第四十一話 王都グラスダール⑥
グラスダール王立学園。
オルベリア国内の王侯貴族だけでなく、他国からの留学生の受け入れ実績もある、オルベリア王家が設立した唯一の教育機関。
――に併設してある訓練場に、僕とローガンは訪れていた。
当初、ローガンは入れないのではと危惧していたのだが、入り口にいた衛兵は、
「親御さんだね。一緒にどうぞ」
と言って、ローガンの身分証も確認せずにあっさり通してしまった。こちらは助かったが、衛兵がそんな対応で大丈夫なのだろうか。
「親御さんだってさ。えへへ」
後ろでニヤニヤしているローガンは放っておくとして。
場内へ入ると、訓練生と思われる若者達や招待されたであろう者達が合わせて十人程いた。観覧席もほどほどに埋まっている。
どうやらベルハイトの予想どおり、騎士団訓練生との模擬戦が行われるようだ。
「…………」
ちらちらと寄越される無遠慮な視線や、笑い声の混ざったひそひそとした声。
「なんかおじさん達、目立ってる?」
「みたいですね。……ベルハイトさんが言っていたとおり、一般人と言えるような参加者はいないみたいですから」
訓練生と会話している様子や身なりから見て、招待されて者達は護衛や衛兵だろう。
「そう言えば、お嬢ちゃんをナンパした少年は?」
まだナンパ説は有効だったのか。
辺りを見渡すと、観覧席の近くにジュリアンの姿があった。同時に向こうもこちらに気づき、駆け寄ってくる。
「よかった!来てくれたんだね!」
パッと顔を輝かせるジュリアン。そんなに純粋に喜ばれると、他に目的があるこちらとしては、少し申し訳ない。
「時間があったので、来てみるだけでもと思って」
「ありがとう。……えっと…」
そういえば、まだ名乗っていなかった。
「ルカです。こちらはローガンさん」
「どーも」
「ジュリアンです。はじめまして」
へらりと挨拶するローガンに対しても、丁寧に挨拶するジュリアン。その後ろにスッと大きな人影が立った。
「ジュリアン。そちらが例の?」
声をかけてきたのは、鎧を着込んだ男性だった。振り返ったジュリアンは元気に、
「はい!ルカさんです!」
そして再度こちらに向き直り、
「こちら、騎士団訓練生を指導してくださっている、ライマン教官です」
「指導教官のライマンだ。よろしく」
互いに挨拶を済ませると、ジュリアンが口を開く。
「実は、非戦闘職の方を探していたのは、ライマン教官の案なんです」
ライマンは大きく頷き、
「是非とも頼みたいことがあってね。――訓練生たちの鼻っ柱をへし折ってやってほしいんだ」
……なんて?
「この模擬戦がどういったものか、君は知っているか?」
「知り合いに学園の卒業生がいるので、だいたいは」
「話が早くて助かる。つまりそういうことだ」
どういうことだ。
ライマンの雑な説明をジュリアンが引き取る。
「この模擬戦も、初めて開催されてしばらくは真っ当なものだったんだ。だけど、だんだんと…その……」
ジュリアンが言い淀んだ続きを、ライマンが引き取る。
「今では真面目な訓練生は、参加すらしなくなっている。家の権威を傘にきた者達が模擬戦を牛耳っているせいでな」
やりたいことは分かったが、
「それなら、非戦闘職でなくてもいいのでは?」
「僕もそう言ったんだけど…」
ジュリアンはちらりとライマンを見た。
「いっそのこと、戦闘職以外の者が蹴散らしたほうが面白いだろう!」
ライマンはさも楽しそうにそう宣った。面白いのは貴方だけだと思うが。
「いいんじゃない?世直しみたいで面白そう」
ローガンが隣でへらりと笑う。面白がってる人がこっちにもいた。
僕は少し呆れながら、ライマンに向き直る。
「鼻っ柱をへし折るっていうのは、どこまでやればいいんですか?」
「完膚なきまでに叩きのめして大丈夫だ」
言い切った…。
「そこまでやると、学園にとってはもちろんですが、貴方にとっても不名誉なのでは?」
「まあ、良い噂はたたないだろうな。だがそれで良い。私の力及ばす情けないが、彼らが心を入れ替えるきっかけになりさえすれば、学園や私の名に傷がつくなど、安いものだ」
悪しき慣習は終わらせなければ、とライマンは告げた。
