第三十七話 王都グラスダール②
ベルハイトはおそらく、共に行動し始めた当初から葛藤があったのだろう。自身の目的と僕への配慮の間で板挟みになり、結果、随分と悩ませてしまった。
きっと過去にその役目に携わる中で、少なからず謂れのない悪意に晒されこともあったはずだ。その記憶が、僕に打ち明けることを躊躇わせたのかもしれない。
あの様子からして、ロズ家の役目を知った僕が、ベルハイトの同行を拒むと思った可能性もある。
そんな心配、しなくていいのに。
なんて思うのは僕の勝手な気持ちで、察してほしいなんて烏滸がましいけれど。
せめてもう少し早く、話を聞く時間をとっていればよかった。そうしていれば、彼が思い悩む時間を多少は減らすことができただろう。
出逢ったのが僕で良かった、か……。
こんなに気を遣わせたというのに、なぜそう言ってくれたのか。分からないけれど、嬉しかったのは確かで。
その言葉に、報いたいと思った。
「あ。帰って来た。ねぇ、助けてくんない?」
宿屋に戻った僕達を待っていたのは、シーツでぐるぐる巻きされたローガンと、その前に仁王立ちするユリウスとソニアという光景だった。
何があったのか気にはなるが、知りたくない気もする。
「あ、おかえりなさいませ!えっと、これはその……」
「なんでもない。気にするな」
ソニアはわたわたと慌てるが、ユリウスがしれっとして言うので、彼女もこくこくと頷く。
その脇で「なんでもなくないじゃん!」とローガンが騒いでいるが、ユリウス達がそう言うなら、放っておくことにしよう。
「すみませんでした。食事中に席を立って」
ベルハイトとともに謝罪すると、二人とも構わないと微笑んだ。一人は床で縄抜けもといシーツ抜けをしながら、「むしろ帰ってくるの早くない?」と何故かダメ出ししてきた。
あ、そうだ。
「ベルハイトさん、これ」
[無限保存庫]からベーグルサンドを取り出してベルハイトに差し出す。
「夕飯、ほとんど食べてなかったから」
食堂の片付け事情もあるので、ハンバーグはもう下げてもらっている。顔色も良さそうなので、食欲が戻っていれば何か食べたほうがいい。
ベルハイトはベーグルサンドをまじまじと見ながら、
「……これ、ルカさんの夜食では?」
「大丈夫です。あと四つあるので」
それに僕は夜食を食べる習慣はない。
今日、研究院から戻る途中、美味しそうだったのでつい買ってしまったのだ。今後の携帯食として一応、五人分。なのでベルハイトの分とも言えるのだが、今渡した分は、何かやらかしたらしいローガンの分として差し引いておく。
「じゃあ、遠慮なくいただきます」
笑って受け取ったベルハイトと別れ、ソニアと一緒に女性部屋へ戻る途中、
「良かったですね」
と、にこにこしたソニアが言った。
「?はい」
ベルハイトが元気になったことだろうか。そう思って肯定すると、やはりソニアはにこにこと微笑んでいた。
王都到着の翌日。
できれば今日中に、マリーディアに接触する手立てを確立させたい。
今朝、ベルハイトがロズ家に協力を打診することを提案してくれたが、まだ情報も少ない中、関わる人間を増やすのは得策ではないと判断し、それは最後の手段ということにした。
僕とソニア、ベルハイトとユリウスの組み合わせ。ローガンは一人で回ることになり、それぞれ街に出る。
主に貴族が利用する店などで、それとなくマリーディアのことを訊いてみるが、あまり芳しくない。しつこく訊けば怪しまれるし、噂話程度しか得られないのが現状だ。
もういっそ、学園か王城に忍び込んでしまおうか。ユリウスを[無限保存庫]で連れていけばいい。彼がいれば話を聞いてくれるだろうし。いや、魔力感知の魔法が張ってあったらアウトだ。
「…………移動中の馬車を狙うのが一番楽…」
「ル、ルカさん…?」
ベンチで休憩しながら、つい物騒なことを呟いてしまい、ソニアを困惑させてしまった。
