第六十二話 ブランチ&ブレイク
前略、ベルハイト・ロズ様。
僕は今なぜか、貴方のお兄様に「弟と恋仲なのか」と尋ねられています。敬具。
予想していなかった質問に一瞬呆けていたせいで、答えに困っていると思われたのか、エルシエルが申し訳なさそうに眉を下げた。
「お兄様……。そういったことは、先にベル兄様にお尋ねするべきかと」
「いや、しかし……」
妹に静かに制され、アルバルドは口ごもった。
「しかしもなにもありません。いきなりこのような場所にお連れしたうえ、プライベートなことまで詮索するのは失礼です」
「それは…………、そうだな……」
エルシエルに諌められ、アルバルドは返す言葉もなく黙り込んでしまった。
ややバツが悪そうにしている兄をよそに、エルシエルは困ったような笑顔で、
「兄が失礼いたしました。どうか気になさらないでください」
「いえ、お気遣いありがとうございます。……あの、僕は別に困りませんのでお答えします」
ここで答えずに済ませると、あらぬ憶測や誤解を生むかもしれない。そうなってしまっては、ベルハイトに申し訳ない。
「先程言ったとおり、僕とベルハイトさんはあくまで運び屋と冒険者としてお互いの仕事に同行しているだけです。それ以上の関係はありません」
…………うん。
自分で言っておきながら、なにかが引っかかる。……僕、間違ったこと言ってないよな…?
アルバルドとエルシエルは、なぜか僕をじっと見たあと、お互いに顔を見合わせる。
それから再びこちらを見て、エルシエルは再び困ったように微笑み、アルバルドは一度咳払いをした。
「そうか……。いや、すまない。弟は時折手紙を送ってはくるのだが、冒険者業や人間関係についてはほとんど書かれていなくてな」
「そうなのです。季節の挨拶から始まって、そちらは変わりないか、こちらも変わりない、など当たり障りのないことばかり。それも毎回、同じような文面なのですよ。それなのに、二、三行しか書かれていないこともあるのですから!」
よほど不満らしく、エルシエルは訴えるように語尾を強めた。
「エル。気持ちは分かるが、落ち着きなさい」
やや興奮気味に愚痴を零す妹を、今度は兄が制した。
家族に送るには事務的な内容、少ない文字数。
もしやベルハイトは、元々手紙を書くことが苦手なのだろうか。
真面目でコミュニケーション能力もあり、愛想も良い。そんな彼が手紙が苦手だとしたら、正直意外だった。
思わぬ形でベルハイトと家族のやりとりを知ってしまったが、僕が聞いていい話だったのだろうか。
適した相槌も思い浮かばず、黙って聞いていると、アルバルドが話を戻す。
「しかし、パーティーを組まず、護衛でもない“同行”という形は珍しい。何か理由が?」
護衛依頼として冒険者が運び屋に同道することはよくあるが、護衛依頼を伴わない“同行”という関係は、やや特殊と言えるだろう。
「冒険者と運び屋がパーティーを組むと、良い意味でも悪い意味でも目立つので。不要なトラブルを避けるためでもあります。僕は自分の身は自分で守る主義なので、護衛は雇いません」
「そうか。……ではベルハイトは…」
アルバルドは呟くように何か言いかけたが、
「いや、なんでもない。……弟とはどこで?」
「ユトスです。食事処で、たまたま近くの席に座っていて」
「君はユトスの出身なのか?」
「いえ、メルビアです。ユトスへは仕事で来ていました。僕がメルビアに戻る時に、ベルハイトさんも拠点を移す形で同行を」
「そういえば少し前に、手紙にそのようなことが書いてあったな。ユトスからメルビアへ拠点を移すことにしたと」
「久しぶりに定型文以外のことが書いてあったので、驚きましたね」
アルバルドの言葉に、エルシエルが頷く。
その様子を見ながら、僕はこのあとどうすべきか考えていた。
ロズ家は神秘術の調査を担っている家系だ。
次期当主のアルバルドならば、現在調査で判明している全ての情報を把握しているはず。もしかしたらその中に、魔力を回復させるような魔法が存在するかもしれない。
問題は、それをどうやって聞き出すか。
今までの彼らの対応からして、おそらく僕はまだロズ家の監視下にない。
もし僕が神秘術の適正者だと把握いるのなら、いくら身内であるベルハイトの名が出ているとはいえ、こんなにも安易に接触するとは考えにくい。
それにロズ家が担っている役割については、特別秘匿されているわけではない。つまり僕が知っていてもおかしくないのだが、魔力を回復する魔法を探していることを、どう説明するべきか。
ここで一人で勝手に動いては、僕のことをロズ家に告げていないベルハイトに迷惑がかかるかもしれない。 やはり一度、ベルハイトに相談しよう。
