第六十一話 情報共有
無事にグラスダールへ到着した僕は、まずマリーディアに会いに行った。
学園に忍び込んだりなんてしていない。停めてあったマリーディアの馬車に忍び込むという、とても平和的な方法だ。すごく驚かれたけど。
「ご無事でなによりです、ルカさん。ユリウス達は……」
「ユリウスさんもソニアさんも元気です。今は城内の安全も確保できています」
そう伝えると、マリーディアはほっとしたように肩の力を抜いた。
それから僕は、ラマンドラ神殿であったこと、宰相から聞き出した情報をマリーディアに共有した。
「では父と兄は今、その[無限保存庫]に…?」
「はい」
「……あの、」
マリーディアは何か言おうと口を開いたが、すぐに思いとどまって俯いた。そして、
「……父と兄を、よろしくお願いします」
それだけ言い、再び“凛とした王女の顔”に戻った。
無事とは言い難い状態とはいえ、本当は顔を見て確かめたかっただろう。しかしそうすることで僅かでも二人に負担がかかることを考え、マリーディアはその気持ちを押し留めた。
「こちらで分かったこともお話しします」
マリーディアは“影”の調査で判明したことを話し始めた。
それはローガンが情報屋から得た話にあった、指輪の魔道具を買った男について。
名前はチャールズ・ビルソン。
オルベリアの貴族、ビルソン男爵家の四男で、年齢は二十二歳。
彼はすでに死亡していた。
逝去する前の数週間、チャールズは呼びかけや物音にも一切反応を示さず、言葉を発することも身動きすることもなかった。
身の回りの世話は全て家人によって行われていたが、食事はどうすることもできず、一日に数時間かけて僅かな流動食を飲み込ませ、注射による栄養剤の投与がチャールズの命をかろうじて繋いでいたが、数日前に息を引き取った。
「魔道具はまだビルソン家にあるんでしょうか?」
尋ねると、マリーディアは首を振った。
「残念ですが分かりません。少なくとも、男爵家の者や家人が身につけていないのは確認しましたが、着用していないだけで、譲り受けているかもしれません」
今現在、僕達は秘密裏に人工魔石について調べている状態だ。そんな立場と不確定な理由で、“王家の影”を他国の貴族の邸に忍び込ませるわけにはいかない。ビルソン邸内を調べるのは難しいだろう。
マリーディアは引き続き、“影”に人工魔石の出処を探らせているためここに残り、僕は魔力の回復手段を得ることに注力することにした。
マリーディアとの情報共有を終えた僕は、研究院のサムナーの元も訪ねた。
人工魔石については調査に進展は無く、サムナーが申し訳なさそうにしていたが、大変なことを押しつけてしまっているのはこちらなので、逆に申し訳ない。
マリーディアとも相談した結果、バライザの件についてはまだサムナーには話していない。すでに彼も人工魔石に関わってしまっているが、バライザの件まで知らせてしまえば、さらに危険に近づくことになる。せめて人工魔石の出処が特定できるまではバライザの件は伏せるという形で、マリーディアと同意した。
サムナーには別件という体で、魔力の回復方法についても尋ねたが、魔道具に詳しい彼でも、現時点であてはないとのことだった。
さて、これからどうするか……。
マリーディアへの報告はできたものの、魔力の回復方法については手がかりすらない。
街の中を特に目的もなく歩いていると、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。
そちらを見れば、立ち並んだ露店の一つで、大きな串焼きが焼かれていた。
…………。
考えるべきことがあっても、お腹は空いてしまうものだ。
「ベルハイトさん、あれ食べましょう」
つい、いつもの調子で振り返った僕は、そこで静止した。
「…………」「…………」
「…………」
そこにいたのは知らない人だった。いない人の名前を呼びながら振り返り、全く面識の無い人と視線がかち合う気まずさといったらない。
そこにいたのは二十代後半くらいの男性と、男性と同じ髪と目の色を持つ、十代半ばくらいの少女。二人とも、じっと僕を見ている。
「すみません、間違えました」
そう言ってその場を離れようとしたが、
「待ってくれ。……今、ベルハイトと言ったか?」
男性のほうが引き留めてきた。
まさか、ベルハイトの知り合いだろうか。ここは彼の実家がある街だ。知り合いの一人や二人いても不思議はないが。
「……言いました」
