〈別視点〉 ティモンの味方
久しぶりに返ってきた我が家だというのに、出迎えた執事はわけの分からないことを言って邸へ入れようとしないし、応接間で待つよう言われて待っていたら、来たのは父上ではなく兄のルイスだった。
父上が留守なのは仕方ないが、なぜかルイスが出張ってきた。しばらくすると弟のジュリアンも来て、二人揃ってわけの分からない事ばかり言ってくる。本当に頭の悪いやつらだ。
なにをしに来た。
父上の許可は取ったのか。
母上とお前は追い出された身だ。
母上は離縁され、ここにはいない。
お前は、本当に何も分かっていない。
まるで意味が分からない。それなのに、言い返すための言葉が出てこなくて歯噛みした時、応接間に誰か入ってきた。
現れた父上の姿に、一瞬歓喜する。
話の分かる人が来た、これでルイスもジュリアンも俺への態度を改めるはずだ、と。
しかし。
「――何故お前がここにいる、ティモン」
父上の低い声に、身体がぶるりと震えた。
なぜだ?そこは「よく帰って来てくれた、ティモン」と言うところだろう?
困惑する俺をよそに、ルイスとジュリアンが立ち上がり、父上に挨拶をしてからソファーの横に立った。それを見て、俺も慌てて立ち上がる。
父上は無言でソファーに腰を下ろし、こちらを見た。
「……」
「あ、あの……」
その顔は、なぜか怒っているように見える。出先で何かあったのだろうか。だが俺が帰って来たのだ。きっとすぐに機嫌も良くなるだろう。
そう思って、俺は必死に口を開く。
「ち、父上。ご無沙汰しております」
まずは挨拶だ。俺はジュリアンのように礼儀知らずじゃない。
しかし父上はその表情を全く緩めなかった。
「何故ここにいるのかと訊いている」
てっきり座るよう促されると思っていたので、膝を中途半端に曲げた状態で固まってしまった。
「え、その……。は、母上がここに、戻られたので……」
「…………」
「であれば、俺も…、戻るべきかと……」
しんと静まり返った応接間に、切れ切れな俺の言葉が力無く霧散した。
父上は表情を変えないどころか、微動だにしない。
「ティモン。お前はこの邸を出た経緯を覚えていないのか」
「は…、いえ……あの…?」
「覚えていないのか」
ルイスは、俺と母上はここから追い出されたと言っていたが、そんなはずはない。だって、追い出されるような心当たりがまるで無いのだから。
では俺と母上が邸を出たのは、なぜだったか。
「も、もちろん、覚えています!母上は、えっと…。お疲れだと言っていたので、静養のため。俺は冒険者になるためです!」
答えると、ルイスとジュリアンが顔を顰めたが、あいつらはどうでもいい。重要なのは父上の反応だ。
「お前の母親は、今までのような生活を改めるため。お前は自身の力で物事を成し遂げる力をつけ、自立した人間になるためだ」
「そ、そうですよね!」
父上は眉間にシワを寄せているが、だいたい合っているじゃないか。……合ってるよな?
「俺は冒険者として、数々の依頼をこなしてきました!精鋭が集う冒険者パーティー、[真なる栄光]のリーダーでもあります!今ではメルビアで知らない者はいない、有能な冒険者になったんです!」
「確かに、知らぬ者はいないようだな」
父上は抑揚のない声で言った。
「そ、そうなのです!すぐにでもSランクに昇格して…!」
「ただし、知られているのは悪評のようだが」
「……は?悪評?」
「具体的な話を聞かねば分からないなら、聞かせてやろう。直近で言えば、雇った運び屋を不当に解雇したうえ、それに対する補償金も支払っていない。しかもかなり強引に雇用したそうだな?そして雇用期間中、その運び屋に賃金も支払わず、契約外の仕事までさせていたとか」
「い、いや、それは……」
契約内容がややこしかったせいで、俺のせいじゃない。いや、そもそもなぜその事を父上が知っているんだ?
