第五十五話 さすればその覚悟は
ジャンレーの衛兵に拘束されたローガンに接触するため、僕は一人で詰所に侵入した。
失敗して僕まで捕まる気は毛頭ないが、やはりユリウス達を連れてくるわけにはいかず、彼らには宿屋で待ってもらっている。ベルハイトは理解していても納得していないような顔だったが。
ベルハイトはよく僕を“心配”する。ヘディにも“心配”はされるが、彼のそれとは何か違うものを感じることがある。
僕のことを信用していないからとかではないと思うが、今まで向けられたことのない類の“心配”であるように思うのは、僕の気の所為だろうか。
なんにしても、僕はそれが何か分からずにいた。
衛兵に見つからないよう慎重に進み、留置所まで辿り着いた。入り口には夜勤であろう衛兵が一人、椅子に座って足を机にのせ、新聞を読みふけっていた。
僕は物陰に隠れたまま、そっと[無限保存庫]から魔法を取り出す。
精霊魔法[妖精の羽音]。
リン、と決して大きくはない透明な音色が舞い、衛兵の周りを包む。
「……ん?なんの音だ?」
衛兵は気がついて訝しげな顔をするが、魔法の効果はすぐに表れる。
「ふあ……?」
こくりこくりと船を漕ぎ始めた衛兵の腕が下がり、新聞がバサリと床に落ちた。次いで、低音のイビキが眠ったことを告げる。
「お借りします」
衛兵の腰に下がっていた鍵束を拝借し、目当ての人物を探して牢の前を進む。
通路の両側に五つずつ並んだ牢のさらに奥。突き当たりに備えられたその格子の向こうに、見知った姿を見つけた。
「……何しに来たの?もしかして、おじさんのお迎え?」
僕の足音に顔を上げたローガンは、後ろ手に縛られたまま、へらりと笑った。
「とりあえず、状況確認です。これを使うかは貴方しだいです」
鍵束を見せると、ローガンはその笑みを深くした。
「おじさんのことは放っといていいよ。……面が割れてるから、足手まといになる」
その言葉を聞いて、彼が大人しく拘束されたことに納得した。
「バライザ王と貴方に繋がりがあると、知られているんですね」
その可能性を考えなかったわけではないが、当のローガンはそれを明かさなかった。
ユリウスに余計な心配をさせないためか、それとも最終的に捕まるつもりでいたからか。
「トラヴァスに会った後、物騒な人達に追っかけられてね。最初は何が目的か分からなかったけど、ロブエで君らの話を聞いて納得したよ。おじさんが余計なことをする前に始末したかったんだろうね」
バライザ王とローガンのやりとりまでバレているかどうかは分からないが、人工魔石の首飾りを渡した者達にとって、ローガンは不確定要素だったのだろう。
だがこの人の腕ならば、ここまで来て捕まらずとも、上手く逃げ切れたはずだ。そうしなかったのは、
「自分が捕まって注意が向けば、僕達は気づかれる可能性が減って安全だと?」
問うても、ローガンはただ笑みを浮かべたまま肯定も否定もしない。
僕が黙って見つめていると、ローガンは困ったようにふっと笑った。
「おじさんはね、お嬢ちゃんが思ってるほど良い人じゃないのよ」
ローガンは初めて会った時のように、口元だけ弧を描いた。
「良いのは上っ面だけ。表では冒険者としてそれなりに信頼されてるけど、裏は限りなく黒に近いグレーなの。グラスダールで手に入れた魔石の情報も、脅して調べさせたようなもんだし」
冒険者ギルドでローガンのことを尋ねた時の職員の様子は、確かに好意的だった。それが彼の表の顔で、僕も知っている顔。そしてその裏に、僕達の知らない、“黒寄りのグレー”が存在する。
「そんな生き方も疲れちゃったし、若人達の助けになって終わるなら、それもいいかな、なんて思っちゃって」
ローガンは再びへらりと笑った。まるで、心残りなどないかのように。
でもそれは、僕にとっては。
「迷惑です」
きっぱり告げると、ローガンは目を丸くした。
それを後目に、拝借してきた鍵で牢を開けた。
「貴方が何をしてきたのか知りませんけど、僕達のためだなんて、勝手に精算のあてにされるのは迷惑です」
僕達は彼の過去やその行いには、何の関わりもない。
短剣を抜き、ローガンの手には当たらないようにしながらも、やや乱暴にその縄を切った。
解放された手首を擦りながら俯いているローガンの前に立ち、手を差し出す。
「手を」
「え?」
短く促すと、ローガンは顔を上げて数回目を瞬いた。
「僕は僕の目的のためにここに来て、貴方無しでも成し遂げる覚悟がある。貴方も本当に何かを精算したいなら、この手をとって、自分で立って」
終わらせるなら、ちゃんと向き合い、自分の手でケリをつけるべきだ。何かを代わりにするなど意味はない。
「…………」
沈黙と静寂は、おそらく数秒。
呆けた顔のまま伸ばされた手を掴み、精一杯力を込めて引くと、それにつられてローガンはゆっくりだが自力で立ち上がった。
しばらくじっと僕を見下ろしたローガンは、眉を下げて笑った。
「……男前だねぇ、お嬢ちゃんは」
それは褒めてるのか?
