第四十五話 エンカウント、再び
「ふあ…。おはよ〜」
マリーディアとユリウスが再会し、バライザ騎士達と手合わせをした翌朝。
滞在している宿屋のベルハイト達の部屋へソニアとともに行くと、ローガンが欠伸を噛み殺しながら扉を開けた。
「おはようございます。…寝不足ですか?」
「うん?あはは。やっぱ眠そうに見える?」
「戻って来たの、日付けが変わってからだったので」
昨晩ローガンは宿に戻らず、行くところがあると言って街へ出ていた。彼が戻って来たのを気配で察したのは、日付けが変わってだいぶ経った頃だった。
「もしかして、起こしちゃった?」
「いえ。いつもすぐ起きるようにしてるだけです」
基本的にひとりで行動してきたので、物音や気配ですぐ覚醒する眠り方が身体に染みついている。
ベルハイトとユリウスはすでに身支度を終えているが、ラフな格好で寝癖も残っているローガンは起きたばかりのようだ。
「で、結局どこに行ってたんだ?」
ユリウスが尋ねると、ローガンは緩慢な動きで上着を羽織りながら、
「バライザで贔屓にしてた情報屋がたまたまこっちに来ててね。変わった魔石のこと訊きに行ってたのよ」
ひとりで遅くまで情報を集めてくれたらしい。
「夜のお店じゃなかったんですね……」
その説を捨てていなかったようで、ソニアは意外そうに呟いた。
しかしそれは推測では終わらない。
「え?そっちも行ったよ?だから帰ってくるの遅くなっちゃった」
てへ、とでもいうように戯けたローガンのその顔は、人によっては腹立たしく感じるかもしれない。現に顔を顰めたユリウスは、「早く支度しろ!」とローガンの上着を彼の顔面に投げつけていた。
宿屋の食堂で朝食を摂った僕達は、王都の東門へ向かっていた。王都を出る前に、そこでもう一度マリーディアと会うことになっており、ローガンが昨晩得た人工魔石の情報は、彼女とも共有するため、そこで聞くことになった。
しかし、予期せぬことは突然やってくるもので。
「――見つけたぁ!!」
響き渡る甲高い声。その声に聞き覚えがあるせいで、振り向くのがとても億劫だ。
「やっと見つけた!王都って無駄に広いから、宿屋を片っ端から捜すの、ちょー大変だったんですけど!」
冒険者パーティー[真なる栄光]のベロニカ。
街中で大声で人を呼び止めるのは、彼ら特有の挨拶なのだろうか。
なぜか満面の笑みでこちらに近づいてくるベロニカの様子に、嫌な予感しかしない。しかしこの面子で彼女と関わりがあるのは僕だけだ。ベルハイトは僕といたために巻き込まれたことはあるが。
とても気乗りしないが、とりあえず社会人として、用件だけは聞かねばなるまい。
「何のご用でしょうか」
挨拶をするような間柄でもないので、必要なことだけ尋ねた。
「ティモンと一緒に来たんだけど、あいつ一昨日からあたしのこと放ったらかして、どっか行ってんの!信じらんないでしょ?!」
何の用かと訊いたのに、なぜ愚痴る。
頬を膨らませて怒りを露わにしているが、ティモンもベロニカも好き勝手に行動する性質なので、どっちもどっちだと思うが。
「てゆーか、ティモンのことはどうでもいいの!あたしにはあなたがいるから!」
そう言って、ベロニカはずいっとベルハイトに接近した。
「あたし、あなたに一目惚れしちゃった!向こうのカフェでお話しましょ?訊きたいこと、いっぱいあるの!貯金と年収と家族構成と、あと歳と名前も!」
「………………は?俺?」
その勢いに、ベルハイトだけでなくユリウス達も唖然としている。
「なんだ、この女……」
「嵐の予感です……」
「名前より貯金のほうが気になるんだねぇ」
ユリウス達が口々に呟いているが、ベロニカはそれを全く相手にせず、
「ね?いいでしょ?」
科を作って更に近づいてくるベロニカを、ベルハイトはじりじりと後退しながら距離を取っている。
「ベルくんてば、凄いのに好かれちゃって……。どうすんの、お嬢ちゃん」
問われて視線を向ければ、ローガンだけでなくユリウスとソニアも、どうするんだ、と言いたげに僕を見ている。
どうするって言われても……。
これはいわゆる、あれだろう?ナンパというか、デートの誘いというか…。それをどうするかなんて、ベルハイトの自由ではないか?いやしかし、僕達は今からマリーディアと落ち合わないといけないわけで。となると、僕が止めるべきなのだろうか。
そこではたと思う。
メルビアでティモン達に絡まれた時は、ベルハイトが助けてくれた。ならば今度は僕が……、
「――ベロニカさん」
半分は義務感、半分は何かの衝動に突き動かされるように口を開き、
