第六話 魔窟の異変
「正体不明……」
復唱するようにベルハイトが呟いた。
[称号]とは。
オルベリア王国のギルド統括局――各ギルドの運営認可や定期審査などを行う、王家直轄機関が選定する、何らかの功績を挙げた者に贈られる証。その選定基準は一般に明かされておらず、本人が公表しない限り、誰が・いつ・どんな称号を得たのかも公にされない謎の多い制度だ。
これまでに称号を得た者は、ドラゴンを何体も討滅した冒険者や、欠損をも完全に治癒する回復術師、魔石を使った武具を生み出した鍛冶師など、分かっている範囲でもその職種や実績は様々だ。彼らの経歴から見て、何らかの功績を上げた者に贈られているという点は確かで、それを目標に称号の獲得を目指している者も少なくない。
僕は昔から、[無限保存庫]に魔法をストックするために魔窟に潜っていた。なので必然的に魔物と戦うことになり、倒した魔物に賞金がかかっていれば、冒険者ギルドに証拠の部位を提出することで賞金を受け取れる。
目当ては魔法のストックだったので、賞金首を狙っていたわけではないのだが、高位の魔法を使える魔物は大抵、賞金がかかっているわけで。
「選定理由は明言されていませんが、魔窟で討伐した賞金首を、よく冒険者ギルドに持ち込んでいたので…、それが理由かと」
……たぶん。
何故[アンノウン]なのかも知らないのだ。選定理由も当然知らない。
ある日突然、僕が登録している運送ギルドに統括局の局員が来て、僕宛ての小包を置いていった。開けてみると、中にはウォルナットの小箱と王家の封蝋が押された封書が入っており、小箱には黒銀のタグ、封書には与えられた称号と祝いの言葉、そしてオルベリア王家の国璽が押されていた。
当時、称号の事を知らなかった僕は運送ギルド長にタグと書面を見せた結果、「アンタ、一体何したの?!」と、もの凄い勢いで問い詰められた。
それまで魔窟に潜っていることは黙っていたのだが、称号が原因で洗いざらい吐かされ、三時間に渡るお説教をいただいた次第である。
そういうわけで、僕は称号に関して特に良い思い出はない。
「それで、本題のタストラ魔窟の件なんですが」
「あっさり話変えますね……」
ベルハイトは称号についてまだ聞きたそうだが、僕としては信用が得られれば充分なので、これ以上話す事はない。
運送ギルド長曰く、称号は王家からの身元保証でもあるらしい。王家が問題がある者に国璽を使用したものを与えることはあり得ない。ゆえに称号の保持者は王家のお墨付きなのだとか。
僕の場合、それに対してどうこう思うことは無かったし、周りに知られて目立つのは避けたいが、こういう信用を得たい場面では有用だ。
「あ、称号の事は他言無用でお願いします」
口が軽いとは思わないが、念押しはする。
「まず結論から。タストラ魔窟で異常事態が起きていたのは確かです」
話を進めると、すぐにベルハイト達の顔つきが変わる。
「魔窟の入り口から深層まで、全域に渡って魔素の濃度が高くなっていました。あの魔窟に入ったのは初めてですけど、他の魔窟と比べると四倍から五倍はあったと思います」
「五倍か……。確かに異常だな」
ダイアーの言葉にヨハンが頷く。
「そうですね。あそこは魔窟の中でも、魔素が薄いほうだと言われていますし」
そうなのか。やはり詳しい調査は現地を知る彼らが適任だ。
「今朝、魔窟の様子を見にいきましたが、魔素の濃度は薄くなっていました。許容範囲だとは思いますが、後で確認をお願いします」
「了解した。どのみち調査が必要だからな。俺達が行こう」
深層まで降りる調査になるが、Sランクの[蒼天の鐘]ならば大丈夫だろう。
「気をつけてほしいのが、魔物の動向と種類です。今日は確認できませんでしたけど、昨晩は違う魔物同士が行動を共にする様子が見られました。それから、亜種らしき魔物も」
「亜種ですか?」
ヨハン達の表情が険しくなる。
「あれの事ですよね?一際大きいグランドベアのような」
僕がベルハイトの言葉に頷くと、ダイアーは更に眉間のシワを深くする。
「グランドベアの亜種か……。ただデカいだけなら、まだいいんだが…」
「あ。持ってきました」
「「「……『持ってきました』??」」」
