精神の深層へ侵入者
身体の中に巡る力が熱い……。身体の中に“吸血鬼のあたし”が居る――。
その“吸血鬼のあたし”は、確実に“人間のあたし”を消して、上書きして、書き換えていく。
血も、遺伝子も、細胞も、何もかも全てが変わって人間ではなくなっていく。
気がつくと、いつの間にかあたしは何も無い、白い世界に立っていた。
あれ……?あたしは、さっきまで何をしていたんだったけ?――何も思い出せない。
あたしの目の前に、何かがアタシになって、あたしと何も変わらないように形成して現れた。
アタシは、気持ちの入っていない笑顔を貼り付けて居た。
何故か、あたしは何なのか正体が分からない、この存在が怖かった。この存在に、あたしは消されてしまうと感じた。
「やめて!“あたし”を消さないで!!」
『ネェ、“あたし”ハ消エテヨ。ドウセ、覚悟モ何モシテイナイノニ、コレカラ持ツ“力ト血”ヲモッテ幸セ……?』
「覚悟――?」
覚悟とは、何の覚悟?
『ソウ、覚悟。全テヲ受ケ入レル覚悟ト吸血鬼二ナルガ無ケレバ、コレカラノ生ハ、タダタダ辛イダケ。ソシテ虚シイダケ。――ダカラ、ワタシガ変ワッテアゲル』
「……」
『ソレガ一番、あたし二トッテ幸セ』
「――幸せ……?」
『幸セ、ハッピーエンド、最高』
それが、あたしにとって幸せなのか、不幸なのか。最高のルートなのか、最悪のルートなのか。ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか。
あたしに、それを知る術は無い。
「あたしは、これから吸血鬼になるの?」
『ソウ。アタシハ吸血鬼ノ手ニヨッテ、吸血鬼ニナル。ソシテ、吸血鬼二ナル事デ、コレカラ大変ナ事二ナル。ダカラ、ネェ?アタシガ、あたしノ変ワリニ吸血鬼二ナッテアゲル』
アタシは、表情を変えずに言った後にあたしの目の前に来て、あたしの目を手で覆った。
『サァ、“変わって”ト言ッテ?ソレダケデ終ワリダカラ』
「……」
煉兄を好きだからといって、人間をやめるのか。人間をやめる事で、大変な事になることが目に見えているのに。
『サァ!!早ク!!早ク!!』
「……」
もしかしたら、一時の熱情で、すぐに冷めるかもしれないのに。
それが、あたしは怖い――。
『ホラァ!!』
「…………変わっ――」
「暦!!」
あたしの言葉は、突然よく知っている第三者の声によってうち消された。
「煉兄……?」
「暦、そいつから離れろ!それは敵だ!」
『コレハコレハ……。フフフ、アト少シデスカラ邪魔ヲシナイデクレマスカ?』
「断る!」
今まで、あたしの目はアタシによって覆われていたけれど、突然、光が射した。
その直後、ぐいっと腕を強い力で引っ張られた。
引っ張られた先には煉兄がいて、引っ張ったのは煉兄だったのが分かった。
「え……?」
「暦、無事でよかった」
「れ、煉兄、何でここに……?」
「暦の中に、吸血鬼になりかけている人間を狙った奴が入ったのが分かったからね。追いかけた」
「吸血鬼になりかけている人間を狙った……」
「そう。精神の深層の部分に入り込んで、揺さぶりをかけてから精神を消して、その身体を自分の物にするんだ。――吸血鬼のなりそこないがね」
「なりそこない?」
「取り敢えず、説明は後でね。まずは、そこに居る奴を何とかしないと」
煉兄が視線を向けた所に、あたしも視線を向けてみると、そこには起き上がろうとしながら、あたし達を憎々しげに見る男が一人居た。
『オノレ……!!』
「さぁ、どうしてくれようかな?なりそこない」
『ナリソコナイト呼ブナァ!!』
「俺の大切な人の中に入って、身体を乗っ取ろうとしたからね……。一番残酷なやり方で消そうか」
くすりと煉兄は笑って、指をパチンと鳴らした。
あれ、この笑い方はあたしと鈴に対してのマジ切れとは違う、第三者に対してのマジ切れ……?
出会ってから、四回しか見たことのない、あたしと鈴が話し掛けて止めることを激しく躊躇う、第三者へのマジ切れ!?
「――たった今、お前の身体を燃やして灰にしたから。丁度、俺の部屋の窓から見える範囲内にいたから良かったよ。これで、お前は戻る身体が無いから魂だけの状態だな」
『ナ、ンダト……!?』
「元々、精神の深層に入り込めるのは、お前の身体にある吸血鬼の血の力であって、お前の魂が生まれ持った訳ではないからね。今後は、吸血鬼になりかけている人間の中に入れないから」
『ナッ!!』
「あはは!良かったね!吸血鬼とも人間ともどっちつかずだったのに、身体が消えた事によって吸血鬼ではなくなって人間になったんだから。これからは人間生活楽しめば?まぁ、人間にも認知出来ない魂になってるんだけどね!」
『……』
「そろそろ暦の中から出てってくれないかな。暦が穢れる」
そう言うと、煉兄はまた指を鳴らしてなりそこないと呼んだ男を視界から消した。
……それにしても、やっぱり激しく躊躇ったな。止めにかかるの。躊躇いすぎて、事が終わっちゃったよ……。
「さ、長く居すぎると暦が危ないから俺も戻ろうかな。じゃあね、暦」
「え……説明……」
そうして、煉兄も消えていった。
煉兄が消えていったと同時に、あたしは意識が途切れた。




