〈別視点〉 ベルハイトと御伽話
ep.93 〈別視点〉 ベルハイトとおとぎ話
王都グラスダール、ロズ公爵邸。
一年半ぶりに帰ってきた俺は、談話室で父と兄の帰りを待ちながら、重い溜め息をついていた。
家族や使用人達の顔を久しぶりに見ることができるのは嬉しいし、帰りたくなかったわけではない。溜め息が出る理由は緊張ゆえだった。
ルカさんは今、人工魔石への関与が疑われる人物と接触している。“影”によれば相手は素人らしいので、そちらは彼女だけで問題ない。問題なのはむしろ、俺のほうだ。
本当はルカさんを待って、一緒に来てもらってもよかったのだが、そうしなかったのには理由がある。理由というか、俺のエゴ。
もし俺達が探している“自然回復以外で魔力を回復する方法”が存在しているとして、それに関する情報を開示してもらうのは簡単ではない。当然だが、それ相応の理由と、その情報を開示するに値する信用、その根拠となる実績が必要になる。
身内というだけでは足りない。そうなると必然的に、こちらが提示できるものは限られる。
称号[アンノウン]。
ルカさんは躊躇いなく黒銀のタグを出すだろう。称号という、王家の信頼の証を。
彼女に頼るのは簡単だ。しかしそれは、俺ができる限りのことをやってからでなければ、俺はいないのと変わりない。
これからも彼女と行動をともにするのならば、ラマンドラ神殿の時のように、俺は俺にできることを全力でやらなければ、隣を歩く資格なんて無いと思った。
だからこれは俺の自己満足。ここで結果が得られなければ、俺はただ、ルカさんを待つ間に家族に会いに来ただけになる。
利己的だが、それが緊張している理由。
父と兄は会合に出ているそうだが、もうそろそろ戻る頃合いだと、先程紅茶を淹れ直しに来た侍女が言っていた。そのカップを手に取ろうとした時、談話室の扉が音を立てて開いた。
「――待たせたな」
聞き馴染んだ声と一緒に談話室に入ってくる二人。俺の父であり、ロズ家現当主のオースウェル・ロズ。そして次期当主である、兄のアルバルド・ロズ。
「いえ、お忙しいところ申し訳ありません」
「かまわん。さして中身の無い会合だ」
父は立ち上がろうとした俺を手で制し、自身も向かいのソファーに腰を下ろした。それに合わせて二人の前に紅茶を置いた侍女が退室し、父が口を開く。
「仕事は順調か?」
「あ、はい。それなりに、ですが」
「そうか」
「…………」
「…………」
父は口数が多いほうではない。こういった他愛もない会話が途切れてしまうのは珍しくなく、この沈黙も慣れたものだ。なので特に気にすることもなく、兄が話題を繋ぐ。
「それで、父上と私に話があると聞いたが……。やっと夜会に出る気になったか?」
兄の言葉に、頬がひくりと引きつった。
冗談で言っているのは分かるのでツッコまないが、夜会に出てほしいのは本音だろう。……ルカさんを介した伝言でも言われたし。
俺はにっこり笑っている兄から視線を逸らしながら、話を切り出す。
「夜会については、いろいろ落ち着いてから考えます……。実は、依頼の過程であるものが必要になって、知恵をお借りしたいんです」
「……魔法に関することか?」
そう言って、父はその視線を少し鋭くした。
知恵を借りたいと言っただけで、この推察の速さ。確かに、他のことなら俺の性格上、はじめに兄に相談しただろう。
しかし今回はそういうわけにもいかない。
「……魔力を回復する方法、です」
一瞬兄が目を瞠る様子を見せたが何も言わず、父も口を挟まない。
「魔法か魔道具か薬か……。とにかく、魔力を回復する手段を探しています。魔力の急激な枯渇を起こしている人がいて、自然回復を待っていては命に関わる状態です。もし心当たりがあれば、教えていただきたいんです」
父は数秒の間俺の顔を見たあと、ゆっくりと口を開いた。