「ベルハイトさんは僕のなので」
……。
…………。
………………間違えた。
ひとつ単語が抜けるだけで意味がガラリと変わるなんて、言葉って難しい。
少し間違えただけなので、全員で信じられないものを見るような驚いた顔をするのはやめてほしい。
気を取り直して。
「僕の同行者なので、勝手なことをされると困ります」
言い直すと、ベロニカはハッと我に返った。
「はあ?あんたには関係な」「悪いけど断るよ」
ベロニカが言い切らないうちに、ベルハイトはきっぱりと告げた。
「大事な用があるんだ。それから、今後も誘いにのる気はないよ」
あまりにも淡々と言うベルハイトに、ベロニカは一瞬ぽかんとしていたが、
「こ、こんなにカワイくて、スタイル抜群な女の子が誘ってるのに?!そもそもルカは男でしょ!女のあたしより、ちょっとカワイイだけの男がいいの?!」
そういう話ではないのだが。
「そもそもルカなんて、ブアイソでチビで、物を運ぶしか脳のない役立たずじゃん!!そんなのより、魔法が使えてカワイくてニコニコしてる女の子のほうが絶対いいでしょ?!」
今ベロニカの顔はニコニコとは程遠いのだが、それを指摘するのは火に油か。
断られたことに激怒しているベロニカとは対照的に、ベルハイトは静かに――怒っていた。
「男とか女とかじゃない。そうやって他人を貶めるような人間とは関わりたくない」
「っ、な……!」
ベロニカの肩が震える。
「ほんとのこと言って何が悪いのよ?!見た目も才能も、ルカよりあたしのほうがいいって分かりきってるでしょ!!」
キンキンと声を荒げるベロニカに、ベルハイトは深く息をついた。
「俺はルカさんがいい。この先もそれは変わらない」
静かだけれど、はっきりとした声。
きゅ…、と。妙な感覚がした。
心臓のあたりが熱をもって、何かに包まれるような、知らない感覚。
そして何故かここでも、口元を覆ったソニアが「ひゃあぁ…!」と不思議な声を上げた。
ベロニカは口の端をひくひくと引き攣らせながら、
「な、なによそれ……!このあたしがわざわざ王都まで会いに来てあげたのに?!」
「頼んでないし、迷惑だ」
きっぱりと言い放たれ、ベロニカの顔をはみるみる赤くなっていく。
「〜〜〜っ!!なによ!!あんたなんて、ちょっと顔が良くて背が高くてティモンよりランクが上の優良物件ってだけじゃない!」
褒めてるのか貶してるのか。
「あとから後悔したって遅いんだからっ!!」
お手本のような捨て台詞を残し、ベロニカはバタバタと走り去っていった。
……おかしいな。今度は僕が助ける番だったのに。前回と同じになってないか?
「本当になんなんだ、あの女は」
ユリウスが完全に呆れている。なんだか申し訳ないので、あとで簡単に説明しておこう。
ベルハイトはまだ少し怒っているような表情で、
「ルカさん、よくあんな人と二十日間も同道できましたね……」
「忍耐強さには自信があります」
そう言うと、ベルハイトの表情がふっと緩んだ。
「そういえば、今のベルハイトさんとベロニカさんのやり取りを聞いていて、分かったことがあります」
「分かったこと?」
ベルハイトが首を傾げる。
「以前パスカルさんに訊かれたんです。「ルカさんって、誰かにキュンとしたこと無いんスか?」って。そもそも、“キュン”というのがよく分からなかったんですけど、ベルハイトさんの言葉を聞いて分かったんです」
さっき感じた、心臓のあたりを包む、熱を帯びた不思議な感覚。
「これが“キュン”なんだな、と」
嫌な感覚ではない。むしろ心地よいというか、嬉しいような、でも少し……恥ずかしいような。
初めての体験にしみじみとしていると、ユリウスとソニア、ローガンの三人は僕をじっと見たあと、ゆっくりベルハイトに視線を移した。
それつられて改めて彼を見上げようとしたが、
「??」
なぜか手で視界を遮られた。
僕とベルハイトの中間あたりで壁をつくる彼の手をじっと見る。
「なんですか、これ」
「後生ですから見ないでください……」
なぜ。
意味が分からず、手のガードを掻い潜ろうとしたのだが、
「あー!はいはい!そろそろ行かないと、マリーちゃんを待たせちゃうよー」
ローガンが僕の両肩を掴んで、身体ごと向きを変えられた。
「む……」
「そのへんで勘弁してやりなよ。茹で上がっちゃうよ」
茹で……?何が?
僕の肩を掴んだままローガンがずんずん進むので、仕方なく確かめるのを諦めた。
その後ろでユリウスが「生殺しだな」とか、ソニアは「脈アリってことですよ!」とか言っているが、やはりさっぱり分からなかった。




