〈別視点〉 ベルハイトと不測
「ただいま戻りました」
ルカさんが帰って来たのは、グラスダールへ戻った翌日のことだった。
「おかえりなさい。……どうでした?」
首尾を尋ねると、ルカさんは小さく首を振る。
「サムナー教授も、魔力を回復する方法に心当たりは無いそうです」
「そうですか……」
これで何か情報が得られればと思っていたが、そう上手くはいかないらしい。やはり、神秘術に通じているロズ家に……父達に協力を仰ぐべきかもしれない。
そう思って口を開きかけたが、
「あの……実は、ベルハイトさんのお兄さんと妹さんと知り合いました」
衝撃の報告に、俺の思考は停止した。
「…………はい?」
一瞬なにを言われたのか分からず、間の抜けた声しか出ない。しかし続く内容は、さらに斜め上をいくもので。
「それで、ベルハイトさんに渡してほしいと言われて、いろいろ預かってきました」
「預かって……?え?」
俺の理解が追いつかずにいる間に、ルカさんは[無限保存庫]から何やら取り出しはじめた。
最初に出てきたのは、治癒薬や解毒薬などの薬品類。それらを手近なテーブルの上に次々並べ、
「それからこれも」
「え」
次に出てきたのは携帯食。数食分なんてかわいい量じゃない。運搬に使う木箱に入った状態で出てきた。
「あと、これとこれと……。あ、これも」
「ま、待って待って…!」
さらには衣類や日用品が次から次へと出てくる。
あれもこれもと並べられた俺宛ての荷物は、なかなかの量だった。とても俺の魔法鞄に入り切る量じゃない。
この荷物って、もしかして……。
そのラインナップに覚えがあった。どれもこれも、以前実家に帰った時に持っていけと言われたが、自分で賄うから必要ないと断ったものばかりだ。まさかルカさんを通して受け取ることになるとは思わなかった。
全て並べ終わったのか、ルカさんはそれらをじっと見渡した。
「バライザにいることは言えなかったので、ベルハイトさんはメルビアにいることにしたんですけど……」
兄達は俺が拠点にいるつもりで、この量を渡したわけか。だとしたら納得……はしない。仕送りの範疇を超えているし、俺は家を出たばかりの十代ではない。気にかけてくれるのは有難いが、いくらなんでも多すぎる。
俺の家族って、こんなに過保護だったか……?
大量の荷物を前に頭を抱えていると、ルカさんが伝言を付け加えた。
「あまりにも実家に帰ってこないようなら、今度はこれの倍の量を送りつけるそうです」
「…………」
どうやら、俺が困惑するのを分かっていて、この量をルカさんに預けたらしい。
確かに冒険者になってから一度しか実家に帰っていないが、だからと言ってルカさんを巻き込んで訴えてこないでほしい。
「メルビアの宿舎に戻るまで預ります」
「お願いします……」
ルカさんの申し出を有り難く受け、再び[無限保存庫]に仕舞ってもらった。
荷物のことは一度置いておいて、確認しなければならないことがある。
「そもそも何がどうなったら、兄達と知り合いになるんです?」
そう尋ねると、ルカさんがぴくりと肩を震わせた。
「………………世間が意外と狭くて?」
なんで疑問形。しかもすごく間があった。なにか怪しい。
俺はじっとルカさんを見た。
「お互い、顔すら知らないですよね?何かきっかけがないと、声をかけることも無いはずです」
「…………ベルハイトさんの、兄妹っぽかったので……」
仮に本当にそう思ったとしても、この人は絶対に自分から声をかけたりしないだろう。賭けてもいい。
俺はルカさんから視線を逸らさずに続ける。
「街で偶然会って、荷物を預かるまでの間に何かあったんじゃないですか?あったんですよね?」
「…………」
横に泳いでいたルカさんの視線が、躊躇いがちに戻ってきた。やがて観念したように、
「落ち着いて聞いてほしいんですけど……」
なにか不穏な前置き。
そう感じたのは間違いではなく、ルカさんの話では、グラスダールで偶然俺の兄と妹と知り合い、流れでカフェサロンへ行き、そこで――、
「毒を盛られた?!」
思わずルカさんの両肩を力任せに掴んだ。
「兄さ……、兄と妹は?!無事なんですか?!」
俺の勢いにルカさんが一緒身構えたのが分かったが、それを気にしている余裕などなかった。
「だいじょうぶ、です。…お兄さんは食べてませんし、妹さんもすぐに処置しましたから……、元気です」
「っ、そう……ですか……。良かった……」
二人とも無事。それが分かり、身体から一気に力が抜けた。
こういった事は、これが初めてではない。
何年か前にも父が会食で毒を盛られ、高熱を出して五日もの間生死の境を彷徨ったことや、馬車で移動中に襲撃されたりしたこともある。
しかし何度あっても“慣れる”なんてことはなく、その度に血の気が引く思いをした。
そこではたと気づく。
「ルカさんは?大丈夫なんですか?」
「はい。二人一緒に、魔法で治しましたから」
それはつまり、毒を摂取してしまったということか。
その事実にぞっとした俺が口を開くより先に、ルカさんは説明を続けた。
「それで、その毒が特殊なものだったので、解毒するために魔法を使ったんです」
ルカさんが魔法を?それはつまり……、