「お前も分かっているだろうが、もしそのような魔法が存在するとすれば、間違いなく神秘術に分類される。私の一存で明かせるものではない」
「もちろん承知しています。……お気づきだと思いますが、俺はこの件に関して全てを明かしていません」
「依頼上の守秘義務か」
「大半は。ですが、それ以上の問題もあります。……申し訳ありませんが、今はそれだけしか言えません」
「…………」
今回の件は、ルカさんと俺の連名でユリウス殿下から依頼を受けた形で契約書を作成している。諸々の事情を明かせないのは守秘義務ゆえでもあるが、バライザの現状を外部に漏らせないという理由もある。
一方的な申し出だということは承知している。もしこれであっさり答えもらえるとしたら、それは俺が期待する答えではないだろう。
父は何か思案するように目を閉じたあと、再びこちら見た。
「そのような魔法は現時点では存在しない。嘘や誤魔化しで言っているのではなく、少なくとも我々の元に該当する魔法の情報はない」
「そう、ですか……」
言葉通り、父は隠しているわけではないのだろう。もとより、存在するかどうかも分からないのだ。この結果は想定内ではあるが、無意識に肩を落とした。
「……魔力と言えば」
しばらくの沈黙のあと、ふいに父が口を開いた。続けて語られたのは、何かの物語。
――今より遥か昔のこと。オルベリアはもちろん、“国”という存在すら無かった頃の話。
ある地に、大層な魔力をもつ魔物がいた。
魔力は全ての生命にとって必要不可欠なものだが、その器を超える魔力は心身にとって害にもなる。
それが原因で魔物は暴れだし、多くの人や動物、魔物に被害が及んだ。
そんな時、それは現れた。
それは魔物の溢れる魔力を操り、近くにあった、魔力が枯れた大樹へと魔力移した。
余剰な魔力が無くなった魔物は、元来の穏やかな気性を取り戻した。魔力を失っていた大樹はみるみる息を吹き返し、再び美しい枝葉を茂らせた。
それが何かは分からない。人なのか魔物なのか、あるいは人知を超えた存在か。
それはその後も各地を点々とし、数百年が経った頃。その力を悪用されぬよう封印し、誰も辿り着けない場所で眠りについたと言われている。
「――口伝で残されてきた伝承だ。と言っても、いつから誰から伝えられてきたものかも定かでない。私の父……、お前達の祖父曰く、おとぎ話のようなものとして伝えられてきた話だ」
話し終えた父の顔をじっと見る。聞いている間、何か懐かしいものを感じたのは気のせいだろうか。
不思議に思いながらも、今はその内容について確かめることに集中した。
「おとぎ話、ですか?」
俺が復唱すると、父は頷いた。
「誰もその場所に辿り着けないのだから、確かめようがない」
「その場所って……」
「ヘイムゼルの奥地。魔窟の深層、その最奥だと言われている」
ヘイムゼル魔窟。その名に一瞬、どきりとした。
「お前も知っているだろうが、ヘイムゼル魔窟は未だ深層に到達した記録がない。何年も前に、あるSランクパーティーが下層に降りたのが最深の記録だが、それも降りた直後に複数の魔物に襲撃され、撤退している。冒険者であれ騎士であれ、容易に足を踏み入れられる場所ではない」
「…………」
俺が押し黙ったのは、暗に「お前には無理だ」と言われたからではない。父と兄が、いや、誰も知らないであろうこと知っているからだ。
ヘイムゼル魔窟の深層に到達した人は存在する。それも単独で。
ルカさんは以前、ヘイムゼル魔窟でエレメンタルドラゴンを討伐したと言っていた。あの時はその発言が衝撃すぎて、どの階層でのことか確認しなかったが、普通に考えて、エレメンタルドラゴンがいるとしたら深層だ。
魔窟は外と違い、下へ降りれば降りるほど、強い魔物がいる。上層には深層の魔素を受けつけない魔物が集まるため、自然に棲み分けると言われている。
