第六十話 未発見の方法
石壇は三段あり、その最上段には石碑が置かれていた。表面に文字が彫られているが、オルベリアやバライザの言語ではないため、何と書いてあるのかはわからない。
先程からずっと石壇の前に立っている二人の男性。確認せずとも、バライザ王と王太子であるのは明らかだ。宰相はというと、手足を縛られた状況で床に転がっていた。
「父上!兄上!目を覚ましてください!!」
ユリウスが必死に呼びかけ、その身体を揺するが、二人は虚空を見つめて棒立ちしたまま、なぜか体内の魔力を放出し続けている。
ゆるゆると煙のように漂った魔力は、吸い込まれるように石壇の上にある石碑へと流れ込んでいた。
石碑が魔力を吸収してる……?
「どういう状況ですか?」
尋ねると、ローガンは渋い顔で答える。
「あの首飾り、やっぱり着用者の精神に作用するものだったみたい。あの人工魔石、」
「私の命令で動くよう、術式を刻んであるのだ!私以外には止められん!!」
途中から宰相が口を挟んできた、状況はだいたい理解できた。
「じゃあ、さっさと止めてくんない?やらないなら、あんたに用は無いんだけど?」
ローガンが威圧するように見下ろすが、宰相はそれでもなお、
「ふ、ふんっ!私を殺せば、こいつらの精神支配を解ける者はいなくなる!困るのはお前達だぞ!」
宰相は勝ち誇った顔で鼻を鳴らした。
ありがちな台詞だが、その通りではある。ならばこちらも“頼み方”を変えるまでだ。
一歩足を踏み出しかけた時、ローガンが僕の肩を軽く押さえた。
「お嬢ちゃん、俺にやらせて」
ローガンは魔法鞄からナイフを取り出した。主に狩猟時に肉の解体に使う、狩猟用ナイフ。それを片手で弄びながら、ローガンは転がっている宰相の眼前にしゃがんだ。
宰相は途端に顔を引き攣らせる。
「な、なにを……っ!こ、殺すつもりか?!私を殺したら……っ!」
「そんなことしないよ。あんたが精神操作を解く気になってくれればいいんだから」
ローガンは先程とはうって変わった明るい声で言った。
「俺ね、神聖魔法が使えるの。もちろん、それに属する治癒系の魔法もね」
ナイフの平でぺちぺちと自分の手の平を叩きながら続ける。
「死なない程度に痛めつけながら、痛みが無くならない程度に治してあげる。俺とあんたで根比べしようよ」
「……っ」
朗らかに告げられた地獄の沙汰に、宰相の喉が大きく上下した。
「俺はあんたを“斬り刻んで治す”っていうのを繰り返すだけだから楽なもんだけど、あんたはどうかなぁ?……自分の血の海の中で死なないギリギリの痛みを延々と味わうなんて……可哀想に」
ローガンは最後の一瞬だけ表情を消したあと、パッと笑ってナイフを握り直した。
「じゃあ最初は、俺達のお願いを聞いてくれないこの耳から――」
「わ…っ、わわわ分かった!分かったからよせぇっ!!」
ナイフの切先がプツリと皮膚に食い込んだ瞬間、宰相は必死に身を捩りながら叫んだ。
「あら?ちゃんと聞こえてたんだね、その耳。良かった良かった」
ローガンは宰相を引っ張り上げて立たせ、
「言っとくけど、馬鹿なことしたら削いだあと治してやらないから」
しっかりと釘を差した。
宰相が青い顔で震えながら詠唱をすると、ぼんやりと光を放っていた首飾りはその光を消した。
それと同時に二人は魔力の放出をぴたりと止め、そのまま気を失ってしまった。
ローガンとベルハイトがバライザ王と王太子を支え、その場に横たえる。
「父上…、兄上…っ」
縋りつくように膝をついたユリウスの隣に僕も膝をつき、そっとバライザ王と王太子の身体に触れた。
「急速な魔力の放出は、身体への負荷が大きい。それに加えて、もう体内にほとんど魔力が残っていません。魔力は自然に回復しますが、身体が先に衰弱していく危険があります」
あらゆる動植物の生命維持において、魔力は必要不可欠なものだ。それは人間も例外ではなく、魔力が枯渇した状態が長く続くのは、心身に多大な影響を与えかねない。
「魔力を早急に回復する手段を確保できるまで、二人は[無限保存庫]で預ります。いいですね?」
根本的な解決にはならないが、衰弱が進行することを止めることはできる。
「ああ、頼む」
ユリウスの同意を得て、バライザ王と王太子を[無限保存庫]に入れた。
「な、なんだ今のは?!……まさか、[保管庫]に人間を入れたのか?!そんなバカなことが……っ!」
一部始終を見ていた宰相が騒ぎ出した。この状況で喋れるとは、よほど神経が図太いとみえる。
