〈別視点〉 ローガンの再会と邂逅
長く冒険者をやっているが、オルベリア王国へ来たのは片手で数える程度。それも、国境に近い小さな農村に立ち寄るくらいのものだ。冒険者としての拠点はずっとバライザで、生まれも育ちもバライザなのだから当然と言えば当然だが。
事の始まりは旧友からの連絡。といっても、最後に連絡をとったのは何年も前。顔を合わせたのはいつだったかも朧げだが、それも仕方ない。向こうは一国の王。こっちは一介の冒険者。元々住む世界が違うのだ。
息子を探してほしいという頼みを受け、俺は単身、オルベリアへ来た。
友人――トラヴァスの話では、息子のユリウスは、侍女と二人の近衛とともに城を出たらしい。詳しい内情を知らない俺は、バライザ国内で見つかるものと思っていたのだが、足跡を辿った結果、オルベリアまで来ていた。
国境を越えるまでは四人だった足跡は、そこを境に二人になった。
この時点で一度、トラヴァスに報告へ戻ろうかとも考えたが、妙な胸騒ぎに駆られて、そのまま二人の行方を追った。
オルベリアに入って最初の農村で、ユリウスらしき目撃情報を得られたことにほっとした。もう一人は侍女のようだ。近衛の二人は国境までしかついてこなかったのか、それとも……。
ユリウスに追いついたのは、王都グラスダールも目前の、ロブエという町。その前のオデットまではいなかった連れが、二人増えているようだった。どこかで雇った護衛の冒険者だろうか。
ユリウスが滞在している場所を探り当て、そこへ向おうとした矢先。その人物は俺の目の前に気配もなく現れた。
相手を侮っていたわけじゃない。
しかし実際には俺の気配に気づき、こちらの居場所を探り当て、そのうえ目の前に来るまで全く気取らせないのは想定外だ。
「こんばんは。……こちらを見ていたようなので、ご用件を伺いに来たんですけど」
無表情の整った顔、淡々とした口調。こちらの様子を窺ってはいるが、あからさまな敵意や害意は感じない。
ユリウスの護衛だというその人物は、十四、五歳くらいの女の子。顔を見るまで、まさかこんなに若い子だとは思っていなかった。
そして同時に興味も湧いた。
「おじさんね、こんなナリでも紳士なんだ。お嬢ちゃんみたいな女の子に、怪我させたくないのよ」
なんて格好をつけて、向こうが引かないのをいいことに、少しその腕前を見せてもらうと思ったのがいけなかった。
「がっ!!」
顎に受けた衝撃に脳ミソまでぐわんと揺れた。
強がっているわけじゃないが、まだ全力ではない。だがそれは彼女も同じだった。向こうが押しているとはいえ、短剣を持った両手はだらんと下げている。あれは油断ではないのなら、あの状態からどうとでも対応できるという、確かな力量の表れだ。
参ったね、こりゃ……。
護衛の腕前を見るつもりで仕掛けたというのに、逆にこちらが測られている。
殺す気はなさそうだが、これ以上は俺が痛い目を見続けるだけになるだろう。
降参して、ユリウスに会わせてもらえないか打診すると、少女はわりとすんなり承諾したが、条件があると言った。
「ちょっと寝ててください」
そしてお嬢ちゃんが取り出した条件は――でかい針。
え。なにあれ怖い。
それが何なのか問い詰める間も貰えず、俺の意識は一瞬で沈んだ。
数年ぶりに会った友人の息子は、随分大きくなっていて、父親の少年期を思い出した。
しかし次の瞬間には、お嬢ちゃんは俺に短剣を突きつけた状態で、面通しを始めた。
やばい、待ってくれ。ユリウスと最後に会ったのは何年前だ?覚えてないよ、絶対…。
一縷の望みをかけて大人しく待つが、
「…………いや…、知らないと思う」
ですよねー。
このあとトラヴァスの黒歴史と引き換えに、無事思い出してもらえた。許せ、友よ。
お嬢ちゃんから聞かされた話は、俺の想像以上に逼迫していた。ただの家出騒動でないのは分かっていたが、明らかに裏で糸を引いている者がいる。