「それだけではない。冒険者ギルドでも運送ギルドでも無体を働き、職員や依頼主に多大な迷惑をかけたらしいな?それも一度や二度ではなく、ほぼ毎回だというではないか」
父上の視線が一層鋭くなった。
「これのどこが、“有能な冒険者”だと?」
何か言わなければ。俺は悪くないのだと。周りが低脳過ぎて、俺のやり方に合わせられないだけなのだと。
しかし父上の眼光に気圧されて、上手く言葉が出てこない。
「お前達をメルビアの別邸へ移す時、こうも言ったはずだ。「私の許可なく王都へ戻ることは許さない。もしここでも問題を起こし、己を省みる姿勢が見られないようなら、それ相応の処遇を覚悟しろ」と」
相応の処遇とは、どう意味だ?
よく分からないが、良い意味では無い気がする。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「で、でもそれは…、本心ではない、ですよね…?」
「お前の母親が除籍されてなお、そう思っているのか?」
背中を嫌な汗が伝い、頭が真っ白になった。
「カサンドラは……あの者は別邸に移してからも、その振る舞いを改めなかった。これ以上は使用人達の負担が大きくなるばかりだと判断し、離縁の手続きのために王都へ戻したにすぎん」
父上は淡々としている。
まさか俺も除籍される?いや、そんなはずはない。だって俺はエカード家の次男で、才能ある冒険者で……。
そんな俺の心の声が聞こえたかのように、父上は続けて言う。
「お前を未だに我がエカード家から除籍していないのは、私の責任を真っ当するためであり、これがお前に与える最後の機会だからだ。決して、今の己が認められているなどと思い上がるな」
まるで台本でもあるかのように淀み無く言い、父上はソファーから腰を上げた。
「話は終わりだ。メルビアへ戻れ」
そのまま背を向けた父上に、慌てて追い縋る。
「あ、あの!今日くらいはここで……」
食事をして、自室のベッドで寝てもいいですよね?それから明日の朝食も。
そう言おうとしたが、
「今すぐだ」
取りつく島もなく、俺は衛兵に両側から挟まれて退室させられ、そのまま邸の門の外まで追い出された。
ガシャンッ、と大きな音を立てて門が閉められた。その両脇には衛兵がいるものの、こちらを見向きもしない。
ぽつんとその場に立ち尽くす俺は、やがてわなわなと怒りに震えた。
「〜〜〜〜〜っ、くそっ!くそくそくそくそくそぉ!!」
衛兵がギョッとして俺を見るが、知ったことではない。
「なんで!!なんで俺がこんな目に!!俺はエカード家のティモンだぞ?!父上と母上の息子で、それで…!だから……っ」
一度は目を見開いていた衛兵も、しだいに尻すぼみになっていく俺の怒声に、やがて興味を無くしたかのように元の姿勢に戻った。
「っ、くそ!」
俺は踵を返した。
なにが最後の機会だ!俺の何が不満だと言うんだ!
「母上なら、なんとかしてくれる…っ!」
母上は昔からずっと、俺の味方だ。
子供の頃、使用人の私物を持ち出して壊した時も、使用人の物はエカード家の物だと言って、弁償を訴えてきた使用人を解雇してくれた。
学園で、俺の態度が悪いと説教をしてきた教師を殴った時も、母上だけは、その教師の授業がつまらないせいだと、俺の正当性を訴えてくれた。
あの時も、また別の時も、母上はいつも俺の味方だった。俺こそが正しいのだと分かってくれるのは、母上だけだ。
さっきは父上の気迫に圧されて引き下がってしまったが、やはり俺がこんな目に合うのは間違っている。
母上に、俺がどんなにエカード家に相応しい人間か、父上達に証明してもらうんだ!
俺はその足で母上の生家、ドブレフ家へ向かった。




