第四十話 王都グラスダール⑤
「そういえば、ナンパされたんだって?」
夕食を終えると、ローガンがニヤニヤしながら僕のほうを見ていた。
…………え、僕?
「身に覚えがないです」
しかしローガンは、やたら楽しそうに頬を緩めている。
「チンピラに絡まれてた少年を助けたら、別れ際に熱烈な告白を受けたって聞いたよ?」
ジュリアンのことか。僕がいない間に、ソニアから聞いたのだろう。だが、
「こくはく…………?」
僕は首を傾げた。
彼が去る時の言動を思い出してみるが、告白に該当するものが思い当たらない。しかしソニアは、
「ルカ様…。君以上の人はいない、って言われたじゃないですか!」
それは言われたが、ソニアが思っているような意味ではないのでは…。
そう思ったのは僕だけだったのか、
「ナンパじゃん」
「ナンパだな」
「………………」
ローガンとユリウスは何故かナンパだと言い切り、ベルハイトは仏頂面で黙り込んでいる。……なぜ仏頂面?
そこでふと、思い出した。
「ナンパかどうかは置いておくとして」
「置いちゃうんですか?!」
なぜソニアが残念そうなのかは知らないが、僕はジュリアンに渡されたカードをテーブルに置いた。
「その人に、三日後に此処に来てほしいと言われました」
「え、デートとお誘い?…………ん?ここって……」
カードを見ていたローガンが眉を寄せた。
「知ってる場所ですか?」
「知ってるっていうか、ここ、学園がある場所じゃない?」
そう言ってローガンはベルハイトにカードを渡した。
「そうですね。正確には、学園に併設されている訓練場ですけど」
「訓練場?」
ベルハイトは頷き、
「学園の生徒で、騎士を目指している学生が使う訓練場です。騎士団が指南役として出入りしやすいよう、学園内ではなく、隣に併設されているんです。訓練場と言っても、学園の所有施設なので警備は学園と同等ですけどね」
「そんな色気の無い場所に呼び出して、何するんだろうね」
色気云々以外は、ローガンの疑問に同意。
「……もしかすると、卒業記念の模擬戦かもしれません」
卒業記念の…………模擬戦?
ベルハイトの口から出た言葉は、予想外なものだった。
「もうじき、今年度の最上級生が卒業する時期なんです。それに合わせて、ダンスパーティーやお茶会なんかを開催するのが恒例なんですけど、卒業して騎士団の訓練生になる学生達が、一般の参加者を募って模擬戦をするんです」
「へぇ……」
ベルハイトの説明に他人事のように呟くと、ユリウスが怪訝そうな顔をした。
「このカードを渡してきた奴は、何をするか言ってなかったのか?」
「秘密だそうです。なんでも、教えたら来てもらえないとか」
するとベルハイトが、あー、と意味ありげに呟いた。
「毎年、一般の希望者が集まらないんですよ。相手は学生とはいえ、騎士団の訓練生で、貴族ですし」
「つまり、騎士の卵になる坊ちゃん達をヨイショするためのお祭りなんだ?」
ローガンの的を射た答えに、ユリウスがさらに眉を顰める。
「それ、なんの意味があるんだ?」
「ははは……」
答えようもないので、ベルハイトは笑うしかない。
あと一つ気になることがある。
「その模擬戦、非戦闘職しか参加できないんですか?」
「いえ、そんなはずないですけど」
となると、なぜジュリアンは衛兵や冒険者以外を探していたのか。単に方針が変わったのか。
「参加するのは、だいたいその訓練生の家の護衛や衛兵ですね。以前は冒険者が参加してくれることもあったみたいですけど、まあ…あとあと苦情がくるんじゃあ、参加しなくなりますよね……」
ベルハイトは苦笑いしながら息をついた。
苦情ってまさか……。
はたと気づいた時、ローガンが「あ」と声を上げた。
「うちの子に勝ちやがって!…みたいな?」
「そんなとこです」
なんて理不尽な。
そんな催事の招待状など、普段なら即刻捨てるところだが……。
「何の招待であれ、学園に近い場所へのパスにはなるってことですよね?」
「そうですね。身分証は必要ですし、衛兵は当然いますけど」
身分証はギルドから発行されているので問題ない。学園に侵入するにあたって、僕達に必要なのは“正当な理由”だ。
