合いだ。もっと女を大切にせよ」

 ハーレム!? 訳の分からないことばかり言いやがって……

「見よ、パンツ!」

 ポポイが指差した僕の背後にはさっきの三人が。

「パンくーん! あたしを食べてー!」

「わ、私だって美味しいわよっ!」

「先輩はわたしのものですー!」

 なぜだ。なぜ、みんな揃ってこんなところに……!

「はっはっは。にしても、なるほど。これほどの力が」

「ポポイ! これはお前の仕業か!」

「まあまあ、これはお前の為を思っての処罰だ。ありがたく受け取れ。それではオレは帰るとするよ。元気でな、パンツ」

 嫌味だけを言い残して、ポポイは飛び立っていった。

 最後の最後で、やはり悪魔は悪魔だったのだ。

「ポポイー! いつかお前にも仕返しするからなー!」

 夜空に向かって叫ぶと喉が痛んだ。ポポイは来年もこの町に、僕の家へとやって来るだろうか。もし、やって来たのならば、そのときは必ず……。

「あー、喉が痛いな。しかも寒いし……もう帰ろう」

「アタシが温めてあげるー!」

「人間カイロよ!」

「それー!」

「うわ! やめろやめろ!」

 例年の秋よりは温かい。そんな気がする0時の空。

 痛み止めか照れ隠しか、僕はのど飴を口へと放り込んだ。

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