第五話 正体不明
ベルハイトの救助から一夜が明け、僕は再びタストラ魔窟に来ていた。冒険者ギルドへ行く前に、確認しておきたい事があったからだ。
魔素が薄くなってる…。
薄いと言っても、昨日と比べて、だ。魔窟なので、外とは段違いに濃いことに変わりはない。それでも昨晩と比較すれば、かなり濃度が薄くなっているのが分かる。
深層まで降りてみるが、昨日のような異変は特に見受けられない。降りてくる途中、ゴニアスネークがグランドベアを丸呑みしているのは見かけたが、あれが普通だ。
昨晩討伐した、グランドベアの亜種と思しき魔物。あれもあの個体のみだったのか、他にはいないようだ。あの魔物が息絶える直前に吐き出した、小さな魔石のようなもの。あれは高濃度の魔素と関係あるのか、それとも――。
気にはなるが、あとはユトスの冒険者ギルドに調査を任せるべきだろう。
その後、僕はタストラ魔窟のことを報告するため、冒険者ギルドを訪れていた。
応接室に通されて待っていると、すぐにギルド長が来た。来たのだが……。
え。誰。
その後に続いて、がっしりとした体躯の男性が入って来た。
「お待たせしてすみません。改めまして、私はこの冒険者ギルド・ユトス支部のギルド長を務めています、ヨハンと申します」
「俺はダイアー。冒険者パーティー[蒼天の鐘]のリーダーだ」
[蒼天の鐘]。昨日、ギルド長ヨハンが、ベルハイトの救助を任せると言っていたSランクパーティーだ。
「まずは、ベルハイト君を救助してくださったこと、感謝いたします。本当にありがとうございました」
「俺からも。仲間を助けてくれたことに感謝する。ありがとう」
改まって礼を言われると、正直身の置き場に困る。
「……いえ、やれることをやっただけ、なので…」
こういう空気は苦手だ。なんと返したらいいのか分からないし、実際やれると思ったからやっただけで……。だから早く頭を上げてほしい。
そして先程から気になっていたのだが、僕は何故こんなにあっさりと、ここに通されたのか。
ギルドの受付で「昨日、タストラ魔窟で…」まで言ったところで、ギルド職員が「あっ!あーー!こちらへどうぞっ!」と何故かきゃあきゃあ言いながら、応接室に通してくれた。
おそらくベルハイトから、僕の存在は伝わっているのだろうが、正直ちょっと確認作業が甘すぎやしないかと心配になったし、ギルド職員の謎のテンションの高さは何だったのか。
「今、職員がベルハイト君を呼びに行っていますので、少しお待ちください」
「あの人、もう動けるんですか?」
解毒薬を使ったから大丈夫だとは分かっていたが、長時間毒に侵された状態が続いていたわりに回復が早い。昨日も思ったが、ベルハイトは元々回復力が高いのかもしれない。
「ええ、今朝にはもう。実は今、貴方を探しに出てるんですよ」
「え」
それは……なんと言うか、申し訳ない。
まだ目を覚ましていないと思っていたので、探される事は想定外だった。
僕が黙り込んでいると、ダイアーが徐ろに口を開く。
「しかしまぁ、聞いてた通りだな」
「ふふ。そうですね」
何故かニヤニヤ笑うダイアーと、微笑むヨハン。僕が首を傾げると、ダイアーは楽しげな表情のまま言う。
「いや、坊主の見た目がな。ベルハイトが言ってたんだと」
僕の見た目。
「……そんなに特徴ありますか?」
ベルハイトが何と伝えたのか知らないが、すぐ特定できるような珍しい風貌でもないと思うが。
ダイアーは一瞬ぽかんとし、
「特徴っつーか、坊主の場合は……」
その時、応接室の扉がノックされた。「どうぞ」というヨハンの声に被るように扉が開く。
「失礼します…!」
入室した男性――ベルハイトは視線をサッと巡らせると、僕を見てピタリと止まり……じっと凝視してきた。
「おーい、早く入ってこい」
「あ、すみませんっ」
苦笑するダイアーに促され、ベルハイトは慌てて開け放していた扉を閉めて僕の方へ来ると、がばりと頭を下げた。
「ベルハイト・ロズといいます。この度は、危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「いえ……、ご無事で何より、です…」
頭を上げてほしい……。
風圧を感じる勢いで礼をされ、少し仰け反ってしまった。ややあって、ゆっくり頭を上げたベルハイトは、ヨハンに促されて席に着く。
「確認させていただきたいのですが、確か貴方は数日前挨拶にいらした、メルビアの冒険者の方ですよね?」
ヨハンに問われ、僕は訂正する。
「確かに挨拶には来たんですが、僕は冒険者じゃないです」
「え?」「は?」「えっ?」
疑問符が重なる。それもそうだろう。僕はこの町に来た時、[真なる栄光]としてギルド長に挨拶をしているし、魔窟にも潜っている。冒険者じゃなければ何なんだ、と。
僕は自分が運び屋であることと、[真なる栄光]に同行していた経緯をかいつまんで説明した。
「解雇、ですか…。今聞いた限りでは、貴方に非があるようには思えませんが…。良ければ私が間に入りましょうか?」
「いえ。僕としては現状になんら問題ありません。後処理についても抜かりないので。お気遣い、ありがとうございます」
これ以上ティモン達の話をするのは不毛だ。
僕は首に提げていた運び屋タグをテーブルに置いた。それには登録地域や職種、氏名が刻まれている。
「僕は運送ギルド・メルビア支部登録の運び屋で、ルカ・ブライオンといいます」
「……本当に運び屋だ……」
ベルハイトがタグを見ながらぽつりと呟く。疑っていたというより、驚いたといった感じだ。
通常、運び屋を生業とする者が冒険者パーティーに所属することはない。
運び屋として運送ギルドに登録できるのは、荷馬車を所有し扱える者、もしくは[保管庫]を使える者に限られる。前者は荷馬車を伴う前提なので、当然魔窟には入らない。後者はそもそも適正を持つ者が少なく、メルビアの運送ギルドにも、僕の他に二人しかいない。
さらに[保管庫]も[無限保存庫]も使用中、その空間を維持するために絶えず魔力を消費する。故に魔力の総量もしくは回復速度が秀でていなければ、すぐに魔力が枯渇してしまう。
そんな状態で魔窟に入るのは危険だというのが周知の事実なのだが、[真なる栄光]の面々はそれを把握していた様子はなく、冒険者としては勉強不足と言わざるを得ない。もちろん説明はしたが、右から左だった。
[保管庫]の適正を持ちながら冒険者をしている者もいるにはいるが、魔力の常時消費を避けるために、[保管庫]ではなく魔法鞄を使用している。
これらが運び屋が冒険者パーティーに所属しない、そして魔窟に入らない理由だ。
今からタストラ魔窟の件について話をするわけだが、その話の信憑性を確立するためには、僕自信の信用性を明示する必要がある。
運び屋である僕が、単独で魔窟に潜れるという証明を。
僕はもう一つのタグを取り出した。
それは一見、冒険者や運び屋のタグと同じだが、
「「「黒銀のタグ?!」」」
「っ!!」
びっくりした……。
ベルハイト達が揃って大声を出すものだから、思わず身体が跳ねた。
僕が三人に見せたもう一つのタグは、黒銀の特殊なタグ。これが何かは、冒険者ならすぐに分かる。
「ルカさん、貴方は……称号持ち、なのですか?」
ヨハンの問いに頷く。
「[アンノウン]。僕につけられた称号です」