「ルカさん、行く気なんですか?」
ベルハイトが驚いたように目を丸くした。
こんな面倒な催しに参加するのは、もちろん理由がある。
「この模擬戦、王女殿下が見に来る可能性があるのでは?」
僕の言葉に、四人とも一瞬ピタリと止まった。
最初に口を開いたのはローガン。
「マリーちゃんが?お茶会とかのほうに参加するんじゃない?」
「参加するならそっちでしょうけど、せっかく隣国から王女殿下が来てるんですから、誰かしらが観覧に招待していると思います」
バライザだけでなく、他国から王族が留学に来るなど、毎年あることではない。であれば、この機会に少しでもお近づきになろうと考える者はいるはずだ。
「……あり得ると思う」
肯定したのはユリウス。
「確か兄上が留学していた時も、やたら茶会やパーティーの招待状がきて、断るのが大変だったと言っていた」
王太子殿下とお近づきになりたいという、貴族達の目論見が透けて見える。
「とりあえず行ってみます。穏便に接触できるチャンスかもしれませんから」
僕はユリウスに向き直り、
「それでお願いがあるんですが、貴方の遣いだと分かるような物を、何か貸してもらえませんか?」
ユリウスは少し考え、魔法鞄から短剣を取り出した。華美ではないが、細かな装飾が施された美しい短剣だ
「十二の誕生祝いに、姉上から貰ったものだ。王家の印章は無いが、特注で造らせたと言っていたから、この世に一つしかない。見れば俺の物だと分かるはずだ」
こちらが打診したことではあるが、とても大事な物だろうそれを預けてくれたユリウス。状況が状況とはいえ、少なからず信用してくれているのを感じた。
「ありがとうございます。預かります」
差し出されたそれを、僕はそっと受け取った。
三日後までにやらなければならない事もある。それは、
「サムナー教授も言っていたように、人工魔石の出処と製造者を割り出す必要があります」
王都で全て明らかにはならないだろうが、人と情報が最も集まるのは王都でもある。
「正直、情報はほぼゼロなので、まずは市場に流れていないか調べてみます」
市場にあればあったで危険だが、そこから辿れるかもしれないし、回収もできる。
「ユトスですでに、一般人の手に渡ってますからね…」
ベルハイトの言葉に、ローガンが頷く。
「孤児院に寄付したやつも、何も知らないって可能性もあるしね。魔窟で採れた珍しい石を使ってます、とでも言えば、買う物好きはたくさんいるだろうし」
魔窟は珍しいものや未知のものが出てきても、なんら不思議の無い場所だ。通常の魔石ですら市場で買えるのだから、宝飾品などにしてしまえば、簡単に売れるだろう。
魔石や魔石を使った道具関連の店や職人、表には流れない情報を扱う者などを、手分けしてあたることになった。
話もとりあえずまとまったので、そろそろ部屋に戻ろうかという時。
「学園のほうは、お嬢ちゃん一人で行くことになるんだよね」
肯定すると、ローガンが思案するように腕を組んだ。
「なーんか引っかかるんだよねぇ、その模擬戦。……お嬢ちゃん、その少年の前でチンピラをあしらったんでしょ?だったら、まったくの素人じゃないのは分かるはずなのに」
あしらったというか、ナイフを落として衛兵に引き渡しただけだが。
「貴族の坊ちゃん達の自尊心のためにやるなら、なんでお嬢ちゃんを招待したんだろうね。……嫌な予感、しない?」
まったくの素人ではつまらないから、なんて理由もあり得なくはないが、あのジュリアンの印象から、そんな理由で一般人を模擬戦に参加させるとは思えない。
するとベルハイトが、
「俺の予想なんで、本当に模擬戦かは分かりませんけど、念のため誰かついて行きますか?誰かというか、消去法でローガンさんになりますけど」
ユリウスとソニアは身分証が無いし、ベルハイトはロズ公爵家と紐付くから、自然とそうなる。
その流れに、ローガンが寂しそうな顔をした。
「なんか……仕方ないからおじさん連れてくか、みたいになってない?」
なってる。でも悪気はない。
三日後、ローガンの“嫌な予感”が的中することを、この時の僕達は知る由もなかった。




