〈別視点〉 ベルハイトと心情の行方
ルカさんが[空間転移]でグラスダールへと跳んだあと。
城内の客室に案内された俺は、ソファーに沈み込んでぼんやりと考え事をしていた。
友達……。
つい先ほど明らかになった現状。
おそらくラマンドラ神殿で別行動となっていたあの時間に、なにかしらがあったのだろう。ルカさんもソニアさんもそれについては何も言わないので、こちらから詮索などする気はない。しかしその結果に、妙に心がざわついている。
友達かぁ……。
ルカさんにとって良い事だと、本心からそう思う。なのにこんなにモヤモヤしてしまうのは、俺が大変身勝手だからだ。
何度目かの溜め息をついた時、斜め向かいの一人掛けソファーから、くつくつと笑う声が聞こえた。
「若いねぇ。おじさんにも、そんな時期があったよ」
肘掛けに肘をつき、その手に顎をのせるという大変リラックスした体で、ローガンはこちらを見ていた。
「……なんでここにいるんですか?」
それぞれ別の客室が用意されているのに、何故この人はここにいるのか。
効果がないことは分かっているが、せめてもの抗議として、じとりと睨めつけた。
「なんでって……。ベルくんが悩める若者の顔してるから?」
「…………」
また顔に出てたのか。もういっそ仮面でも被ろうかと半ば本気で考えたが、
「ていうか、態度に出てるよね」
「…………」
どうやら顔を隠したところで意味は無いらしい。
ローガンさんは、まるで不貞腐れた子供に語りかけるように俺をじっと見た。
「自分より、ソニアちゃんのほうがお嬢ちゃんと仲良くなった気がして、寂しいんでしょ?」
違う、というわけではない。しかしそんなかわいらしい表現は適切ではなかった。
「それとも妬いている?」
さらに重ねられた言葉が、俺の心情を適切に表していて、
「…………分かってるなら、わざわざ言わないでください……」
そう返すしかなかった。
「あら正直」
ローガンさんはわざとらしく目を瞠ってから、フッと眉を下げて笑った。
「もういっそ、お嬢ちゃんの前でも正直に言っちゃえばいいのに」
「…………それは……」
できない。できるわけがない。
俺とルカさんの関係は、友人や仲間と言えるようなそれではない。言ってしまえば、ただの同行者。そんな俺が、自分よりも彼女と親しい人間に嫉妬などするほうがおかしいのだ。
“友達”という明確で親しい関係を示す名称。それを羨ましいと思う一方で、それよりもっと近しい関係を欲している。
俺は小さく息をついてから顔を上げた。
「俺の話はもういいです。……これが本題じゃないんでしょう?」
そう促したのが正解だったらしく、
「お嬢ちゃんといい、君といい、最近の子は聡いねぇ」
ローガンさんは溜め息混じりに肩をすくめた。
いくら人をからかうのが面白いからと言って、いろいろあって疲労も溜まっているこの時に、わざわざ訪ねてくるとは思えない。
それに、ローガンさんがラマンドラ神殿で見せたあの顔。驚きはしたものの、妙に納得もした。この人はただの気安いおじさんではない。
「なにか大事な話ですか?」
「うん、まあ……。でもそんな大層な話じゃないんだけど……」
「?」
この人にしては珍しく、歯切れの悪い話し出し。両膝にそれぞれ肘をついて、前に組んだ両手を意味もなく弄んでいる。
「……大丈夫ですか?」
思わずそう尋ねてしまうほど、今のローガンさんはらしくない。
「あー、うん。…改めて話そうとすると変に緊張するねぇ。お嬢ちゃんに話した時は、もうこれきりだと思ってたから、気にならなかったけど」
「それって、街で衛兵に捕まった時ですか?」
「うん。と言っても、詳しいことは何も話してないんだけど……」
そう前置きしてローガンさんの口から語られたのは、前置きのとおり、とてもざっくりとした話だった。
“良い人”を表で装いながら、裏では限りなく黒に近い非情な手段も厭わず生きてきたこと。そしてその過去の精算がしたいということ。
「結局お嬢ちゃんはおじさんを牢から連れ出したけど、今後も一緒に行動する以上、ベルくんにも話しとかないとなぁ、って思って」
へらりと笑ってはいるものの、まるで暗闇に取り残されたかのようなその様子は、以前ルカさんにロズ家の話をした時の俺と重なって見えた。
知られたくないことを自分の口から話す時、そこにどれほどの覚悟が必要か。今はまだ詳細を話せないローガンさんもまた、同じく心を決める時がくるかもしれない。