「え……。じゃあ、兄達の前で[無限保存庫]を……?」
ルカさんは頷くと、運び屋タグを取り出して俺に見せた。そこには、今まで無かった緑色の魔石が埋め込まれていた。
それはつまり、彼女がロズ家の監視下に置かれたことを意味するもので……。
俺はなんと言っていいのか分からなかった。
ルカさんはロズ家の役目について理解してくれている。
兄達の前で[無限保存庫]を使ったのも仕方がないことで、間違いじゃない。そうしたからこそ、妹もルカさんも無事だったのだ。
それでも、この現状に対して俺がルカさんにかけるべき言葉の正解が分からない。
そうして悶々と考え込んでいると、
「ベルくん、ベルくん」
「?」
ローガンさんが小声で呼びながら肩をつついてきた。かと思うと、その指でルカさんのほうを示す。
「…………」
そこには、表情は変わらないが、いつも真っ直ぐこちらを捉える瞳が意味もなく床を見つめた状態のルカさんの姿。
そこでようやく、俺は彼女が、俺と兄の間で板挟みになっていたことに気づいた。
「すみません、詰めるような訊き方をして……。兄が俺には言うなとか言ったんでしょう?」
そう訊けば、ルカさんは遠慮がちに頷いた。
「心配するから言わないでほしい、と…」
兄にそう言われてしまえば、否とは言えないだろう。だからサロンで起こった事を隠そうとした。しかし、[無限保存庫]を兄達に知られていることを、俺に説明しなければならず板挟みになった結果、あのように挙動不審になってしまった。
ルカさんは器用に見えて、妙なところで不器用だ。
そもそもルカさんはロズ家の事情に巻き込まれた側だ。しかもそのせいで、神秘術の適性者であることを、兄の前で明かさざるを得ない状況になった。
「あの、それ……」
俺が口ごもりながらタグを示すと、ルカさんは手の平のそれを指でつついた。
「僕、これ結構気に入ってます。とっても綺麗です」
その様子がどこか嬉しそうに見えたのは、俺の願望か、それとも実際の光景か。確かめたくて、そっとルカさんの顔を覗き込もうとした時、
「なんのことかよく分かんないけど、本人がいいなら、いいんじゃない?」
それまで静かに聞いていたローガンさんが、何故かニヤニヤしながらそう言った。
ふいにルカさんが顔を上げる。
「あと伝言で、「手紙が定型文すぎる」と」
「ぇ……」
急に振られた話題に面食らった。
手紙って、時々実家に送ってる手紙のことか?そんな話までしたのか?
「それから、「家を出ているとはいえ貴族籍ではあるのだから、たまには社交の場にも顔を出せ」とのことです」
「…………」
いや、なんの話してるんだほんとに。いったい何をどこまで話したんだ、うちの兄妹は。
「………………」
呆気にとられている俺を後目に、ローガンさんはけらけら笑っている。
「だから言ったじゃん。一人か二人、たらし込んでくる、って」
それがまさか自分の兄妹だなんて、想定しようがない。
俺は落ち着こうと息を吐き、
「いったい何をどうしたら、この短時間で兄達とそんな話までする仲になるんですか……」
詳しい状況の説明を求めると、ルカさんは感慨深げに、こう言った。
「串焼きがとても美味しそうだったんです」
「…………ん?」
再び意味が分からず固まった俺に、ルカさんは説明を始めた。
「――つまり、露店の串焼きを食べようと思って俺がいるつもりで声をかけたら、そこに兄と妹がいた、と」
聞き終えた俺の頭の中には、露店の前で劇的な出会い方をした三人の姿があった。
「そうです」
いやいや……。どんな確率だよ。
それに、俺がいるつもりだったって何だ。つまり、ルカさんにとって俺が隣にいることが当たり前になってきてるってことなのか?
そこまで考えて、口元が緩みそうになるのをぐっと堪えた。
「で、俺の名前を出したものだからサロンに連れて行かれて。そこで例の事件があって」
「はい」
「そのあと邸で神秘術の話をしてから、改めて兄達と食事をした、と」
「とても美味しかったです」
それは良かった。……じゃなくて。
兄と妹は、ルカさんのことを気に入っている。そうでなければ、待ち時間があるなどという理由で、わざわざ一緒に食事を摂ったりしない。ローガンさんの言うとおり、ルカさんは兄と妹を見事にたらし込んできた。
毒の一件で恩があるから、というのも少なからず含まれてはいるだろうが、それだけではないだろう。彼らの間で、いったいどんな会話ややりとりがあったのか。
今度帰ったら、詳しく訊こう……。
俺の知らないところで起こったことが、無性に知りたくて仕方ない。
こんなにも気になるのは、自分の兄妹が関わっているから、という理由だけではない。
その理由の大部分である彼女に視線を向けると、なぜか再び[無限保存庫]を漁っていた。取り出したのは、見覚えのある贈答用の化粧箱。たしか、エルシエルが気に入っていて、よく利用している菓子店のものだ。
ルカさんはそれを掲げ、
「有名パティスリーのお菓子をお土産にいただいたので、あとで皆で食べましょう」
どことなく嬉しそうに言う彼女の後ろに、ぱたぱたと犬の尻尾のようなものが揺れている幻覚が見える。
「餌付けされてるねぇ」
ローガンさんの呟きに、俺は心の中で同意した。