内心で首を傾げていると、
「――動くな!!ローガン・ウェルド!!!」
待ったをかけたのは、昨晩、ローガンを拘束した衛兵だった。あの時は落ち着いた印象だったが、今は随分と気が立っているようだ。
「しつこいなぁ……。あれは誤解だって言ってるのに」
唇を尖らせながら迷惑そうに言うローガン。
その様子に、衛兵は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「なにが誤解だ!!セリーンがお前に声をかけられたと言ったんだ!!」
ん?
「だーかーらー。さっきも言ったけど、声をかけただけでナンパとかじゃ……」
……待て。
「声をかけたと認めたな?!人の女に手を出す不埒者め!!」
ちょっと待て。
「人聞きの悪いこと言わないでよ。ほんとにそういうのじゃないんだってば」
お願いだから、待ってほしい。
僕は一度息を吐き、ローガンを見上げた。
「確認なんですけど、捕まったのは魔石の件とは無関係なんですか?」
「ぎくぅっ!」
わざとらしく効果音を発しながら、肩を跳ねさせるローガン。
「いやぁ…?……おじさんも最初はジャンレーに戻ったことが奴さんにバレたんだと思ってたんだよ?それがいざ取り調べが始まったら、あれぇ?ってなってさぁ。あんなにカッコつけた感じで捕まったのにね〜」
てへ、と舌を出されても可愛くない。憎たらしい。人工魔石の件がなければ、置いていくのに。
……いや、置いていこう。
私的な男女問題が原因ならば、極刑にはなるまい。私刑にはなるかもしれないが。
「ローガンさん。[記憶の標]を[無限保存庫]に入れるので、ください。一応、五回分。それから貴方はここで、あの人と話し合ってください」
始めからこうすればよかった。もう置いていこう。そうしよう。
「え、なんでおじさんの魔法バレてるの?ってゆーか、ちょっと待って?おじさん、ほんとに他人の彼女に手なんか出してないから!こう見えて身持ちは固いのよ?」
グラスダールで夜遊びした男が何を言うか。
「どっちでもいいです、興味ないので。なんなら面倒くさいので」
「ひどいっ!」
ローガンは両手で顔を覆い、泣き真似を始めてしまった。
捕まった理由はギルド職員が懸念していたとおりだったが、どちらにしてもここにいれば、宰相らの耳に入るのは時間の問題だっただろう。僕達から注意を逸らすため、というのも本気だったのかもしれない。
……仕方ない。つれて帰ってあげよう。
「泣き止んでください。行きますよ」
声をかけると、ローガンはパッと顔を上げた。
「はーい!やっぱお嬢ちゃん、やっさし〜」
……宿に戻ったら、ベルハイト達にお説教してもらおう。
「〜〜〜お前らあ!!俺を無視して、さっきから何をごちゃごちゃ言ってるんだ!!」
放ったらかしにしていた衛兵が、ついに怒りの臨界点を突破した。




