第三十五話 王都グラスダール①
オルベリア王国、首都グラスダール。
国のほぼ中央に位置する、オルベリア最大規模の街。王立学園や国立研究院、そして全てのギルドの本部とギルド統括局がある街で、政治・経済などあらゆる面において、まさにオルベリアの中心と言える場所である。
無事、王都へ到着した僕達は、一先ず宿の確保をし、ユリウスとソニアを[無限保存庫]から出した。
「着きましたよ」
声をかけると、二人同時にパッと目を開く。
「本当に一瞬だった……」
「す、すごいです…!まるで魔法……いえ、魔法でしたね!……はぁ〜…すごい……」
ぽかんとするユリウスと、子供のように興奮しているソニア。楽しんでいただけたなら良かった。
「分かっているとは思いますが、リースさんとソニアさんは目立たないよう注意してください。万が一にも衛兵に怪しまれるようなことになれば、身分証がないお二人は一発アウトですから」
両手首を合わせて見せると、ユリウスとソニアは真剣な顔でこくこくと頷いた。
「日暮れまでまだあるし、今日できることは済ませとく?」
ローガンの提案に頷く。
魔石の鑑定調査、マリーディアとの接触法の模索など、やることは多い。
「研究院へは今日中に行こうと思ってるんですけど」
謎の魔石とランドウルフの亜種の調査を依頼しなければならない。調査内容は鑑定だけではないので、早めに預けたほうがいい。
「…………」
正直、ベルハイトの「話したいこと」が気になる。先に時間を設けたほうがいいだろうか。
ちらりと彼のほうを見ると、ちょうどよく視線が合った。
「?……あ、大丈夫ですよ。俺のほうはあとで」
僕の顔に出ていたのか、それとも察したのか。ベルハイトがそう言ってくれたので、思いのほか安堵した。
「若いお二人さん、逢引きの約束でもしてるのかい?」
僕達のやりとりが気になったようで、なぜかローガンが目を輝かせた。それにベルハイトが反論しようとする前に、
「ローガン、無粋だぞ」
「そうですよっ。外野は黙って見守るべきです!」
ユリウスとソニアの二人に制止され、ローガンは「えぇ…??」と困惑している。しかし当の僕も、何が無粋で何を見守られるべきなのか分からない。
ベルハイトはユリウスとソニアが言わんとしていることが分かっているようで、渋い顔をしてこめかみを押さえている。
あいびき……合い挽き…?お肉の話か?
「ハンバーグ食べたいんですか?」
お腹が空いているのかと思い尋ねると、ベルハイトは信じられないものを見るような顔をしたあと、
「……あー、はい。ルカさんはそれでいいですよ、うん。美味しいですもんね、ハンバーグ」
なぜか呆れたように言われた。解せない。
ログレイソン国立研究院。
あらゆる魔法や魔道具、魔物の調査・研究を行っている、国内唯一の研究機関。
「――確認いたしました。運び屋のルカ・ブライオン様ですね。本日はどのようなご用件でしょうか?」
タグでの身元確認をパスし、職員の女性に用件を告げる。
「ジョセフ・サムナー教授にお会いしたいのですが」
「サムナー教授ですか?……申し訳ありませんが、サムナー教授へのご依頼は、あらかじめアポイントを取っていただく決まりでして…」
職員の女性は困ったように眉を顰めるが、それは想定内だ。僕は魔法鞄から取り出した封書を渡し、
「バージル・ナッシュの紹介で来たとお伝えください」
「……少々お待ちください」
女性職員はしぶしぶといった様子で封書を受け取り、奥へ引っ込んでいった。少し強引なのは分かっているが、こちらも急ぎなので仕方ない。
五分もかからないうちに戻ってきた女性職員は、先程のしぶしぶ顔とは打って変わった笑顔で現れた。切り替えすごいな。
「お待たせいたしました、ブライオン様。どうぞこちらへ」
女性職員に案内され、研究院内を歩く。しばらくして、奥まった場所にある部屋の前で立ち止まった。女性職員は軽くノックをし、
「サムナー教授。ブライオン様をお連れしました」
「ありがとう。入ってもらいなさい」