宰相がそうなのか、それともその影に首謀者がいるのかは定かでないが、このまま自然に沈静化することはあり得ないだろう。
「じゃ、こっからはおじさんもお仲間ってことで、よろしく〜」
元より乗りかかった船だ。彼らに同行し、協力することに迷いは無かった。
俺が見たトラヴァスの様子を伝えると、ユリウスは複雑な顔をしていた。
父親が自身の異変の最中にも、自分を想っているという事実。その一方で、どうなるとも知れない父親と兄、そして国の現状。王族とはいえ、まだ十代も半ばの少年には、一人で背負うには重すぎる。
この先どうなるか分からない。分からないからこそ、ルカとベルハイトに出会えたことが、ユリウスにとって僥倖であることを願った。
ユリウスと少し話をした。
と言っても空いている期間が長すぎて、話題にできることなんてたかが知れてる。
城を出てからのこと、お嬢ちゃん達と知り合った時のこと、今後のこと。
あらかた話し終わった頃、ユリウスがぽつりと言った。
「……子供の頃、貴方が冒険の話をしてくれた時のことを思い出した」
そんなこともあったな。魔窟でのことや魔物討伐のこと。しくじって、骨が剥き出しになる大怪我をした時のことを話したら、「幼子に何を聞かせてるんだ!!」とトラヴァスに大目玉を食らった。あれは俺が悪い。ユリウス、青褪めてたもんなぁ。
思い出に浸っていると、ユリウスが俺に向き直り、
「父上の頼みとはいえ、来てくれたことに感謝する。……ありがとう」
改まって言われ、ぽかんとしてしまった。
我に返って「どういたしまして」と戯けて言うと、ユリウスの笑顔があの頃の彼の笑顔と重なった。
野営の夜。寝入ったユリウスとソニアに毛布をかけるルカの姿は、ただの面倒見のいい女の子だ。
ユリウスとソニアが言うには、ベルハイトは冒険者だが、ルカは運び屋だとか。俺が知ってる運び屋とは、だいぶ違う気がする。自衛ができるのは良い事だが、その域を軽く超えているのだ。
今のところ害意は感じない。というより、無表情すぎて何を考えているのか、いまいち掴めない。分かっているのは、まだ俺を信用していないということ。そのことを直球で尋ねれば、やはり答えはイエスだった。
そりゃそうだ。俺だってそうなんだから。
変に取り繕わないところは好感が持てる。嘘がつけないのではなく、嘘をつく必要がないと判断したのだろう。
なのでこちらから疑惑を投げかけた。きっとこの少女は、嘘も誤魔化しもせず答えるはずだという、確信があったから。
「僕はお人好しじゃないです」
そう言ってお嬢ちゃんが語った動機は、聞き方によっては無機質で事務的。だがその内容は、曇りも無ければ打算もない。
……なんだ。ただの良い子じゃないの。
彼女は自身の生活を守りたいだけなのだろう。しかし人間の生活とは、自身だけではなく、周囲の環境と人々を少なからず含むものだ。
本人が意識しているかは定かでないが、それらを守るために行動しているに過ぎないと、なんのてらいもなく言った。
連れのベルハイトも、やや含みはあったものの、自分の都合であると答えた。その視線の先にルカがいることには気がついたが、今ここで指摘する必要はないだろう。
歯を折られた話を蒸し返してから、見張りは若い二人に任せてしまおうと横になり、ふと思う。
そういえばこの二人、どういう関係なんだ?
「見張りはベルくんに任せて、お嬢ちゃんも寝ちゃえば?」
試しにからかってみると、驚くほど簡単に釣れたのはベルハイト。
「面白くない冗談ですね。……張り倒しますよ?」
あ、これあれじゃん。馬に蹴られるやつ。
ベルくん呼びに対するものではない剣呑な態度に、俺は内心で苦笑した。
真面目で奥手そうに見えるが、そういう主張はできるらしい。分かりやすい、とも言うが。
ただ、肝心のお嬢ちゃんが何も分かってなさそうなのは同情する。
こっちも面白いから見守るか。
頼まれてもいないが勝手にそう決め、本当に張り倒される前に大人しく寝ることにした。