しかし問われたとて、答える義務はないわけで。
「貴方には関係ないことです」
「な……っ!平民の小僧が、なんと無礼な!!」
まだ騒いでいるが正直どうでもいいし、わざわざ口止めするつもりもない。
オルベリアとバライザで多少は法に違いはあるだろうが、国王と王太子への加害が明確であるため、今後この男に自由が与えられることはあり得ないのだから。
「ちょっとやりすぎちゃった?」
ローガンがへらりと笑いながら言ったのは、先程の宰相への恫喝のことか。
確かに今までの印象とは随分違う姿ではあった。へらへらと掴みどころはないが、どこか憎めず害意は感じない。しかし一度“敵”という前提で対峙した僕からすると、そこまで意外ではなかった。
それに、ユリウスとソニアはそれどころではなかっただろうし、ベルハイトは最初こそ少し驚いていたが、特別気にしてはいないようだ。
「いえ。ついでに他に共犯がいるかも吐かせてください」
そう言うと、ローガンは一瞬ぽかんとしたが、「はいよー」と上機嫌で宰相の襟首を引っ掴んだ。
「ぐえっ!…き、貴様なにを……!」
「はいはい。もう少しお話しようね〜」
そのまま少し離れた場所へ引き摺っていき、“お話”が再開された。
宰相から引き出せる限りの情報を引き出したあと、青い顔でブツブツ呟く宰相を引き摺りながら、僕達はラマンドラ神殿を後にした。
ジャンレーに戻った僕達は王城へと通されたのだが、それはもう大変な騒ぎだった。
城から姿を消していた第二王子が帰還し、王も王太子もいないなか、宰相が捕縛された状態で現れたのだから無理もない。
その後ユリウスの指示で、宰相から聞き出した叛臣を拘束、城外にいる共犯者に関しても、騎士団が捕縛に向かった。
宰相が隠している共謀者や共犯者がいる可能性もあるが、拘束した者達から情報を聞き出せば、その辺りもはっきりするだろう。
僕のほうも、もうだいぶ前から[無限保存庫]に入れていた追っ手の男達と、先刻、ラマンドラ神殿に現れた男を騎士団に引き渡し、あとは魔力回復の問題に取り掛かることとなった。
「現時点で、魔力の回復方法は自然回復以外には無い。可能性があるとすれば、未発見の魔道具や魔法だが、今のところそのあても無く、宮廷魔導師達が古文書や文献を総出であたっているが、そもそもそんなものが存在するかどうかも分かっていないんだ」
言い終えたユリウスの顔色は悪い。
通されたユリウスの私室で状況を整理していたが、あまり芳しくない。
文献から何か見つかればいいが、自然回復以外の魔力の回復方法など、ずいぶん前から研究されており、それでも未だ発見されていない難題だ。
「一度、グラスダールに戻ります」
僕はそう言って立ち上がった。
「王女殿下に現状を報告したほうがいいでしょうし、事情を知っているサムナー教授に知恵を借りられるかもしれません」
グラスダールを立つ時、マリーディアにはサムナーのことを話しておいた。“影”やサムナーの調査しだいでは、人工魔石が与える影響に対する何かしらの対処法が判明するかもしれない。
「ここからグラスダールに跳べるんですか?」
ベルハイトの問いに、僕はこくりと頷いた。
「たぶん」
「たぶんかぁ……」
なんとも言えない表情をするベルハイト。
ラマンドラ神殿と違って転移先の固定は問題ないし、試運転の時の魔力消費量から考えて、魔力も充分足りると思う。
「あの、大丈夫なのですか…?万が一のことがあったら……」
失敗した時の事例を教えていたためか、ソニアは一際不安そうにしている。
「大丈夫です。その時はその時で、また跳びますから」
しっかり頷いて答えると、ソニアはまだ心配そうではあったが、頷き返してくれた。
「ルカ様なら大丈夫だと思いますが、気をつけて行ってきてくださいね」
その様子を見ていたローガンが、
「なんか君達、前より仲良くなった?」
「え」
それに一番に反応したのはベルハイトだった。
ソニアは胸を張り、「ふふふ…」と何故か得意気な笑みを浮かべる。
「実は私、ルカ様のお友達になったんです!」
「え」
再びベルハイトが反応した。ローガンはそれをちらりと見たあと、
「へぇ~。良かったね、お嬢ちゃん」
「はい」
頷いたものの、隣からすごく視線を感じる。
ベルハイトさん、さっきから何がそんなに気になってるんだろう……。
本人が「え」以外に何も言わないので、視線には気づかないフリをした。
「じゃあ、いってきます」
何か言いたげなベルハイトを残し、僕は単身、グラスダールへと跳んだ。