ここで腐っていても仕方がない。
気を取り直して立ち上がった、その時。
「――離してください!」
すぐ近くから聞こえた声にそちらを見ると、十二、三歳くらいの身なりの良い少年が、ガラの悪そうな男二人に詰め寄られていた。
男の一人が少年の腕を掴み、片方の靴を見せつけるように足を上げる。
「坊ちゃんがぶつかったせいで、靴が汚れちまったんですけど?」
「あーこりゃひでぇや。弁償だな、弁償!」
なんて古典的なチンピラ。まだ絶滅してなかったのか。
少年はキッと男を睨みつけ、
「ですから、ぶつかって来たのは貴方達でしょう?!」
「はあ?これだからイイとこの坊ちゃんは。迷惑かけて謝りもしねぇ」
「人のせいにするなんて、親の顔が見てみたいぜ」
ゲラゲラ笑う男達。少年は腕を振り解こうとするが、力が足りず、びくともしない。
周囲に人はいるが、遠巻きに見ているだけで、助けに入る気配はない。男達の腰にあるナイフが、人を寄せつけない。
「~~っ、離せっ!」
「ぎえっ?!!」
なんとか脱出しようとした少年が、男の向こう脛を思い切り蹴った。しっかりした作りの革製の靴で。あれは痛い。
「こ、このクソガキ…ッ!」
痛みと羞恥で顔を真っ赤にした男が腰のベルトからナイフを抜き、振り上げる。
「優しくしてりゃあ調子にのりやがって!!」
優しいの定義が僕と違うらしい。
僕は足元にあった小石を拾い上げ、男の手を目がけて投げた。
「っぎゃあ!!」
衝撃に、男の手からナイフが落ちる。
「な、なんだ?!誰だ!!」
血の滲んだ手を押さえながら、周囲を見回す男達。僕はカラカラと地面で回るナイフを拾い上げて、男に柄のほうを差し出した。
「落としましたよ」
男はぽかんとしていたが、我に返るとナイフを取ろうと手を伸ばしたので、
「んなっ?!」
ひょい、とナイフを引っ込めると、空振った男が変な声を上げた。
ナイフの持ち主はワナワナと震えているが、この状況でタダで返してもらえると思うほうが、どうかしている。
それでもなお、僕の手からナイフを取ろうとする男。闇雲に繰り出される手を躱し続けると、男の息が上がってきた。
「こ、この……クソガキィ…………っ!」
それしか言えないのか。
「あと五秒待ってください」
「あ゙ぁ?!!」
三、二、一。
「お前達、何をしてる!」
その声と同時に男達の肩を掴む手。
「うるせえ!!…?!」「すっこんで…!ろ…?」
勢い良く振り返って叫んだ男達の声は、悲しいくらい尻すぼみした。
男達の肩に掴んだのは、二人の衛兵。この辺りの見回り中だったのだろう。時間を稼いだ甲斐があった。
「このお兄さん達が急に怒鳴ってきました。とても怖かったです」
嘘ではない。急に怒鳴っていたし、とても怖かった。……必死にナイフを取り返そうとしていた時の顔が。
「な、ちょ……っ」
男達は、お前何言ってんだ、みたいな顔で僕を見るが、衛兵には子供を睨みつけているようにしか見えない。
「ちょっと詰め所まで来い」
「これ、お兄さんが落としました」
僕は男達を引き摺って行く衛兵にナイフを渡し、
「行きましょう」
「え…?あ、はい!」
呆然としていた少年を連れて、その場を後にした。
ソニアと少年と共に、騒ぎになった場所から離れたところで一息ついた。振り返って少年の様子を確認すると、見たところ怪我は無さそうだが、念の為尋ねる。
「怪我はないですか?」
「はい!貴方のおかげです。助けていただき、ありがとうございました」
丁寧な言葉遣いと所作。それなりの教育を受けているものと見える。護衛などはいなかったようだが、貴族の可能性もある。
なんにしても、今はこれ以上関わっている余裕はない。
「怪我が無いなら良かったです。では」
そう言って早々に立ち去ろうとしたのだが、
「待ってください!」
少年は慌てて引き止めた。
「僕はジュリアン・ティオ・エカードといいます。どうか、お礼をさせていただけませんか?」