関わって良いのか判断しかねたが、言ってしまったものは認めるしかない。
僕が肯定すると、少女が心なしか目を輝かせた。一方、男性は何か思案するように顎に手を当てて沈黙したあと、
「違っていたらすまない。それは、冒険者のベルハイト・ロズのことだろうか?」
「……貴方がたは?」
僕自身のことだけならいいが、安易にベルハイトととの繋がりを示唆するのは躊躇われる。
「私達は怪しい者ではない。……よければ、落ち着ける場所で話を聞かせてもらえないだろうか」
「…………」
断ることもできる。だが男性の隣で、何か期待するように両手を胸の前で握りしめている少女を見てしまっては、無碍にもできなかった。
それに、この男性と少女がベルハイトの知人であってもなくても、冒険者のベルハイト・ロズについて何かしら知りたがっているのは確かだ。
その理由が何かにもよるが、ベルハイトがトラブルや危険に巻き込まれそうなら、早めに摘み取っておいたほうがいい。
そう結論づけた僕は、彼らの誘いを受けることにした。
連れてこられたのは、グラスダールでも王侯貴族が利用するような店や施設が集まる場所。その一角にあるカフェサロンだった。
通されたのは完全個室。
個室と言っても結構な広さがあり、豪奢なテーブルセットや調度品の数々が置かれていても、まだスペースに余裕がある。
まさに貴族御用達の空間なので、僕の場違い感が凄い。
男性と少女は横に並んで、僕はその向かいに座る形でソファーに腰掛けた。
運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ男性は、落ち着いた声で自己紹介を始めた。
「まずは先程の質問に答えよう。私はアルバルド・ロズ。ベルハイトの兄だ」
「私はエルシエルと申します。ベルハイトの妹です」
……。
…………。
………………わあ。
そんなことあるだろうか。こんな広い街で偶然呼び間違えた相手が、ベルハイトの兄妹だなんて。思わず騙りか何かかと疑ってしまう。
ベルハイトが身内の名前を語られるようなトラブルを抱えているとは考えにくいが、貴族とはなにかとしがらみが多いものだ。本人が関知しない場所で、何かに巻き込まれていてもおかしくない。
「申し遅れました。運び屋のルカ・ブライオンといいます」
相手が名乗った以上、とりあえず僕も名乗らなければならない。本当に身内の可能性もあるし。
必要最低限の自己紹介だけすると、アルバルドと名乗った男性が改めて尋ねてきた。
「単刀直入に訊くが、君はベルハイトとはどういう関係なのだろうか?」
「……申し訳ありませんが、ここから先は僕だけでなく、ベルハイトさんの個人情報にもなります。大変失礼とは存じますが、僕には貴方がたがベルハイトさんのお身内であるという確証が得られません。何か提示していただけないのであれば、これ以上の質問はお答えできかねます」
このサロンに入れた時点で、彼らが貴族であるのは間違いない。あまり疑惑をぶつけては不敬を問われるかもしれないが、その時はその時だ。
「なるほど……。これでいいだろうか」
男性は懐から懐中時計を取り出した。
それは以前、ベルハイトがユリウスに見せた紋章入りのそれと同じものだった。
どうやら本当に兄妹らしい。
「……ありがとうございます。先程の無礼、なにとぞご容赦を」
「謝る必要はない。君の疑念も対応も当然のことだ。むしろ弟と関わりのある人間ならば、それくらいの用心深くなければ困る」
僕が頭を下げると、アルバルドはどこか満足そうに言った。どうやら怒りを買うことはなかったようだ。
「それで、君は弟とはどういう関係なのか、教えてもらえるか?」
「ベルハイトさんとは、お互いの仕事に同行しています」
「パーティーを組んでいるということか?」
「いえ、ただの同行者です。もちろん戦闘など、協力するべきことはしますが」
僕の返答に、アルバルドは考え込むように沈黙した。
その横で、エルシエルが遠慮がちに口を開く。
「あの…。同行ということは、ベル兄様は今この街に?」
ベルハイトはベル兄様と呼ばれているらしい。
「いえ。今回は一人で来たので」
「そうですか……」
答えると、エルシエルはとても残念そうに肩を落とした。
……妹さんが寂しがっていた、とベルハイトに伝えたほうがいいだろうか。さすがに余計なお世話だろうか。
考えていると、黙り込んでいたアルバルドが何か思いついたように僕を見た。
「君はもしや、弟とは恋仲なのか?」
………………。
その考えに至った経緯をご説明願いたい。




