第四十七話 登り方と下り方
だんだんと隆起していく地形、人の手が入っていない岩肌や草木。完全に立ち入ってしまえば、そこは平地とは全く違う顔を見せる。
ドラナト山は王都グラスダールとメルビアの間、さらにそこから王都の北側を囲むように伸びる山脈の一部だ。
獣や魔物も棲みついており、山中はなだらかな地形も少なく、当然、登山道などはない。立ち入るのはほとんどが冒険者や密猟者だが、彼らとて必要性や、よほどの利益が無ければ遠慮するような場所。
先頭を歩いていた僕は、少し開けた場所に出たところで振り返った。
「ここで少し休憩しましょう」
声をかけると、すぐ後ろにいたユリウスとソニアがほっと息をついた。
なるべく歩きやすそうな場所を選んで進んではいるが、どうしても体力のいる行程になってしまうのは仕方がない。それでも二人とも、弱音の一つも零すことなく付いてきている。
ユリウスとソニアは手近な場所に腰掛け、水分を摂り、ベルハイトとローガンはそのまま辺りの様子を窺っていた。
さて、と。
「僕は野暮用を済ませてきます」
ベルハイトに声をかけると、彼はすぐに“野暮用”の内容を察した。
「もしかして、この辺りにあるんですか?」
頷いて、僕は頭上を示す。
「あれがレッドモメントです」
生い茂る木々の一つ。高くそびえる幹の先に伸びた枝に、小さな赤い実が生っているのが見える。
「へぇ、あれが……。あんな高いところに実るんですね。…高すぎて、よく見えませんけど」
「十四、五メートルくらいですね」
「ほんとにあれ、穫るんですか?」
高い場所に生るおかげで、獣や魔物に荒らされることなく実っている。自然とは賢く逞しい。
「元気だな、お前……」
話を聞いていたユリウスが呆れたように言ったが、人間とは、好きなもののためなら頑張れるのである。……それ以前に僕はまだ体力があり余っているが、それは言わないでおこう。
ベルハイトはレッドモメントを見上げたまま、眉を顰めた。
「というかこれ、どうやって穫るんです?」
「登って穫ります」
僕は深く膝を曲げて垂直に跳び、地面から一番近い枝にぶら下がった。そのまま前後に身体を振り、勢いをつけていく。やがて真上まで上がったところで身体を丸め、枝の上に下りた。
そこからさらに、上へ上へと枝を伝って登っていく。枝から枝へ跳び移り、隣の木を経由し、ぶら下がり、また振り子の勢いで跳んだりを繰り返して。
時折下の方から、「ひえっ」とか「うわぁ」とか聞こえてくる。……ローガン、今「小さいサル」って言ったな?聞こえてるぞ。
「…よ、と」
目的の枝まで到達し、跨るように座る。
近くで見ると、下から見た時よりたくさん生っていた。これなら、僕達が食べる分とヘディさんへのお土産を穫っても、まだまだ残る。しかし穫りすぎは良くないので、適量を穫って[無限保存庫]に仕舞った。
さて、あとは下りるだけだ。
「ルカさん、気をつけてくださいね!」
僕が下りようとしていることに気づいたベルハイトの声に、軽く片手を上げて答える。
そして飛び下りた。
「「「「わ゙ーーーーーーーっ?!!!」」」」
その瞬間、下から沸いた叫び声を不思議に思いながら、途中の枝を両手で掴んで勢いを殺すように一回転し、残り数メートルを再び飛び下りた。
両足で地面を捉え、深く膝を曲げて着地の衝撃を柔らげる。
「ふぅ…。……?」
立ち上がって息をつくと、ベルハイト達が信じられないものを見る顔で立ちつくしていた。
最初に叫んだのはベルハイト。
「なんで飛び下りるんですか?!気をつけてって言ったじゃないですか!!」
気をつけて飛び下りたのだが…。
「お前、いつもそんなことしてるのか?!阿呆なのか?!それとも馬鹿か?!」
そこまで言う…?
「ルカ様!びっくりしたじゃないですかっ!私、心臓が飛び出しましたよ?!」
それは……拾ってください。
ベルハイト、ユリウス、ソニアの三人に詰め寄られる中、ローガンはそっと僕の肩に手を置いて、
「…………」
無言でゆるゆると首を振った。
どうやら僕を擁護する声は無いらしい。
あれから、勇敢と無謀の違いや一般常識についてベルハイトから指導を受けつつ、ドラナト山中を進んでいた。ヘディのお説教の次に堪える時間だ。
「もうすぐ日が落ちる時間だけど、どこか良い場所ある?」
ローガンが後ろから声をかけたことで、とりあえず指導は終了した。ありがとう、ローガン。
「もう少し進んだところに、ちょうどいい横穴があるので、そこで野営します」
答えると、ローガンは何か考えるように間を置いたあと、
「お嬢ちゃん、前に来た時もそこで野営したの?」
「はい。結構広いので、快適ですよ」
あの広さなら、五人でも充分ゆとりがあるはずだ。雨風がしのげるうえに、足を伸ばして眠れる広さがある。下が固い土なのは、どうしようもないが。
しかしローガンが気になったのは、足が伸ばせるかどうかではないらしい。
「うん、まあ…快適なのはいいんだけど……。年頃の女の子が、こんな山の中で一人で過ごすのは、できるだけ避けようね?」
にこり、と。いつもの“へらり笑い”ではない笑顔で言われた。大概のことは面白がる質のローガンに注意されるとは。ベルハイトが深く頷いているのが視界の端に見えた。
ここ最近、何かする度に怒られて……いや、指導されている気がする。もしかして僕は、自分が思っているよりも、常識というものが無いのだろうか。
「僕って、常識無いですか?」
「え…、なんですか?いきなり」
突然の問いにベルハイトは訝しみながらも、
「普通に常識はあると思いますよ」
そこまで言ってから目を逸らし、
「……多少、ズレてる部分があるだけで」
やや小さな声で言った。
聞こえるように言うなら、普通に言えばいいものを。
そのズレてる部分について詳しく訊くべきか考えていると、
「!」
周囲から近づいてくる複数の気配を感じた。
「おっと……。お客さんかな?」
ローガンが槍を担ぎ直し、それを見たベルハイトも身構えた。僕達でユリウスとソニアを囲むように陣形をとり、その気配を探る。
そこまで殺気立った様子はないが、こちらを警戒しながら近づいてくる。
やがてガサガサと茂みが揺れ、現れたのは――。
「キキキッ!」「キキィ!」
ピエニモンキーだった。




