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丑三ツ書店の清書係 〜指切り心中〜   作者: 入江 鋭利
第二部 「神隠し集落の記帳本」
15/17

十四頁目:神隠しの記帳本


 ガタン、ゴトン。


 古びた二両編成のローカル線が、一定のリズムを刻みながら山を登っていく。窓の外には、人気に満ちた街並みなど遠い記憶だと言わんばかりに、濃緑の暴力的なまでの山並みが迫っていた。


 装幀市北西部、標高八〇〇メートルを超える山々に囲まれた袋小路のような土地。そこにあるのが、僕たちが向かっている"見返村"だ。


 地理的に見れば、そこは険しい峠道に阻まれた陸の孤島。古くは修験者の通り道だったとも、あるいは戦に敗れた落ち武者が隠れ住んだ場所だとも言われているが、真偽のほどは定かではない。


 ただ、一つだけ確かなのは、その名の由来だ。


 "見返"――一度入ったら最後、その美しさに目を奪われ、あるいは何らかの未練によって、誰もが村の入り口で振り返ってしまう。そして、振り返った者は二度と元の場所へは戻れない。そんな、因習めいた伝承が影を落とす場所。


 そんな村へ向かう車中、僕の隣では、この世の終わりでも迎えたような顔をした朱音が、長いため息を吐き続けていた。


「……ありえない。マジでありえない。私のランクルちゃんが、あんな無残な姿になるなんて。しかもこの大事なロケの当日にさぁ!」


「……自業自得ですよ、朱音さん。誰が深夜に、許可も取らずに河川敷の急斜面で『SUVの限界性能テスト!』なんて生配信やれと言ったんですか。案の定スタックして、おまけに無理に脱出しようとしてドライブシャフトを痛めるなんて……」


「だって、視聴者が『行け行け!』って煽るんだもん! スパチャも飛んだんだよ!? あーあ……修理代もバカにならないし、何より私の大事な機材車が……。この電車、振動が凄すぎてジンバルの調整もできないじゃん!」


 朱音は膝の上に置いた巨大なカメラバッグを恨めしそうに叩いた。


 本来なら、マットブラックのランドクルーザーで颯爽と乗り込むはずだったのだ。それが今や、硬いプラスチックの座席に身を縮め、機材の重量に頭を悩ませる羽目になっている。


「というか、さっきからそればっかりですね。……いいじゃないですか、たまには公共交通機関で静かに移動するのも。叔父さんも、旅は不便な方が筆が進むと言っていましたし」


「私は小説家じゃなくて配信者なの! 機材が積めない、移動中の自撮りも周りの目が気になる、おまけに駅から村までさらにバスでしょ? あー、もう、お腹すいた。さっき買った駅弁、もう食べていい?」


「まだ出発して三十分ですよ。我慢してください」


 僕は呆れながら、朱音から貸与されているスマートフォンを開いた。画面には、今回の依頼人である台東さんから聞いた情報のメモが並んでいる。


「それじゃあ、改めて情報をまとめていきますけど。行方不明になった被害者の名前は落合香奈さん。装幀市内の大学の二回生です」


「じゃあ、さっくーと同い年?」


「まあ、順調にいっていれば、ですが。僕とは別の大学ですけどね。彼女、かなりアクティブな学生だったみたいですよ。テニスにフットサル、旅行サークル……。複数のサークルを掛け持ちして、バイトも三つもやってたとか」


 朱音がスマホのメモを覗き込み、わざとらしく鼻を鳴らした。


「うわぁ……。いわゆるリア充の極みってやつ? 羽振りも良くて、飲み会だの旅行だの、フットワーク軽く飛び回ってたんだ。私のチャンネルの視聴者層とは真逆のタイプだね」


 炎上してしまえ。


「そうですね。SNSの投稿を見ても、ブランド品を持った写真や豪華な食事の様子が目立ちます。友人たちからの信頼も厚くて、いつもグループの中心にいた、と」


「これだけ見るとさ、悩みなんて一つもなさそうな不真面目気味な遊び人って感じだけど……。なんでそんな子が、こんな山奥の辺鄙な村にわざわざ足を運んだんだろうね? ナイトクラブとか、都心のオシャレスポットなら分かるけどさ。見返村なんて、映えるカフェ一つなさそうだよ?」