「それに、これは国王陛下や騎士団長の意向でもあるからな」
それは……なかなか大きな話になってきたな。
「無論、無理にとは言わない。私も君の実力は把握していないし、怪我などするような事態になっては申し訳ないからな」
僕のほうも、訓練生の実力は初見になるが、わざと負けなくていいなら、願ってもないことだ。
「模擬戦は承知の上で来たので、問題ありません。できるだけ…………さっさと叩きのめします」
僕がそう答えると、ローガンが後ろで吹き出した。
「茶番だねぇ」
模擬戦が進む中、ローガンが嘲りを隠さず言った。近くに誰もいないからいいものを、聞かれたら面倒なことこの上ない。
勝敗はどちらかが降参するか、地面に倒れ込んだ時点で決する。
訓練生の相手をしている衛兵や護衛は、皆手加減をしている。これが勝敗を決めない鍛錬ならばやり方の一つではあるが、模擬戦と銘打っている以上、手心を加えるのはいかがなものか。
「見どころないから、つまんないねぇ」
隣で愚痴っているローガンに心の中で完全同意していると、ふいに訓練場の入り口が開いた。
入場したのは、侍女と護衛騎士を伴った一人の女性。用意されていた観覧席に案内されたその女性の目元は、ユリウスによく似ている。
「ローガンさん」
「うん、彼女だと思う。……亡くなったお母さんの若い頃にそっくりだ」
現バライザ王の正妃パトリシアは、三年前に病で亡くなっている。友人の妻の姿をその娘に重ね、ローガンは目を細めた。
「マリーディアさんがローガンさんのことを覚えている可能性はないんですか?」
ユリウスの二歳上ならば、なくもないことだ。ユリウスから短剣を預かっては来たが、そのほうが余程、手っ取り早い。
「それは絶対無いんだよねぇ。マリーちゃんとは会ったこと無いのよ」
愛称で呼んでいるから、てっきり面識はあるのかと思っていた。
「ユリウスくんと会ったのは、トラヴァスがお忍びで街に連れて出た時だったから。マリーちゃんは俺の存在すら知らないかもねぇ」
その時、衛兵が声を上げた。
「訓練生、エドモンド・マッドリー。運び屋、ルカ・ブライオン。前へ!」
「お、出番だってさ。いってらっしゃ〜い」
ひらひらと手を振るローガンに送り出されて訓練場の中央まで来ると、同じく名前を呼ばれた訓練生――エドモンドは、こちらの頭から爪先まで無遠慮に視線を寄越した。
「おいおい、誰だよ?こんな子供を招待したやつは」
腰に手を当てながら鼻で笑うエドモンド。
「悪いが、子供が相手でも負けてやれないぜ?」
よほど腕に自信があるのか、それとも僕を舐めているのか。両方かもしれないが、後者の割合のほうが強い気がする。
「お気遣いなく。わざわざ負けていただかなくても、自力で勝つ主義なので」
「!……せっかくマリーディア様がいらしてるんだ。オレに向かって生意気な口をきいたことは水に流してやる」
エドモンドは剣を抜いた。
「――始めっ!」
ライマンは叩きのめしていいと言っていた。時間をかけて徹底的にやる方法もあるが、今回は僕にも目的があるので、時間優先でいく。
「くら、えっ?!」
エドモンドが一撃目を振るよりも速く距離を詰め、その右手を蹴り上げると、いとも簡単に剣が弾け飛んだ。
「握りが甘い」
「え?……え?」
さらに隙だらけの彼に足払いをかければ、まるで糸が切れたように体勢を崩した。
「………………え?」
エドモンドが呆然と尻もちをつくのと、弾け飛んだ剣が地面に突き刺さるのは、ほぼ同時だった。
「しょ、勝者、ルカ・ブライオン!」
野次も歓声も上がらない訓練場に、判定の声が躊躇いがちに響き渡り、
「きゃーーっ!お嬢ちゃん、かっこい〜!」
訓練場に不似合いな、ローガンの裏声も響き渡った。
八百長を良しとし、相手を軽んじて強くなった気でいる者を叩きのめすのに、時間をかけてやる価値などない。
この手合いを相手にするなら、少ない手数で物理的にも精神的にも叩きのめすのが効果的だ。
それとなく観覧席を見ると、目を丸くしている観覧者達の中、マリーディアだけは驚きながらも、興味深そうにこちらを見ていた。
「次、どうぞ」
そう言って振り返ると、なぜか数歩距離をとられた。