ノスティア大森林のエレメンタルドラゴンのように、魔窟でなくとも問題なく多種と棲み分けられる例外もいるが、干渉せず干渉させない、確固たる力があってのことだろう。
つまり何が言いたいかというと、難攻不落の魔窟は誰も知らないうちに、とっくに落ちていたということで。
俺は色んな意味で頭をかかえた。
出会った時から過多だったルカさんのスペックが、どんどん過剰になっていく。
俺は盛大に吐き出しそうになった溜め息を、ぐっと呑み込み、父に視線を戻した。
「俺が言うことではないですが……、良かったんですか?その情報を俺に話して……」
「情報ではない。おとぎ話だ」
「は……」
「言っただろう。古い伝承で、おとぎ話のようなものだと。……父親が息子におとぎ話を読んで聞かせた。それだけのことだ」
そう言うと父は、ぽかんとしている俺をよそに、少し冷めたであろう紅茶をゆっくりと口へ運んだ。その隣で兄は、何も言わずに笑みを浮かべている。
俺達がまだ幼かった頃、寝る前に本を読み聞かせてくれていたのは父だった。父は無口であまり感情を表に出さないため、その読み方は淡々としていて報告書の音読のようだったが、母は隣でそれを聞きながら、俺達よりも早く寝落ちしていた記憶がある。
先程父が話していた時に感じた懐かしさは、あの頃のものかと腑に落ちた。
「……ありがとうございます」
俺はただ深く頭を下げた。
確かにおとぎ話のようなものだが、わざわざ話したということは、父はこの話が、ただのおとぎ話では終わらないと思っているということだ。
魔力を回復する手段に繋がるかは分からないが、確かめてみる価値はある。
手がかりを持って帰れることに少しうかれ、内心でほっと息をついた。その変化を、父が見逃すはずもなく。
「それで、どこの冒険者パーティーだ?ヘイムゼルに潜れる実力があるというのは」
「え?」
「お前のその表情、当てがあるのだろう?」
「いや、まあ……」
さすがに俺が行くとは思っていないようだが、パーティーどころか冒険者ですらない、ルカさんの名前を出すのはマズい。芋づる式に称号持ちであることも話さなければならなくなり、それでは俺が一人で来た意味がない。
俺が答えに窮していると渋っていると思ったのか、それまで黙っていた兄が、取ってつけたような真剣な面持ちで語りかけてきた。
「いいか、ベルハイト。父上がヘイムゼルの情報を与えた以上、ロズ家も無関係ではなくなった。誰が挑み、どのような結果になるか知るのは当然の権利だとは思わないか?」
無駄にキリッとした顔でもっともらしい事を言っているが、ほとんど興味本意だと分かる。現に、父は同意するでもなく一人悠々と紅茶を飲んでいる。
とは言っても、父と兄の立ち場もあるなか、貴重な話を聞かせてもらったのは事実だ。それを軽くあしらうわけにもいかない。
「……結果は必ずお伝えします。ですが、その人の素性についてはここでお答えできません。その、名を売ることに関心のない人なので……。今日も本当はその人と来るつもりでしたが、俺の独断で一人で来たんです」
これだけは譲れなかった。
ルカさんは必要があれば、神秘術のことも称号のことも明かしてきたし、注目を集めるような場にも立ってきた。しかしそれは、本来目立たずに生きたいという彼女の望みとはかけ離れている。
それが力を持つがゆえならば、せめて、守れる時は可能な限り守りたい。
俺は確固たる意志を込めて父と兄の視線を受け止め、やがて父は兄に目配せし、小さく息をついた。
「……そこまで言うのなら、これ以上は追求すまい。だが、必ず報告はするように」
「はい。必ず」
ほっとしたのも束の間、何故か兄は俺の隣に移動すると、肩に手を置いてきた。
「では、ここからは他の話をしようか」
「…………え?」
一見爽やかな兄の笑顔に、嫌な予感を覚えたのは錯覚などではないと、この後二時間にわたって俺は思い知ることになる。




