第四十四話 意図
金属と金属が打ち合う音。
靴底が地面を蹴り、削る音。
振り下ろした刃が空を切り、弾き、弾かれながら時折火花が散る。
マリーディアのそばに控える騎士四人は姿勢を保っているものの、皆一様に顔には疲労の色が残っている。それは何故か。答えは、手合わせをしたからだ。
なんでこうなった?
僕の頭の中の独り言を遮るように目の前に迫った白刃を、短剣二本で受け止めた。
「くっ…!これも止めるか!っ、?!」
ハロルドの長剣を短剣の鍔に引っ掛けるようにして一気に下へ押さえ込めば、長剣の切先が地面に突き刺さった。
ハロルドは口元を歪ませながら、
「っ……まったく…!なぜこれほどの手練れが世に知られていないのか…っ」
「恥ずかしがり屋なもので」
長剣を押さえ込んだまま言うと、ハロルドは短剣を撥ね退けようとしていた力を引き、後ろへ飛び退った。
「……降参です。意地で二度目を願い出ましたが、悪足掻きだったようです」
大きく息をついたハロルドが長剣を鞘に収めたので、僕も短剣を仕舞った。
二度目。そう、二度目なのだ。
ユリウスがバライザへ戻るかどうかを賭けて、マリーディアの護衛騎士と手合わせすることになり、ハロルド・イーレンとの勝負の末、彼が降参する形で僕の勝利となった。これが一回目。
約束通りユリウスがバライザへ戻り、マリーディアはオルベリアにこのまま残って、“影”達に人工魔石について調べさせることになった。
ここまではよかったのだが…。
なぜかそわそわしだす他の騎士達。そして意を決したように口を開いた彼らは、主であるマリーディアと、さらには僕にとんでもない事を言いだした。
「自分達もよろしいですか!」
「ぜひ、手合わせを!」
よろしくない。
今何時だと思ってるんだ。もう夕飯時だぞ。
「ご遠慮ください」
「そ、そこをなんとか!」
「ハロルドさんだけ、ズルいです!」
ズルいってなんだ。なんのための手合わせだったと思ってるんだ。
ユリウスもマリーディアも見ていないで止めてほしい。ユリウスは溜め息をついているだけだし、マリーディアにいたっては「あらあら」なんて言って笑っている。
さらにそれに便乗したのが、
「では、私も皆のあとにもう一戦お願いしたいです」
ハロルドだった。何言ってるんだ、この人。
結局このあと、他の五人の騎士とも手合わせし、なぜかハロルドともう一戦というハードスケジュールを終え、バライザ騎士達との訓練はようやく幕を閉じたのだった。
訓練場を出ると、やはり来た時と同じ衛兵がいた。「あ、終わったんだ?訓練どうだった?」とさほど興味も無さそうに尋ねてきたので、「疲れました」と適当に返した。実際疲れたしお腹が空いた。
「――ルカさん!」
ユリウスとソニアとともに宿屋へ戻ろうと歩き出した時、通りの陰からベルハイトとローガンが出てきた。
「どうでした?」
「もう二度とバライザの騎士とは手合わせしません」
ベルハイトが求めている回答でないことは承知しているが、僕の素直な心情である。
無表情のままへそを曲げている僕の代わりにユリウスが事のあらましを説明すると、手合わせのくだりでローガンが吹き出した。
「あっはっはっは!災難だったねぇ、お嬢ちゃん」
けらけら笑うローガンの向こう脛を蹴りたい。
「昨日の模擬戦と違って、かなり見応えあっただろうねぇ。そんな面白いことになってたなら、おじさん達も呼んでくれればよかったのに」
それは絶対嫌だ。また昨日みたいな裏声で叫ばれては堪らない。
「ハロルドに勝ったことも驚いたが、七戦やって完勝したうえに息も切らさないなんて、どういう体力してるんだ」
手合わせを見ていたユリウスは眉を顰めて言うが、
「運び屋は体力いるので」
長距離移動も多い仕事なので、体力はあるに越したことはない。
「お前…。運び屋だから、って理由で説明できる事とできない事があるんだからな?」
ユリウスが何故かすごい顰めっ面で言った。解せないが、それはそれとして。
「お腹空いた……」
やや不貞腐れたような言い方になったのは、聞かなかったことにしてほしい。なのに隣で、笑いを堪える気配がした。
「……あー…、まだ開いてる店がありますから、何か買って帰りましょうか」
半眼で見上げると、ベルハイトは視線を泳がせて誤魔化した。今日も山ほど食べてやろうかと考えながら歩き出すと、ローガンひとり、その進路から逸れた。
「悪いけどおじさん、ちょっと行くとこがあるから。先にご飯食べて寝ちゃってね」
それだけ言うと、ひらひらと手を振って夜の雑踏に紛れていった。
「こんな時間に行くところって……、どこだ?」
首を傾げたユリウスに応えるように、ソニアがぽつりと呟く。
「夜のお店でしょうか?」
………………うん?
僕だけじゃなく、ベルハイトやユリウスもソニアを振り返った。彼女はどういう意味で言ったのだろう、と。
自分に集まった視線にソニアはきょとんとしたあと、ハッと我に返り、
「え、え?夜に男性が内緒で行くのって、そういう、綺麗な女性がお酌してくれるお店じゃないんですか?」
なるほど。なんだその偏った思考は。
しかしその問いに、今度は僕とユリウスとソニアの視線がベルハイトに集まった。
「…………なんでそこで俺を見るんですか」
なんでって言われても。
「今ここにいる成人男性が、ベルハイトさんだけなので」
ユリウスには答えようのない問題なので、必然的な反応だと思う。
「夜にどこに行くかなんて、その人によるのでなんとも」
ベルハイトはげんなりしながらそう言って、再び歩き出した。
なんというか、実に無難な答えだ。だからだろうか。なんとなく訊きたくなった。
「じゃあ、ベルハイトさんは?」
「え?」
「そういうお店、行くんですか?」
隣を歩いていたベルハイトの足がピタリと止まった。しばらくじっとこちらを見たあと、
「俺は行きませんけど……。ルカさん、それ……何か意図があって訊いてたりします…?」
意図……?今の質問に?
僕はベルハイトを見上げたまま、数秒考えたが、
「いえ……特には…?」
無い、と思う。無いはずだ。
そう思うのに、なぜか謎の違和感が自分の中に残り、さらに僕とベルハイトの間に妙な沈黙が落ちた。
…………なんだ、これ。
そこ空気になぜか気まずさを感じた時、
「…そこの二人。そういうのは、宿に戻ってから二人だけでやってくれないか?」
ユリウスが呆れ顔で言い、その隣ではソニアが頬を赤らめて両手で口元を覆いながら、「ひゃあぁ……」と不思議な声を出していた。




