◆日本連邦の核開発( 1941〜1951)
1. 1941–42:満州失陥と資源喪失の危機
第二次世界大戦が 中露の満州への電撃侵攻で開始(1941) したことで、
• 満州のウラン鉱床は完全に喪失
• 朝鮮南端に押し込まれた日本連邦は、資源も研究施設も危機に陥る
• 科学者の多くは新海(北米西海岸)へ疎開
満州にあった初期の核物理研究拠点はほぼすべて失われ、
日本連邦は 核開発の出発点を失った状態 から始めることになった。
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◆ 2. 1942–43:計画の再構成 ― “新海計画”の始動
本格的な核開発は満州喪失後すぐに開始される。
名称は後に 「新海計画(Project Shinkai)」 と呼ばれる。
●中心地は新海(Shinkai)
理由:
• 日本連邦内で最も安全な後方地域
• 大学・研究所・造船所が集中
• 北米英領との物資輸送が容易
• 太平洋の離島で核実験場が確保しやすい(ビキニ環礁など)
そのため、新海に
「太平洋核研究所(PNI)」 が設立される。
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◆ 3. 資源調達 ― 英領北米・オーストラリアに依存
満州・朝鮮での採掘が不可能なため、日本連邦は他国に協力を依頼する必要
があった。
●(1) 英領北米(British North America)
• カナダがウラン鉱床を大量に保有
• 英国本国が日本連邦と同盟関係
• “対独露戦”のための共同研究としてウラン供給が合意
●(2) オーストラリア(日本連邦の共同統治下)
• レアメタル・ウランを一部採掘
• 日本連邦軍が治安維持しているため供給安定
●(3) 東南アジア(日本連邦領)
• 重水製造に必要な水力発電が利用可能
この三地点を軸に資源供給ライン が整備される。
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◆ 4. 技術的発展 ― “マンハッタン計画”類似の流れ
史実のマンハッタン計画と同じ時期(1943〜45)に以下の3分野が急速に進
む。
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●(1) 理論物理
新海の大学に集められた日本・朝鮮・新海の物理学者が
• 中性子の連鎖反応
• 臨界質量の計算
を急ピッチで進める。
史実の湯川秀樹らに相当する研究者が中心となる。
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●(2) 重水炉・濃縮技術
日本連邦は
• 東南アジアの水力発電
• 新海の工業力
を使い、重水生産・ウラン濃縮を進める。
方法は以下の二つ:
1. ガス拡散法(新海の工業地帯)
2. 重水炉によるプルトニウム生産(ビルマ高地・マレー水力)
日本は史実より プルトニウム路線 に比重を置く。
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●(3) 兵器化研究
新海の航空研究所と海軍造船所が協力し、
最初期の核兵器は
• 航空投下型
• 潜水艦発射型(後期案)
の二系統で進む。
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◆ 5. 1945〜47:ロシア崩壊・イタリア降伏で状況が変化
バルバロッサ作戦(1945〜46)でロシアが崩壊したことで、
• 東欧戦線が大幅に安定
• 連合国は「戦争長期化」への危機感を持つ
• 核開発の予算が倍増
また中華民国も内陸に押し込まれ、
日本の東アジア戦線は「防衛から反攻へ」転じていた。
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◆ 6. 1948〜50:量産試作と実験準備
●新海の巨大工場
ガス拡散プラントが本格稼働し、
年間で「爆弾2〜3発分」の濃縮ウラン・プルトニウムが生産可能となる。
●輸送手段の整備
• 新海航空隊が長距離重爆撃機を開発
• 日本海軍は実験観測艦を建造
●実験場の選定
最終的に ビキニ環礁 が選ばれ、基地建設が開始される。
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◆ 7. 1951年:ビキニ環礁での核実験成功
1951年7月
「新海計画」はついに初の核実験に成功する。
• 出力:15〜20キロトン級
• 方式:インプロージョン式プルトニウム爆弾
• 名称:「菊一号」
実験は太平洋の無人環礁で行われ、
爆発は太平洋全域に衝撃を与えた。
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◆ 8. 日本の核保有が世界に与えた衝撃
●連合国側
• 英国:核技術を共有することで協力強化
• ヌーベルフランス:核配備の「共同管理」を希望
• 新海:事実上の核先進地域として経済的地位が上昇
●独伊露中側
• ドイツ:核戦力がないため停戦に傾く
• ロシア残党:核の傘の下で自由ロシアを支援して欲しいと要請
• 中華民国:内陸孤立が決定的となり軍事的な継戦能力が低下
結果として
ライン河畔の膠着状態 → ドイツ側指導部の崩壊 → 停戦
へとつながる。
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◆まとめ:日本連邦の核開発の特徴
1. 満州失陥後に急遽始まった計画
2. 拠点は 新海 に集中
3. 資源は 英領北米・オーストラリア
4. 太平洋での核実験(ビキニ環礁)
5. 核保有が戦争終結に直結
6. 日本連邦が戦後世界で圧倒的影響力を獲得