「SNSか何かで評判を聞いたそうですよ。台東さんによれば、彼女は最近、その村にある見晴らしの良い展望台の話をよくしていたとか。……『そこに行けば、すべてが変わる』みたいな、少し意味深なことも漏らしていたらしいです」


「展望台ねぇ……。ああ、そういえば依頼人の子も言ってたっけ。展望台からの景色がどうとか。でもさ、それだけかな? バスを一時間半も待ってまで見に行く景色なんて、今の大学生がわざわざ選ぶとは思えないんだよね」


「ええ、僕もそう思います。今回の僕たちの目的は、その展望台にある"記帳本(ゲストブック)"です。落合さんの最後のSNS投稿から、彼女はその記帳本に何かを書き残したことが判明しています。……おそらく、それが彼女にとっての"絶筆"になっている可能性が高いと」


「じゃあ、それを回収すればいいの? でもさっくー、流石に公共の場にあるものを勝手に持って帰るわけにはいかないでしょ。窃盗になっちゃうよ」


「……そこが悩みどころです。墨千夜さんは"出張買取"だなんて言っていましたが、公共物の買取なんて聞いたことがありません。何か別の方法を考えなければ……」


 僕が腕を組んで考え込んでいると、スマホをいじっていた朱音が急に「うわっ」と声を上げ、画面をこちらに突き出してきた。


「ちょっと待って、さっくー。その記帳本、結構有名なやつかも」


「有名? それは……どういう意味ですか」


「うん、"みはらし峠の記帳本"。ネットロアというか、一部のオカルト掲示板では結構有名な話があるみたい。これ見てよ」


 差し出された画面には、おどろおどろしいフォントで綴られた掲示板のまとめ記事が表示されていた。


◆◇◆


【閲覧注意】噂の都市伝説がヤバすぎる【神隠し】

1:名無しさん@お腹いっぱい 202X/XX/XX

装幀市の奥にある某村の展望台。そこに置かれているボロボロの記帳本。

普通は"景色最高!"とか書くやつだけど、あそこのは違う。

一番最後の頁に自分の名前と『本当の願い』を書くと、絶対に叶う。

でも、代償がある。願いが叶った瞬間に、その人は『神様の国』へ招待される。

つまり、この世から消える。地元じゃ有名な神隠しのシステムらしい。


14:名無しさん@お腹いっぱい

それ、マジなやつ。俺の知り合いも、借金苦でそこに書き込みに行ってから消息不明。

ちなみに、願いを書いた後に"振り返って"山を下りると、連れて行かれるスピードが早まるらしい。


◆◇◆


「へえ……神様の世界へ、ですか」


「うん、文字通り"神隠し"ってわけ。願いを叶える代償が自分自身なんて、まるで悪魔の契約みたいだね」


 朱音は不気味な内容を面白がるようにニヤリと笑ったが、僕の表情は晴れなかった。


 叔父の事件、あの"一万字の絶筆"の時もそうだった。都市伝説やネットの噂話の背後には、常にドロドロとした人間の情念と、隠しきれない"死"の予感が張り付いている。


 落合香奈。


 友人たちに囲まれ、何不自由なく遊んでいるように見えた彼女が、なぜ自分の身を削ってまで"本当の願い"を叶えようとしたのか。


 三つのバイトを掛け持ちしていたという過剰な労働。羽振りの良さ。それらはすべて、この記帳本に辿り着くための準備だったのではないかとさえ思えてしまう。


 なら、そうまでして叶えたい願いとは、一体?


「……怖い人の次は、神隠しですか。いい加減にしてもらいたいんですけど……」


「いいじゃん! なんか、ミステリアスで! あ、次の駅で乗り換えだよ。次は……えーっと、見返口(みかえしぐち)駅」


 電車は、さらに深く、暗いトンネルへと吸い込まれていく。


 ガタガタと激しく揺れる車内で、僕は自分の右手の指先をそっとさすった。


 叔父の文字をなぞり終え、他人の人生を引き受ける準備が整ってしまったこの指が、次の"絶筆"を求めて疼いているような気がした。


 二人を乗せた電車は、やがて山あいの、霧の立ち込める無人駅へと滑り込んでいく。


 駅名標に記された"見返口"の文字が、まるで僕たちを嘲笑うかのように、薄汚れた街灯に照らされていた。


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