第五十三話 隠した顔
サルタメル魔窟を出ると、出入り口は崖の上にあったようで、眼下には草原が広がっていた。
ただし、元々野営をしようとしていた時にエレメンタルドラゴンに会い、そのまま魔窟から脱出することになったので、すでに辺りは月明かりに照らされているが。
「皆さん、王都が見えますよ!」
草原の先に見える王都の明かりを見て、ソニアが嬉しそうに声を上げた。
「ああ…。なんだか、もう何年も離れていたように感じるな……」
ユリウスもほっと息をついて、その明かりを見つめる。
なんだかんだで、すでに日は落ちてしまったが、エレメンタルドラゴンのおかげで通常数日かかるところを、この距離なら一時間もあれば王都に入れる。着く頃には少し遅めの夕飯くらいの時間になるだろう。
「ローガンさん。案内、お願いします」
「はいよー。ここからはおじさんに任せなさーい!」
僕達はローガンの先導でそのまま崖を迂回して草原へ下り、煌々と明かりを灯す王都へと向かった。
バライザ王国、王都ジャンレー。
本来ならオルベリアとの境にあるノスティア大森林を越えたあと、サルタメル渓谷を通る三日ほどの道程を経て辿り着く予定だった場所。
無論このルートも最短を前提としたもので、通常の国境から行くと、いくつか町を経由する一週間ほどのルートが存在する。
ジャンレーも三大ギルドを構える大きな街で、寝るには早いこの時間帯は、まだまだ活気に溢れている。とはいえ、こちらは身バレしてはいけない人がいるので、
「暗いうちに着いたのは良かったかもしれませんね」
バライザの王都に入った今、ユリウスやソニアの顔を知る人がどこにいても不思議ではない。二人は外套のフードを目深に被り、少し緊張した面持ちだった。
気になるのは、なぜかローガンもフードを被っていること。
被ったら駄目というわけではないが、オルベリアでも基本的に顔を出していたのに、なぜバライザへ戻った途端、隠すのか。
じっと見上げていると、視線に気づいたローガンがへらりと笑う。
「なぁに?そんなに見つめられると、おじさん恥ずかし〜」
……これは話す気無いな。
「いえ、別に」
おそらく訊ねたところで、はぐらかされるだろう。そう思い、この場は放っておくことにしたが、話したくないということは、何かあるということだ。
僕はフードを被る仕草をしながら、もう一度ローガンを見上げる。
「ちゃんと被らないと見えますよ。顔も」
隠し事も。
言外に、何かあるだろ、とローガンにだけ聞こえるように言うと、彼は一瞬目を瞠ったあと再びへらりと笑い、「はぁい」と気の抜けた返事をしながらフードを深く被り直した。
盛り場から程よく離れ、しかし人気が無さすぎない場所でとった宿は、五人一緒の大部屋。空きが一人部屋とこの部屋だけだったので仕方ない。
若干、ベルハイトがごねたのは言うまでもないが、初めての魔窟に疲れていたユリウスは「俺はここでいい」と言い、ローガンにいたっては「女の子と一緒のほうが楽しいじゃん」と大層乗り気だったため、ここに決定した。
その後、夕飯なども済ませ、明日に備えて寝るだけとなり、翌日以降のことや他愛もない話をして過ごしていたのだが……。
「遅いですね、ローガン様……」
すでに眠っているユリウスに毛布をかけ直しながら、ソニアが壁の時計を見て呟いた。
時刻はもうすぐ日付けが変わろうかという頃。数時間前に「ちょっと出てくるね」と一人で街へ出たローガンが、まだ戻っていなかった。
……仕方ない。
「探してきます」
「もう遅いし、俺が…」
ベルハイトが腰を上げるが、僕は首を振った。
「仕込んでるので、僕が行きます」
ジャンレーに着いた時、ローガンの様子に違和感を感じた僕は、申し訳ないとは思ったが[双黒の潜伏者]を彼の影に潜ませていた。
宿屋を出た僕は、[双黒の潜伏者]の後を追って夜の街へ出た。
しかし、ローガンの元へ向かう黒い浮遊体は、意外にも宿屋からそう離れていない路地へ僕を導いた。
街灯の光がかろうじて届くその場所を、ローガンはグラスダールで出会った時と同じ、外套のフードを深く被った状態で歩いていた。
僕の姿を見留めたローガンは足を止め、困ったように笑って溜め息を漏らした。
「初めて来る街で、よく見つけられたねぇ」
「宿に戻りましょう。あまり夜更かししてると、明日に響きますよ」
ローガンの言葉には応えずに促すが、彼はフードの下で薄く笑うだけだった。
その時、通りの通行人を掻き分けるように近づいてくる人影があった。
前方から三人と後方から二人。全部で五人の衛兵が、僕達の前後の道を塞いだ。
前方にいる一人が、おもむろに口を開く。
「ローガン・ウェルドだな?大人しく同行してもらおう」
「…………」
確認ではなく確定した事柄を伝える言葉に、ローガンはしばしの沈黙のあと、外套のフードを下ろし、
「…あーあ。もう見つかっちゃったかぁ」
まるで危機感のない口調で肩をすくめた。
衛兵はそんな態度には構わず、僕に視線を寄越す。
「少年、君は?」
「……僕は、」「知らない子だよ。道を訊かれただけ」
僕が答えるより先に、ローガンが淡々と言った。衛兵は探るようにこちらを見てから、
「君、身分証はあるかい?」
問われ、運び屋タグを差し出すと、衛兵は記された情報に念入りに目を通す。
「……オルベリアの運び屋か。タグも問題ないようだ」
それから僅かに表情を緩めた衛兵はタグを僕へ返し、
「引き止めて悪かったね。私達はこの男に用があるから、君はもう行くといい」
「…どうも」
その間、ローガンは何も言わなかった。
衛兵に槍と魔法鞄を没収され、両手を後ろに拘束されながらも、どこか他人事のように溜め息をついていた。
「…………」
この状況に慌てることもなければ、抵抗する気配もない。ジャンレーに着いた時の様子といい、こうなることが分かっていたような落ち着きぶりだ。
何故こんなことになっているのか分かっていない僕が、ここで余計なことをするわけにもいかない。そんなことをすれば、状況はかえって悪くなるだろう。ローガンがどういう事情で拘束されたにせよ、彼の連れだと分かれば事情聴取は免れない。その後、解放される保証もない。
今は大人しく、この場を離れるべきだ。
踵を返す直前、衛兵に見咎められぬようローガンに視線をやると、眉を下げて笑った彼の口が「ごめんね」と動いたのが見えた。




