第六十三話 適性者と監視者
しんと静まり返った広い室内に、廊下側からバタバタと足音が響いてきた。ほどなくして、やや焦ったように鳴らされたノックの音にアルバルドが応えると、すぐに扉が開いた。
「失礼いたします。先程の物音は……、?!」
駆けつけたのは、サロンの責任者と思しき男性と、従業員が数人。皆、室内の有り様に言葉を失っていた。
「こ、これは……」
「先程運ばれてきた料理に、毒物が仕込まれていた。この男が関与を認めている」
アルバルドの言葉に、責任者の顔がサッと青くなった。
「も、申し訳ありません!この者は先日雇い入れたばかりですが素性も確かでしたので、まさかこのような……っ」
「すぐに衛兵に連絡し、この男の引き渡しを。諸々の調査や対処は騎士団と衛兵に任せるが、調査に支障をきたさぬよう、この件はもちろん、我々が今日ここにいたことも含めて、一切の他言を禁じる」
「しょ、承知いたしました!」
責任者の男性が指示を出し、従業員達がバタバタと動き出す。
「……さて」
再び静かになったところで、アルバルドが僕のほうへ向き直った。
「まずは礼が先だな。君のおかげで大事に至らずに済んだ。感謝する」
「ありがとうございました」
アルバルドに続いて、エルシエルも深々と頭を下げた。
「いえ。僕も食べてしまいましたから」
飲み込む前に分かればよかったが、そう都合よくはいかない。病や怪我を癒し、あらゆる毒を打ち消す効果を持つ[女神の涙]がストックにあって良かった。
「それなのだが、なぜ毒が入っていると分かった?この男が言っていたとおり、モアヴァイパーの毒はほぼ無味無臭のはずだ」
アルバルドが床で伸びている男を見下ろし、それから探るようにこちらを見た。
「たしかに味や臭いはありません。でも僕の場合、人より異物に対する感覚が鋭いみたいで」
「異物に対する感覚?」
「子供の頃の食生活の影響だと思います。そうと知らずに毒草などを口にしたことが何度かあったので」
両親の死後に一人で彷徨っていた頃。知識不足から、人体に有害な植物や実などを食べてしまったことがあった。それを何度か繰り返しているうちに、口に入れた時や嚥下した時などに、味や匂いとは違う微かな痺れのような違和感を感じるようになったのだ。
今回のように飲み込んでから気づくこともあるので必ず毒を避けるということはできないが、ある程度最小限の量で防ぐことはできるし、すぐに処置することが可能だ。
「一体、どんな生活を……」
無意識だったのかアルバルドはそこで口を噤み、首を振った。
「申し訳ないが、まだ訊ねたいことがある。場所を移すので同行願いたい」
やはりそうなるか。
ロズ家の目の前で[無限保存庫]を使うからには、こうなると分かってはいたが。
「……ちなみに、どちらへ?」
この状況で行く先など一つしかないが、一応尋ねてみた。
「ロズ公爵邸だ」
アルバルドから返された想定通りの答えに、安心するべきか緊張するべきか分からない。しかし、ベルハイト達への土産話が長くなりそうなのは確かだった。
拝啓、ベルハイト・ロズ様。
僕は今、貴方の実家におじゃましています。敬具。
「我々ロズ家が代々、王家より拝命している役目を君は知っているか?」
応接室のソファーに対面する形で腰掛け、アルバルドが話を切り出した。エルシエルは席を外しており、ここには僕とアルバルドの二人だけだ。
「神秘術の調査、その適性者の監視と、場合によっては粛清も担っているんですよね?」
そう答えるとアルバルドは頷き、
「そのとおりだ。……先程サロンで君が使った魔法。あれは神聖魔法のはずだが、魔法陣は時空魔法のものだった。このような事象が起こり得る理由は一つしかない。……君は神秘術の一つ、[無限保存庫]の適性者だな?」
「はい」
僕は躊躇わず肯定した。下手に誤魔化したり隠したりせず、この場でちゃんと話したほうが今後も動きやすいし、信用を得られるだろう。
相手がベルハイトの身内であるという安心感もあり、僕は正直に話すことにした。
「あと、[空間転移]も使えます」
「………………は?」
正直に話したら、アルバルドが瞠目した。
「……聞き間違いだろうか。[空間転移]も使えると言ったか?」
「言いました」
