第四十六話 東へ
一年ほど前、王都グラスダールのとある酒場に現れた男は、そこで呑んだくれていた若者に、「珍しい指輪はいらないか」と持ちかけた。
その指輪には貴重な魔石が使われており、身につけると疲労を軽減する効果がある魔道具で、金に困っているため買い手を探していたとのこと。若者はとある貴族の放蕩息子で金は持っていたため、魔道具に興味を引かれて買い取った。
指輪の効果は多少あったようで、若者は疲れにくくなったと周囲に話していたらしい。しかしその後、それまで毎日のように酒場に出入りしていたのが三日に一度になり、しばらくすると十日に一度、さらに一月に一度来るかどうかになり、ここ三ヶ月は酒場に姿を見せなくなった。
その若者を一月ほど前に偶然見た者によれば、自宅の庭先で、ただぼんやりと立ちつくし、呼びかけても反応が無かったらしい。これ以降、若者を見かけた者はいない。
指輪を渡した男の行方や、指輪がまだ若者の手にあるかは不明である。
「――聞けたのはこれだけ。有益とは言い難いね」
王都の東門から出て、少し離れた場所でマリーディアと落ち合った僕達は、ローガン昨晩、馴染みの情報屋から得た話を聞かせてもらった。
バライザの首飾りの魔道具と同じく、身につけることで効果があり、使用者になんらかの変調をきたしていることが伺える。
話し終えたローガンは肩をすくめる。
「せめてその若者が、どこの誰かだけでも分かれば良かったんたけど」
「いいえ、充分です。あとはこちらで“影”達に調べさせます」
そう言い、マリーディアは改めて僕達を見た。
「皆さん。どうかユリウスとソニアをよろしくお願いします」
頷く僕達にマリーディアは微笑み、ソニアに向き直る。
「ソニア。決して無茶はしないで、貴方は貴方ができることで、ユリウスと皆さんを助けてね」
「はい!」
ソニアは力強く頷いた。その横でユリウスは難しい顔をしたが、諦めたように息をついた。
ユリウスは昨晩ソニアに、王都に残るよう言った。道中の危険はもちろんだが、バライザへ戻れば何があるか分からない。これ以上、ここまで付いて来てくれた彼女を、これ以上危険な目にあわせたくないと思うのは当たり前のことだろう。
しかしソニアは頑として首を縦に振らなかった。それどころか、自分のことは守ってくれなくていい、万が一の時の盾として連れて行ってほしい、などと言い出し、怒ったユリウスと口論になってしまった。
僕とベルハイトはしばらくそれを見守っていたのだが、根負けしたユリウスが、「絶対に!自分の身を守ることを第一にしろ!それが連れて行く条件だ!!」と言うと、ソニアは「はい!頑張ります!」と、やや斜め上な返事をした。彼女が無茶をしないよう、僕も気をつけなければ。
マリーディアはユリウスと向き合い、ほんの少しだけ眉を下げた。
「ユリウス。くれぐれも無茶はしないで」
「はい。姉上もお気をつけて」
不安も心配もあるだろう。だがあえて多くは言葉にせず短い言葉で交わしたのは、姉弟ゆえの信頼かもしれない。
よく似た互いの瞳を見つめ、二人は僅かに微笑み合った。
王都グラスダールの東。ドラナト山と王都の中間あたりまで来た頃、その日の野営地を定めて準備を整えた。
「ところで、どうして東に出たの?来た道を戻るのかと思ってたんだけど」
薄暗くなってきた中、火を熾していたローガンが思い出したように問うた。
僕は[無限保存庫]から食料を出しながら答える。
「最短ルートを通るためです」
王都グラスダールからバライザ国内へ向かうには、南門から出てユトスを経由するのが一般的だ。しかしそのルートだと、南に大きく迂回することになるので、その分時間がかかる。
ローガンは遠くに連なる山々を見たあと、
「最短って……、東って山だよね?」
「はい。ドラナト山です」
「あの山って、登山道あるんだねぇ」
オルベリアに来るにあたり、地理はある程度、頭に入れてきたのだろう。ローガンが東の山脈を眺めながら意外そうに言ったので、
「ありませんよ」
訂正すると、ローガンは薪をくべていた手を止めた。
「え?無いの?」
「獣道ならありますけど」
比較的安全な場所や、どうしても立ち入る必要がある場所には、旅人や行商人が道標とする街道や登山道が敷かれている。しかし、ドラナト山にはそれが無い。なぜなら日常で立ち入る機会が皆無だからだ。
ローガンはたっぷり三秒間を置いて、
「…………うん?何があるって?」
「獣道です。ドラナト山を越えてメルビアを経由します」
僕が再度答えると、ローガンはさらに首をひねった。
「山越えのルートは、地元民にとっては普通だったりする?」
「普通が誰基準かによりますね…」
そう言って遠い目をしたベルハイトに、ローガンは何かを察したようで。
「ベルくん基準で」
「俺基準だと普通じゃないです。あと、その呼び方やめてください」
ローガンは呼び方に対する指摘を完全に流し、
「だよねぇ……。おじさん達はともかく、ユリウスくんとソニアちゃんは大丈夫かね?」
「確認はしました」
僕とて、旅慣れないユリウスとソニアを、険しいうえに獣も魔物もいる山を歩かせるつもりは無かった。
もう一つの案として、途中の町へも寄らずに街道を外れたルートを野営をしながら突っ切れば、通常よりは幾分早くバライザへ入れる、というのも提案した。
しかしユリウスに最短ルートを訊かれたので、街道よりずっと大変で危険も大きいことも含めて、ドラナト山を越える手があると説明した。
ユリウスが選んだのは山越え。
「俺が一番早いルートがいいと言ったんだ」
ユリウスがバライザを出てから、それなりに日が経っている。一刻も早く戻りたいと思うのは当然だろう。それに、元々ドラナト山を通って帰るつもりだったので、僕としてはなんの問題もない。
「戦闘では助けてもらわざるをえないが、体力はあるつもりだ。ちゃんと付いていってみせる」
「私も大丈夫です!体力には自信がありますから!」
ユリウスとソニアが揃って主張するので、ローガンは笑いながら肩をすくめて戯ける。
「こりゃあ、おじさんのほうが置いてかれるかもねぇ」
「そうなったら、運びますよ。有償で」
なぜなら運び屋だから。
しかしローガンは、えー、と口を尖らせ、
「それって[無限保存庫]に入れるんでしょ?おじさん、小心者だからなー。お金払うなら、ベルくんにおんぶしてもらうほうがいいなぁ」
「だそうです」
指名された隣の人を見上げると、じとりとローガンを睨んでいた。
「絶対嫌です。今度その呼び方したら、返事しませんからね?」
どうしてもベルくん呼びは受けつけないらしい。
ご立腹なベルハイトの様子に、分かっていてやっているのであろうローガンは、その反応にご満悦だった。




