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底無しポーターは端倪すべからざる  作者: さいわ りゅう


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第三十九話 王都グラスダール④

「人工魔石……」


 聞き慣れないその言葉を、咀嚼するように小さく声に出した。


 いまだかつて、その製法を確立した者は存在しないとされている、魔石の人工生成。幾人もの研究者達が挑戦を続け、今なお成功した者はいない。――はずだった。


 サムナーは調査結果が書かれた紙に視線を落とす。


「しかも複数の属性が掛け合わせてあるせいで、元となった属性自体が変質してしまっている。変質が故意なのか偶発的なものなのかは分からないが……」


 変質させるために掛け合わせたのか、それぞれの属性を付与しようとして変質してしまったのか。


「それからランドウルフの亜種と、グランドベアの亜種についてだが」


 サムナーは数枚の紙をテーブルに置いた。ざっと見た限り、部位別の調査書のようだ。


「これは亜種というより、変異種だ。人工魔石によって、強制的にその能力や肉体そのものが変質してしまっている」


 本来のグランドベアやランドウルフではあり得ない体躯や部位は、人工魔石の影響ということか。


「原種のままの体組織も残ってはいるが、爪や皮の強度なども格段に違う。原種のものと変異種のものとでは、造る武具にも性能に大きな差が出るだろう。それほどに原種からかけ離れてしまっている」


「外部の魔力への干渉力が強いため、でしょうか?」


 僕の問いに、サムナーは深く頷いた。


「ランドウルフやタストラのグランドベアは、これを体内に取り込んだことにより、人工魔石が体内の魔力に干渉し、それ刻まれていた術式によって、存在そのものを歪められてしまったと考えられる」


 この世界のあらゆる動植物は人間や魔物も含め、全てのものが体内に魔力を有している。保有する量に差はあれど、それは血肉と同様に、その動植物を形成する必要不可なものだ。それが人工魔石という異物によって変質させられたなら、その影響が体内のみならず、肉体的にも精神的にも表れるのは避けられない。


「こんなものが、なんの管理も規制もされず世に出回っているなど、あってはならない事だ。本来ならば、すぐにでも国に届け出るべき事態だが……」


 サムナーは難しい表情で息をついた。


「まずは、何処で誰が造ったものなのかを調べたほうがいい。自国を疑うのは気が引けるが、誰が関わっているのか知れぬ以上、慎重に事を運ぶべきだ」


 この人工魔石はバライザにもある。出処はオルベリアかバライザか、それとも全く別の国か。そして個人の所業か、国が関わっているのか。

 それらが分からない以上、誰が味方で誰が敵か、自身で見極めて行動する他ない。


「私もこの件については、一切他言しない。こちらも信頼できる筋で調べてみよう」


「ありがとうございます。助かります」


 ふと表情を崩したサムナーは、


「なんならバージルも()き使ってやるといい。どうせメルビアでも、自宅に引きこもっているのだろうからな」


 つまりこちらでも引きこもってたのか。……どうやって学園に通ってたんだ?


「ところで」


 サムナーは改まってソファーに座り直した。

 

「[無限保存庫(ストレージ)]のことを、少々訊いてもいいかね?無論、ここで聞いたことは他言はしないと約束するよ」


 今回のお礼と今後の協力のお礼も兼ねて、教えるのは構わない。構わないのだが……、嫌な予感がするのは何故だろう。


「答えられる範囲なら……」


 そう言うと、サムナーは目を輝かせた。今までの落ち着きある理知的な印象から打って変わり、どこかで見たことのある、好奇心に満ちた顔。


「ありがとう!さっそくだが……[無限保存庫(ストレージ)]に、人は入れるのかね?」 


 まず気になるのはそこなのか。

 あの教え子にして、この先生あり。いや、逆か?


 貴方の教え子は入りましたよ、と言うべきか否か。頼むから、自分も入りたいなんて言ってくれるなよ、と思いながら質問に答え続け――。

 

 僕が研究院を出たのは、それから四時間後だった。






「ただいま戻りました……」


 日はとっくに暮れ、夕飯時も過ぎた頃。僕はやっとベルハイト達が待つ宿屋へ帰って来た。

 僕が不在だったため、男性部屋にはソニアも含めた全員が集まっている。


 四時間に及ぶ問答に疲れた僕は、重い足取りで部屋に入った。出迎えたベルハイトは少し心配そうに、


「おかえりなさい。随分かかったみたいですけど……、大丈夫ですか?」


「探究心は人の理性を狂わすことを学びました……」


「??」


 ベルハイトは首を傾げているが、説明する気力は残っていない。


「お腹が空いたので、食べながら話してもいいですか?」


 僕は無限保存庫(ストレージ)を開けて、帰りがけに買ってきた持ち帰り料理をテーブルいっぱいに並べた。それを見て、


「おじさん達、もう食べちゃったよ?」


 明らかに一人前ではない量だったからか、ローガンが申し訳なさそうに言った。


「大丈夫です。僕が全部食べられるので」


「へぇ〜。………………冗談だよね?」


 ユリウスとソニアも、ローガンと同じように冗談だと思っているのか、気に留めていない様子。


 僕はサムナーの調査結果を話しながら、合間合間に料理を口に運んでいく。ホットドッグにサラダにパスタ、クリームスープに串焼き肉と厚切りステーキ、マフィンやアップルパイなどのデザート、その他いろいろ。


 四時間の問答に疲れた脳には、エネルギーが必要なのだ。




「―――以上です」


 僕が話し終えると、ユリウスは何かを堪えるような表情で、


「やはり父上や兄上の異変は、あの首飾りの魔道具が原因ということか……」


「状況から考えて、そうだと思います」


「無理矢理にでも、取り上げるべきだった…!」


 俯くユリウスの背を、ソニアがそっと支えた。

 今思っても詮無きことだが、彼からすれば、考えずにはいられないだろう。


「こうなってくると、いよいよ迂闊に外部を頼れませんね。……俺個人は、ロズ家(うち)は大丈夫だと信じてますが……」


 ベルハイトは無理に押し薦めることができず、言葉を濁した。その言葉どおり、自身は家族を信じているが、巻き込むことを案じているのだろう。

 現時点で彼の家族を疑っているわけではないが、ロズ家に助力を求める話は慎重になったほうがいい。事の重大さから、無関係であった場合に巻き込んでしまうリスクも考えなければならない。


 そんな重い空気を緩めたのはローガンだった。


「ところで、話はもちろん衝撃的だったんだけど……」


 ローガンは苦笑いをし、それにつられたユリウスとソニアはじっと僕を見ている。なぜかその顔は、調査結果に放心しているようなそれではなく、なにかこう、目の前のものに驚いているような、呆れているような表情だった。


「ルカさん、ここについてます」


 ベルハイトが口の横を示した。ケチャップか?

 ナフキンで拭ってから、ホットドッグをもう一口(かじ)った。


 ローガンは頬杖をついてしみじみと呟く。


「目の前の光景も衝撃的なんだよねぇ……」


「お前…、どこにそんなに入るんだ…?」


「む、無理に食べているわけではないのですよね?」


 ユリウスとソニアも伺うような表情。

 

 テーブルいっぱいに並んでいた料理は、すでにほとんど無くなっている。

 僕は串焼き肉を一口食べてから、少し前から思っていたことを呟く。


「少しずつ[無限保存庫(ストレージ)]から出すべきでした」


 それを聞いたローガンは安心したように、


「だよね?さすがにこれ以上は食べられな」


「冷めてしまいました……」


「え、そっち?」


 ローガンは、がくっと肩を落とした。

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