そう考えていると、ふいに扉がノックされた。
アルバルドが応えると、サロンの給仕が軽食などをのせたワゴンを押して入ってきたのだが、それを見た僕は、顔には出さず驚いた。
ワゴンいっぱいに、どう見てもお高い料理。
戸惑う僕をよそに、給仕はテキパキとそれらをテーブルに並べていく。
「先程なにか食べようとしていたようだったので、勝手に用意させてもらった」
「どうぞ遠慮なく召し上がってください」
二人に言われて思い出した。
そうだった。きっかけは串焼きだった。
しかしつい数十分前に会ったばかりの、しかもベルハイトのお兄さんと妹さんに、ご飯をご馳走になっていいものだろうか。
ちらりと二人を見ると、アルバルドは特に表情を変えず、エルシエルはにこにこしながらこちらを見ていた。
「……いただきます」
僕は呆気なく陥落した。だって断る理由がない。むしろ断るのは失礼だ。それにお腹空いてるし。と内心で自分に言いながらフォークを手に取った。
正直料理名が分からないそれを口に運び、喉を通った瞬間、――違和感が伝った。
「っ!食べるなっ!!」
「!」「っ!?」
僕の声に、アルバルドとエルシエルの手がぴたりと止まる。アルバルドはまだ料理に手をつけていないが、エルシエルはすでに口にした後だ。
二人は何事かと目を瞠っているが、状況はすぐに動いた。
「――チッ!」
舌打ちした給仕の男が動くのと、アルバルドが動くのはほぼ同時だった。
懐から何かを取り出そうとした男の手をアルバルドが掴み、そのまま後ろに捻り上げる。バランスを崩した男の足を払い、床に倒れたところを膝で押さえ込んだ。
「っ、くそぉ!!なぜ分かった?!あれは味も匂いもしないはず……っ!」
男が憎々しげに喚いているが、僕は相手にせずエルシエルに駆け寄った。
「エルシエル様。口の中に残っているものを吐き出してください」
口元にナフキンをあて、料理を吐き出させた。
「全部吐きましたか?飲み込んでませんか?」
「あの、少し……」
「アルバルド様。解毒薬をお持ちですか?」
ロズ家ほどの重鎮ならば、万が一に備えて常に携帯しているはずだ。僕も持っているが、会ったばかりの人間から渡されたものを、おいそれと口にはしないだろう。
「ここに」
男を押さえたまま、アルバルドは魔法鞄から小瓶を取り出した。それをエルシエルに渡すが、彼女はすぐに押し返してきた。
「貴方が飲んでください!貴方も食べてしまったでしょう?!」
「僕の分はありますから、これは貴方が飲んで」
それを見ていた男がニヤリと笑った。
「無駄だ!その毒は普通の解毒薬は効かないからな!」
「な……?!どういうことだ!!」
アルバルドが焦り、男を押さえる手に力を込めた。
毒の処置はスピードが重要だ。毒を受けた直後か、全身にまわった後かで治りの度合いに違いがでる。
僕は男をじっと見た。
「解毒薬が効かない毒?」
「そうだ!モアヴァイパーの牙から毒液を抽出した、特別製だ!少量でもじわじわ苦しみながら死ぬことになる!!」
それはたしかに普通の解毒薬は効かない。たしか、モアヴァイパーの内臓から造った特殊な解毒薬しか効果はないはずだ。
ふいに、息が詰まるような感覚がした。おそらく毒がまわり始めたのだろう。エルシエルも変調を感じたのか、胸のあたりを押さえている。
そうこうしているうちに、アルバルドは男を昏倒させると、テーブルクロスを裂いて手足を縛りあげて言った。
「研究院からヴァイパーの解毒薬をとってくる」
王立研究院なら確かにあるだろうが、貴重な品のため、簡単には出してくれないだろう。公爵家であるロズ家ならば申請は通るだろうが、手続きにも時間を要する。
「大丈夫です。任せてください」
「?なにを――」
飛び出そうとしたアルバルドを制止し、[無限保存庫]を開く。
「無限保存庫・開放」
神聖魔法[女神の涙]。
虚空から小さな光の雫がふたつ、ゆっくりと降りてくる。
僕はエルシエルの片手をとり、自分の片手と一緒に、その光の雫が落ちる場所に差し出した。
光の雫はまるで水面に落ちるように僕とエルシエル、それぞれの手の甲に落ち、一瞬強く輝くと吸い込まれるように消えた。
「違和感や不快感はありませんか?痛みは?」
「え?あ……、はい。もうなんともありません……」
エルシエルが確かめるように自分の身体を見下ろしながら頷いたのを確認し、僕は立ち上がって振り返る。視線が痛い。
「……ルカ・ブライオン。君はまさか……」
アルバルドがその場に立ち尽くしたまま、射るような視線をこちらへ向けていた。




