第三十八話 王都グラスダール③
ジュリアン・ティオ・エカード。
…………エカード。
僕はその名前を頭の中で繰り返し、目の前の少年を見た。そしてある人物の顔を思い浮かべる。
似てなくもない……か?
あの[真なる栄光]のティモンの姓も、確かエカードだった。この国では王侯貴族の姓と平民の姓は被らないようにされている。辺境の農村などでは各々が好きに姓を名乗っていたりするので、絶対ではないが、ティモンは裕福な家柄と自称していたし、縁者の可能性は充分ある。
再びティモンの顔を思い浮かべる日がくるとは夢にも思わなかったが、ここでこの少年――ジュリアンとティモンの関係性を明確にする必要もない。というか、したくない。
もし彼とティモンが近しい関係だったなら、逆にこちらの接点も訊ねられるだろう。それはとてもとても、面倒くさい。
なのでここは、その話題に触れないに限る。
僕は軽く姿勢を正し、
「お申し出は大変光栄ですが、急ぎの用がありますので、お気持ちだけ頂戴いたします。それから……」
ちらりと周囲をみる。まだ昼にもならない時間で人通りは多く、さらにここは大通りであるため、どこにいても人の声が聞こえる。
視線をジュリアンに戻すと、彼は不思議そうにこちらを見ていた。
「どこで誰が聞いているとも知れません。良からぬことを企む輩もいるでしょう。護衛や側仕えを連れていらっしゃらないようですし、このような場所で家名を名乗られるのは、控えたほうがよろしいかと存じます」
そう言うと、ジュリアンは「あっ」と小さく声を漏らして口元を押さえかけた。僕は失礼にならない程度に頭を下げる。
「出過ぎたことを申しました。ご容赦ください」
「い、いえ!貴方の言うとおりです。ご忠告、感謝いたします」
ジュリアンは慌てて言いながら、僕に頭を上げるよう促した。
一人で出歩いたり、見知らぬ者に無闇に家名を名乗るなどの行動は多少危なっかしい。だがとても礼儀正しく、自分の非を素直に認められる少年のようだ。
ジュリアンは伺うような視線で首を傾げる。
「あの、貴方は冒険者ですか?」
「いえ。運び屋です」
答えると、今度は目を丸くした。
「運び屋……。運び屋の人達は、みんな貴方みたいに悪漢を撃退する術を身につけているものなんですか?」
「それは……、人によると思います」
以前ベルハイトガ言ったように、運び屋が街の外に出る時は、護衛を雇う者がほとんどだ。しかし、護身術を体得している者も中にはいる。
という理由からそう答えたのだが、
「ルカ様ほどお強い運び屋は、まずいらっしゃいませんよ……」
ソニアに苦笑しながらそう言われた。するとジュリアンは目を輝かせ、
「そんなに強いの?!あ、……強いんですか?」
口調が崩れた。素は年齢相応の話し方らしい。
「楽な話し方で構いませんよ」
促すと、ジュリアンは恥ずかしそうに「じゃあ、そうさせてもらうよ」と笑って仕切り直した。
「実は、事情があって腕の立つ人を探してるんだ」
「それは、護衛の方では駄目なんですか?」
一番手っ取り早いだろうに。
「我が家の護衛や衛兵、あと冒険者以外でという条件なんだ。彼らはある程度は戦えて当たり前だから」
つまり戦闘職以外ということか。しかし、
「なんのために?」
問うと、ジュリアンはうーんと唸り、
「それは言わない約束なんだ。言ったら絶対来てもらえないから、って」
いったい、何をしようとしているのか。
「君さえよければ三日後、ここに来てほしいんだ」
ジュリアンは懐から名刺サイズのカードを取り出した。
「申し訳ありませんが、僕は仕事でここに来たんです。その頃まで滞在しているかは……」
「来れたらでいいんだ。他にも何人か、心当たりをあたるから」
そういうことなら、行けなくても大丈夫か。
突き返すのも申し訳ないので、とりあえずカードを受け取る。そこには三日後の日時と、王都のとある場所が記されていた。
腕の立つ者に声をかけて、いったい何をするのか。気にならないわけではないが、今のところ行くつもりはないので、深くは訊かないほうがいいだろう。
カードを魔法鞄に仕舞って顔を上げると、ジュリアンはじっと僕を見ていた。
「来れたら、なんて言ったけど、僕は君に来てほしい。これはただの勘だけど、君以上の人はいない気がするんだ」
そう言ってにっこりと笑い、
「本当にありがとう!じゃあ、また!」
ジュリアンは大通りを駆けていった。また、と言われても困るのだけど。
彼の姿が雑踏に消えると、ソニアは何故か興奮した様子で、両手をぎゅっと握っていた。
「すごい殺し文句でしたね……!」
え、なにが?
「君以上の人はいない、なんて…。これは嵐の予感です!ベルハイト様にご報告しなければ!」
いや、なんで?
ソニアは、きゃー、と両手で頬を押さえて、一人で盛り上がっている。先程の会話の何が、彼女の琴線に触れたのだろう。分からないが、楽しそうなので、そっとしておくことにした。
あれから特に有益な情報は掴めず、時間だけが過ぎていった。ベルハイト達も同様だったらしく、いよいよロズ家に助力を求めることも考えなければならない。
夕刻になり、研究院へ向かう。
昨日とは違い、顔パスで通してもらえたのは、サムナーがあらかじめ話を通してくれたからだろう。
「やあ、いらっしゃい。待っていたよ」
出迎えたサムナーは、少々疲れているようだった。昨日は整然としていた部屋も、机の上には紙や本がところ狭しと置かれ、やや散らかっている。
サムナーは手近にあった本を数冊、本棚に仕舞った。
「すまないね。集中すると片付けまで手が回らなくなるからいかん」
「もしかして、徹夜されました?」
薄っすらと隈ができている。サムナーは頬をかきながら、
「実はそうなんだ。効率が悪くなるからいつもはしないんだが、今回はそうも言っていられなくてね」
サムナーは机の上の箱を開け、中から昨日預けた魔石を取り出した。
「結論から言おう。これは確かに魔石だが、普通の魔石ではない。明らかに、自然にできたものではないんだ」
「!」
魔石は、魔素が自然に魔力に昇華する際、偶発的に生成されるものだ。自然にできたものでないと言うなら、それはつまり――。
サムナーは魔石をテーブルの上に置き、重々しく言った。
「これは……、人工魔石だ」