「二つの神秘術に適性が?」
「はい。……あ、[空間転移]を使えるようになったのは最近です」
「最近?」
「エレメンタルドラゴンさんが、使えるようにしてくれました」
「………………」
アルバルドは穴が空きそうなほど、じっと僕を見ていたが、眉間を摘むように押さえると、固く目を瞑って顔を顰めた。
「正直に申告してくれてありがたいが、とりあえず今は、君が適性者であるという事実だけ受け止めさせてくれ」
そう言って難しい顔で息をついた。エレメンタルドラゴンのくだりは、またの機会でいいらしい。
「戦闘を伴う依頼にも同行しているということは、ベルハイトも君が適性者であることは知っているんだな?」
質問ではなく事実確認であるそれに、僕は返事を躊躇った。
適性者の存在を報告しなかったことで、ベルハイトと家族の間に不和を招いたり、信頼を損なうようなことになるのでは、と不安がよぎる。
しかしここで「知らない」と答える意味はもはや無い。
「知っています」
ベルハイトが責められるような事態にだけはなるなと願いながら、真っ直ぐにアルバルドを見て応えると、
「……そうか」
アルバルドはそれだけ言うと特に表情も変えず、仕切り直すように軽く背筋を伸ばした。
「発見された神秘術の適性者は全員、ロズ家で動向を監視することになっている。不本意だろうが、君の運び屋タグに術式を刻んだ魔石を埋め込ませてもらう」
ベルハイトのことをそれ以上何も言わずに話を続ける様子に少し呆気にとられた。僕が気にしすぎだったのだろうか。
「タグを使用した時の居場所が、そちらで把握できるということですか?」
問うと、アルバルドの口元が少し笑みの形に動いた。
「察しがいいな。そのとおりだ」
「知り合いに魔法や魔道具に詳しい人がいて、その受け売りです」
“監視”とは具体的どのようなものかと思ったが、タグを使うらしい。国境や街の入り口、ギルドなどでタグを提示した際に専用の装置にかける。そうすることで位置を記録し、どの適性者がどこを移動しているかが分かる。その大元の装置、あるいは魔道具をロズ家が所有しているのだろう。
「どうぞ」
僕が運び屋タグを差し出すと、アルバルドは僕とタグを交互に見てから難しい顔をした。
「……私が言うのもあれだが、監視に対する抵抗はないのか?」
「?いえ、特には」
四六時中見張られるわけではなく、タグを使う度に居場所が知られるだけのことだ。少なくとも僕からすれば、拒否するほどのことでもない。
「……そうか。魔石の埋め込みは一時間ほどで済む。今、軽食を用意させているから、食べながら待つといい」
「!……ありがとうございます」
串焼きもサロンの食事も、結局おあずけをくらったため、思わず身を乗り出しそうになるのを堪えた。
だが食事の前に、どうしても確認したいことがある。
「あの、一つ訊いてもいいですか?」
「ああ。答えられる範囲で答えよう」
「僕が適性者だということを貴方や公爵閣下に知らせなかったことで、その、ベルハイトさんが怒られたりとかは……」
窺うようにアルバルドを見ると、彼は真顔でピタリと止まったあと、フッと表情を緩めた。
「それはない。そもそも適性者を発見した際の報告義務などは、一般にも無いからな。無論、罪科のある者を匿ったり、犯罪に加担したりしたのなら話は別だが、君の件について弟を罰することはない」
「そうですか……」
どうやら今回の件でベルハイトの立場が悪くなるようなことはないと分かり、ほっとした。……のもつかの間、
「まあ、問いただすとしたら別の件だろうな」
「え」
アルバルドが不穏な言葉を呟いたが、その真意を確かめる間もなく扉をノックする音がして、エルシエルがひょこりと顔を覗かせた。
「失礼します、お兄様。お話は済みました?」
「ああ、大丈夫だ。運んでくれ」
すると、数台のワゴンで続々と料理が運ばれてきた。侍女達によって、それらが手際よくテーブルセットのほう並べられていく。
サロンで出てきたものに勝るとも劣らない質と量。……いや、勝ってる。
「ルカさんもこちらへどうぞ。一緒にいただきましょう」
エルシエルに笑顔で呼ばれ、僕はとりあえず「問いただす」件についてはお腹を満たしてから確認することにした。