室内からの返事に女性職員は扉を開け、僕が中に入るのを見届けると、自身は入室せず静かに扉を閉めた。
整えられた室内には壮年の男性が一人。身なりの整った、紳士然とした印象。
男性は僕を見て、ゆったりと口を開く。
「君がバージルの友人かね?」
肯定していいのか分からず、とりあえず礼をとる。
「初めてお目にかかります。運び屋のルカ・ブライオンと申します。この度の突然の訪問、何卒ご容赦ください」
極めて常識的な挨拶をしたつもりだったが、なぜか男性は驚いたようにこちらを見たあと、
「はっはっはっ!あのバージルが人を紹介するなど、どんな奇人が来るかと身構えていれば……。至極真っ当なお嬢さんではないか」
奇人……。バージルは恩師から奇人認定されているのか。
「いや、気にすることはない。ここのアポイントなど、貴族を優先するための建前に過ぎん。改めて自己紹介をしよう。この国立研究院で主に魔道具の研究をしている、ジョセフ・サムナーだ。よろしく、お嬢さん」
男性――サムナーが差し出した手を、「よろしくお願いします」と握り返した。
メルビアを立つ前、国立研究院に知り合いがいないか、バージルに尋ねた。できれば口が堅く、信頼できる人物を紹介してほしい、と。
バージルは極端に人見知りなので、正直ダメ元だったが、意外にも二つ返事で紹介状を書いてくれた。「ボクが王都の学園にいた時の先生でね、今は研究院にいるんだ。怒るとすごく怖いけど、とっても良い人だよ!」と、あのバージルが言うほどの人。
「それで、どんなご用件かな?手紙には、できる限り君の力になってほしいと書いてあったよ。バージルにここまで言わせるとは、大したものだ」
バージルはそんなことまで書いてくれてたのか。メルビアに帰ったら、改めてお礼をしよう。
「サムナー教授に、調べていただきたいものがあるんです」
僕は[無限保存庫]から、ランドウルフの亜種が吐き出した魔石と、孤児院の魔石を取り出した。
「おお、[保管庫]を使えるのかね。…ん?これは……」
サムナーは興味深そうに謎の魔石を手に取る。
「これは魔石…?魔法がかけてあるようだが……」
僕はこの魔石を入手した経緯と、タストラ魔窟であったことを話した。
「ほう……。それはなんとも興味深い。では早速、鑑定してみよう」
そう言って、サムナーはどこか嬉々としながら鑑定を始めた。やはりバージル同様、研究者の性だろうか。
サムナーが鑑定を始めてしばらくすると、[時を揺蕩う檻]の効果が切れ、次の瞬間には謎の魔石は消失してまった。
「ふむ…。先程言っていたタストラの魔石同様、ものの数秒で霧散してしまうのか……」
続いて、孤児院の魔石を鑑定する。
「どちらも魔石には違いないようだ。しかし…」
サムナーはしばし考え込み、
「霧散したほうの魔石は、なんらかの術式が発動した痕跡があった」
「術式が?」
「ああ。こちらの魔石には無いがね」
そう言って、孤児院の魔石を示した。
「どちらも魔石ではあるが、六属性のどれにも該当しない。強いて違いを言うなら、通常の魔石よりも、外部の魔力へ干渉する力が強いようだ」
僕や鑑定師の鑑定結果と同じだ。
「鑑定で分かったのはそれだけだ。できれば詳しく調べたかったが……。こちらの魔石だけでも、可能な限り調べよう。明日の夕刻、また訪ねてくれるかね?」
「分かりました。あと、霧散した魔石を体内に有していた魔物の調査もお願いしたいのですが」
「ランドウルフのような魔物だったな。もちろん預かろう。皮かね?それとも牙かな?」
解体して持ってきたと思われている。
「そのまま全てです。汚れるので、ここではお見せしないほうがいいかと」
「………………。まさか、そのままとは本当にそのままなのか?」
さすが、察しがいい。
呆気にとられていたサムナーは、
「……ふっ、ははははは!私の教え子は、随分面白い友人ができたものだ!学生時代は一人もいなかったというのになぁ!」
バージル、友達いなかったのか……。
サムナーの笑い声を聞きながら、バージルにお土産をたくさん買って帰ろうと誓った。