見事なハモリでオウム返しされた。見渡すと、何を言っているのか分からない、という顔が三つ。
「見てもらったほうがいいと思って」
「「「………………」」」
何を言っているのか分からない、という気持ちは伝わってきているが、せめて何か言ってほしい。
あれを見せるとなると、場所を変えなければ。応接室で出したら、大変なことになる。
「ヨハンさん。ギルドの試験場って、空けられますか?」
各冒険者ギルドに必ずある試験場。
冒険者の新規登録の試験や昇格試験の際に使用される、屋外闘技場だ。
ここなら充分な広さがあるので、あのグランドベアの亜種を出しても問題ない。それに、ヨハンに人払いをしてもらったので、ベルハイト達以外に[無限保存庫]を見られる心配もない。
僕は目的のものを取り出す前に、
「今から見る魔法も、他言無用でお願いします」
告げてから[無限保存庫]を開く。
「無限保存庫・開放」
ずしんっ、と地響きがして、試験場の真ん中に巨体が横たわる。まるで今傷ができたかのように赤黒い血が地面に流れ、鉄と土と獣の臭いが広がっていく。
「これです。…………あの、大丈夫ですか?」
振り返ると三人とも固まっていた。
かろうじてベルハイトが口を開く。
「え……、ルカさんこれ……。昨日討伐したやつですか……?」
「はい。僕はそのまま運べるので」
[無限保存庫]がそういう魔法であることを簡単に説明する。
「……はぁ………。規格外なんてもんじゃねぇな…」
ダイアーが額を押さえて首を振る。
僕は亜種の巨体を見あげながら、
「まあ、かなり大きいですね。通常のグランドベアの二倍はありますし。爪に至っては別物みたいで」
と、ダイアーに同意したのだが、
「えぇと……。そうですけど、そうじゃなくて」
ベルハイトが困ったように眉を寄せる。他の二人も同じように苦笑いしていた。
なぜ。
「まあとにかく。そこそこ長く冒険者をやってるが、俺もこんな魔物を見たのは初めてだ」
興味深そうに亜種の顔を覗き込むダイアー。
「この魔物については、気になる事が」
亜種が死ぬ間際に何か吐き出したこと、それは魔石のようだったが、違和感があったことを伝えた。
「きな臭ぇな……。これ以上何も無けりゃあいいが」
「それから、アイアンラビットの事ですけど。さっき魔窟に向かう際、森の中でアイアンラビットの死体を見つけました」
行商人夫婦が目撃したものと同じ個体かは確かめようがないが、可能性はある。
「濃くなった魔窟の魔素が漏れ出たことで、アイアンラビットはそれにつられて外へ出てきたのかもしれません。ですが、魔窟内と比べれば薄いことに変わりはないので、そのまま外で力尽きたのでは、と。あくまで推測なので、これについても継続して調査が必要ですが」
僕がヨハン達に伝えるべき事は、これで全部だ。
「高濃度の魔素に亜種。それから謎の魔石……。あとはアイアンラビットの動向か。森の方は他のパーティーに頼むか」
「そうですね。こちらで手配します」
ヨハンがダイアーに頷き返す。
その横で亜種を見ていたベルハイトが首を傾げる。
「そういえば、なんでグランドベアは俺を殺さずに魔窟まで運んだんですかね?」
「あー、そうさなぁ。……おそらく、だが」
ダイアーは前置きをしてから、
「亜種に食わせるためかもな」
にこりと笑って、横たわる大きな獣を指差した。
「え」
ピシリと固まるベルハイト。それに構わず、ダイアーは僕を振り返り、
「坊主はどう思う?」
丸投げしてきた。
すると何故か、ベルハイトがハッとしたようにダイアーを見たかと思うと、次に慌てたように僕を見た。
?なんだ?今の。
ベルハイトの妙な動きは気になったが、とりあえず先程の質問に答える。
「たぶん、そうだと思います」
「えぇ……」
ベルハイトが情けない顔で僕を見る。
「あの亜種と思われる魔物は、他の魔物を従えているみたいでした。グランドベアがわざわざ亜種の縄張りまで、瀕死の獲物を持ち帰ったということは、そういう事かと」
「瀕死の獲物……」
ベルハイトの表情が更に暗くなった。
「瀕死の獲物」は駄目か。「死にかけのベルハイト」はあんまりかと思って濁したつもりだったのだけど。
言葉って難しい。




