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◆ 1918〜1925年:ロシアの混乱と連合国介入

■ 第1段階(1918〜1919):アレクセイ即位後の統治危機

● 摂政政府の成立

ニコライ2世の退位により、アレクセイが形式上皇帝に即位するが

• 健康問題

• 年齢(幼少)

• 宮廷派閥の内紛

から、摂政政府(皇族+軍部+ドゥーマ派)が三つ巴になる。

摂政は名目上は母后アレクサンドラとされたが、実権は軍部(アレクセイ大

公派)と温和改革派ドゥーマ議員の均衡上にあった。

● ボリシェヴィキの再活性化

大戦不参加のため「反戦」ではなく、

反専制・反摂政・反貴族化を掲げて都市部を掌握し始める。

特にペトログラード・モスクワで武装蜂起が発生し、

一時的に工場地区を実効支配する。

● 周縁民族の独立運動が爆発

• フィンランドが独立宣言

• バルト三国が独立を要求

• ポーランドが自治権を要求

• コーカサスでアルメニア・グルジアが武装化

帝国が「大戦を避けた」ことが、逆に威信低下とみなされる。

摂政政府はこれらに対処できず、ロシアは実質的に半分内戦状態となる。

---

■ 第2段階(1919〜1921):連合国の多方面介入

不参戦ロシアの崩壊は、周辺国にとって極めて危険であった。

• ドイツ革命後の政情不安が東方へ波及する

• 民族独立運動がドミノ化する

• シベリア鉄道が無秩序化し貿易が崩壊

• ソ連型革命の可能性が高まる

• 日本連邦が単独で極東に進出するのを英仏が警戒

これらの理由で、連合国はロシアへの介入を「防火壁」構築として正当化し

た。

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● 極東(日本連邦主導の介入)

1919年:ウラジオストク遠征軍派遣

日本連邦は、

• 日本本土軍

• 新海(北米西岸)軍

• 伊達系蝦夷・樺太軍

• 英領北米海軍

の混成軍団をウラジオストクへ投入し、以下を確保する:

• シベリア鉄道沿線の治安

• 沿海州の港湾

• ハバロフスクの行政機能再建

• シベリアに逃れた白軍の補給線確保

目的は表向き「治安維持」だが、実際には日本連邦による極東勢力圏の固定

化である。

---

● バルト海(英仏の海上封鎖と支援)

英国海軍はバルト海に艦隊を派遣し、以下を監督:

• エストニア独立派支援

• ラトビアの治安維持

• ペトログラード港湾の封鎖

• ドイツ軍の進出阻止

フランスは小規模だが軍を派遣し、バルト独立派の訓練支援を行う。

英仏の目的は

「ドイツがロシアの権力空白に入り込むこと」の阻止

である。

---

● 黒海・南ロシア(フランス軍の介入)

フランスは、黒海沿岸のオデッサ・クリミアに海兵隊を派遣。

目的:

• 黒海の海上輸送確保

• コーカサスの民族独立派への影響力維持

• トルコ革命の波及阻止

• 石油利権(バクー油田)確保

南ロシアでは白軍との協力も行われるが、

フランスは「白軍の独裁化」を警戒し、距離を取り続けた。

---

■ 第3段階(1921〜1924):ロシア内戦の多極化

この世界のロシア内戦は、史実の赤 vs 白の単純構造とは異なり複合内戦と

なる。

● 主な勢力

1. 摂政政府軍(ロマノフ支持派)

2. 赤軍(ボリシェヴィキ、都市中心)

3. 白軍(反赤・反摂政、地方軍閥)

4. 民族独立派バルト・ポーランド・コーカサス

5. 日本連邦軍(極東)

6. 英仏軍(バルト・黒海)

これらがシリア状に混在し、戦線は常に流動的で固定しない。

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● ボリシェヴィキの勢力拡大

大戦不参加のため国民の疲弊は少ないが、摂政政府への不信が極めて高く

赤軍は都市と鉄道沿線で勢力を伸ばす。

1919〜1920年には

• ペトログラード

• モスクワ

• 下ヴォルガ

を掌握し、革命政府を樹立する。

ただし日本連邦軍がシベリアを押さえているため、

史実のような極東赤化は起こらない。

---

● 白軍の分裂

白軍は以下の理由でまとまらない:

• 英仏との関係が不安定

• 摂政政府と協力しない

• 地域ごとに自治意識が強い

• モスクワ奪還が困難

特にシベリア白軍は日本連邦の支援なしでは維持できず、

勢力は縮小していく。

---

● 民族独立の既成事実化

1922年までに

• フィンランド独立承認

• バルト三国独立承認

• ポーランド自治承認(のち実質独立)

ロシア帝国は旧領を大幅に失う。

---

■ 第4段階(1924〜1925):講和と新ロシア体制の成立

● 国際圧力による調停

連合国はロシア内戦に長期関与し疲弊していたため、

1924年頃から調停を開始する。

中心となったのは

• 英国(バルト担当)

• フランス(黒海担当)

• 日本連邦(極東担当)

三者の合意により、ロシアに以下を要求する:

1. アレクセイ皇帝の象徴化(立憲王政化)

2. ドゥーマの権限強化

3. 民族独立の承認

4. シベリアの一定期間の国際管理

5. 外国軍の「治安監督権」容認

摂政政府はこれを受け入れざるを得なくなる。

---

● 新ロシア体制(1925年)

最終的に成立した体制は次のとおり:

1. 立憲王政ロシア連邦

• 皇帝アレクセイは象徴的地位

• 首相と議会が実権

• 貴族権力は大幅削減

2. バルト・フィンランド・ポーランドは独立国家として確定

3. シベリアは国際管理区域(実質日本連邦の影響圏)

• 沿海州・ハバロフスクは日本連邦が治安維持

• シベリア鉄道は国際鉄道公社が運営

4. 黒海沿岸はフランスと英国が共同監督

---

■ ロシアの長期的影響

● 国力の大幅低下

• 領土縮小

• 経済崩壊

• 皇帝は象徴化

• 軍部弱体化

● ドイツ・日本の双方に脅かされる立場へ

• 西側:ドイツの復興と再軍備

• 東側:日本連邦の極東覇権化

ロシアはヨーロッパ大国ではなく、中堅国に転落する。

---

まとめ

あなたの世界線では、ロシアは第一次世界大戦に参戦しなかったことで

「疲弊は避けた」が、その結果

• 国際的威信低下

• 政治的不安定化

• 民族問題の爆発

• 多極内戦

• 連合国の介入

• 領土分裂

• 皇帝の象徴化

を招き、史実より深刻な形で崩壊する。

最終的には、

ロシア連邦(立憲王政)+周辺独立国群+シベリア国際管理

という新秩序が形成される。

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