今日告げた話が、そのために必要な第一歩だとしたら、俺も彼が辿り着く結論を知りたいと思った。
「……分かりました。貴方がそうしたいなら、そうするべきだと思います」
「え……。いいの?」
ぽかんとしているローガンさんに、俺は思っていることをそのまま告げる。
「貴方は“良い人”を装っているって言いましたけど、わざわざ国を越えてまでユリウス殿下を探しに来た貴方が、ただの“悪い人”だとも思えない。……それだけです」
「……おじさん、ほんとについてくよ?」
「ルカさんがいいなら、俺が反対する理由はありません」
そう答えると、なぜかローガンは立ち上がった。そして、
「ベルくん大好き!!」
「ぎゃあ?!!」
何を思ったのか、ローテーブルを無視して飛びついてきた。
突然の強襲を避けるができず、大の大人が二人してソファーに倒れ込んだ。
「いてて……。ごめん、調子乗った……」
「早く退いてください……。ていうか、これルカさんにはやってませんよね?」
「そんなことしたら、おじさんの歯、全部なくなっちゃうよ」
言いながらローガンが退こうとした直前、
「失礼いたします!どうされました?!すごい声、が……?」
俺の悲鳴を聞きつけたソニアさんが、何事かと部屋に飛び込んできた。彼女の目には、ローガンさんが俺に馬乗りになっているように見えただろう。
「し、失礼いたしましたーーーっ!!」
「ま、待ってソニアさん!!」
「ソニアちゃん!?誤解だからっ!!」
パニックになりながら走り去るソニアを二人して追いかけ、衛兵から厳重注意を受けたのは言うまでもない。
なんとかソニアの誤解を解き、彼女の本来の目的であったお茶をいただいて、ようやく一息つくことができた。
話題は再び、ルカさんとソニアさんが友達になった件について。
「私は私として、精一杯頑張れば良いのだと分かりました。なのでこれからも誠心誠意、王家とユリウス様にお仕えしていく所存です!」
詳しいことは分からないが、ソニアさんが決意を新たにするきっかけを、ルカさんが作ったのだろう。
そこから友達になったのは会話の流れだったのか、はっきりと語られることはなかったが、ソニアさんは嬉しそうにこう締めくくった。
「そしていつか、ルカ様みたいな方と結婚します!」
「っ?!」
俺は思わず取り落としかけたティーカップを、慎重にソーサーに置いた。
「なん、え、けっこん??」
自分でも引くくらい動揺しながら問い返すと、ソニアはハッとしたようにブンブンと手を振り、
「あっ、違いますよベルハイト様!あくまで、ルカ様みたいな方、です!ルカ様自身は大切なお友達ですから!」
みたいな、の部分をやたら強調して言い直した。
「ああ、うん……?」
どうやらソニアさんの理想の結婚相手像が“ルカさんのような人”になったらしい。俺としては正直、ソニアさんの気持ちが分かりすぎるくらいよく分かるが、突然の激白に生返事しか返せなかった。
この間、腹を抱えて震えながらソファーに突っ伏していたローガンさんがしばらくしてようやく起き上がり、涙目のまま息をついた。
「お嬢ちゃんて、あれで結構な人たらしだよね」
分かる。
ルカさん本人は周囲と浅く付き合っているつもりのようだが、メルビア内だけでも、彼女を気に入っている人が結構いることを俺は知っている。
「でもそうなると、一人で行かせたのはマズかったかも」
ローガンさんはふいに真剣な表情になった。
「きっとまた、たらし込んでくるよ。一人か二人は絶対に」
「…………」
いやいやいや、ないないない。
だってあの人、そもそも団体行動苦手だし、他人とは必要な関わりしか持たないし。今回は王女殿下と研究院の教授に会うだけだし。
……あれ?そういえば研究院のサムナー教授って、どんな人なんだろう。実家にいた頃に名前だけは聞いた記憶があるが、年齢などは知らない。研究院は実績主義だから教授といっても若い可能性は充分ある。
……いや、それよりも。
「それに王都には、お嬢ちゃんをナンパした少年もいるし」
そうそれ。
ローガンさんの呟きに、心の中で相槌をうった。
ルカさん本人がナンパだと思ってないし、気にもしてないから忘れていたが、ナンパのほうは問題だ。それに他にもそういう奴が現れないとも限らない。
「おじさん今、ベルくんが考えてることが手に取るように分かるよ」
「私もです、ローガン様」
俺が悶々と長考している間にローガンさんとソニアさんが何か話していたが、俺はそれどころではなかった。




