第三十三話 繋がる異変
翌日、野営地を後にして王都へ向かう道中、ユリウスが思い出したように尋ねてきた。
「ところでお前達は、王都へは何をしに行くところなんだ?」
そういえば、王都へ行くところだった、としか言っていなかったか。
「王都への運送依頼です」
内容までは話せないので、最低限のことだけを答えた。
「運び屋のお仕事だったのですね。ベルハイト様は護衛…ですか?」
「まさか。俺にはルカさんの護衛は務まりませんよ。いろいろあって、同行させてもらってるんです」
ソニアとベルハイトも交えて話していると、ローガンが後ろからひょっこりと顔を出した。
「運送の仕事にしては、馬車もないし、それらしい荷物は見当たらないけど……。もしかしてお嬢ちゃん、[保管庫]持ち?」
「はい」
ということにしておく。必要に迫られるまで[無限保存庫]のことを話すつもりはない。
話は終わりかと思いきや、ローガンは僕を覗き込むように上体を曲げ、
「なに運んでるの?」
昨晩とは違う、ただの好奇心の質問。他意は無さそうだが、僕はふいっとそっぽを向いた。
「守秘義務があるので、ご遠慮ください」
「えー。おじさんとお嬢ちゃんの仲じゃないの」
「そんな浅い仲を持ち出されても」
僕と貴方の仲は、干上がる寸前の水たまりより浅いものだと認識している。それに、
……水たまりの話をしてる場合じゃないな。
街道と言っても、街のように舗装された道や壁があるわけではない。平原や荒野に人や馬車が長年かけて踏み固めた道と、要所ごとに道標となる看板がある程度。そこから少し外れれば、人の手がほとんど入っていない、元来の自然の姿のままだ。
ゆえに、街の外はどこから獣や魔物が出てきてもおかしくない。
まだだいぶ離れた岩陰からゆっくりと姿を見せた四足の影に、改めて定期的な街道調査の重要性を認識した。
ベルハイトとローガンもそれに気づき、警戒体勢をとる。
ローガンは槍に手をかけながら首をひねった。
「んん?……なんか、知ってるのと違うんだけど」
現れた魔物とはまだ距離があるものの、その特徴は視認できる。大部分は先日のランドウルフと大差無い。だが、まず大きさが異常だった。通常のランドウルフの三倍ほどの体躯。さらに額には二本の角。そして尾は三本生えている。
「オルベリアのランドウルフは、これが普通だったりする?」
ローガンが笑いながら言うと、ベルハイトは嫌そうに顔を顰めた。
「こんなのが普通だったら堪りませんよ」
これはランドウルフの亜種か、それとも未知の魔物か。気にはなるが、議論をしている時間をくれるとは思えない。
「リースさん達は下がってください」
幸か不幸か、相手は一体。付近には他に危険な気配はないので、ユリウス達を下がらせる。
「は、はい!リース様、あちらへ参りましょう!」
「あ、ああ」
ユリウスとソニアが距離をとるのを視界の端で見送りながら、短剣を抜いた。しかし、
「ゥ゙ヴゥゥ……ッ」
「……?」
魔物の様子がおかしい。呼吸が荒く、足元も覚束ない。通常のランドウルフよりかなり大きいので気づかなかったが、よく見れば痩せこけているように見える。
三人とも警戒は解かないが、下手に刺激せずに様子を見る。
「グルゥ゙ゥ゙……ッ、ヴゥ゙……」
苦しそうに唸りながら、ヨロヨロとこちらへ向かってくるが、その距離はほとんど縮まらない。
「ゥ゙、…ォオオオンッ…………!」
掠れた声を上げ、ついにその場に倒れ込んだ。
ヒューと弱い息を吐きながら動かなくなる身体。半開きの口からゴポゴポと血が流れ、がぼっ、と嫌な音を立てたかと思うと、魔物は何かを吐き出した。それは、
「!」
「ルカさん?!」「えっ、お嬢ちゃん?!」
ベルハイトとローガンの声を置き去り、僕は急いで魔物に駆け寄って、[無限保存庫]から魔法を取り出した。
深淵魔法[時を揺蕩う檻]。
魔物が吐き出したそれに魔法をかける。
[時を揺蕩う檻]は対象の時間経過を遅らせる魔法だ。
[無限保存庫]には入れるが、タストラ魔窟で見たものと同じなら、すぐ消失してしまう可能性がある。ずっとというわけにはいかないが、[時を揺蕩う檻]で時間経過を遅らせれば、鑑定する時間はくらいは稼げるかもしれない。
魔物はすでに絶命している。やはりその身体は、大きさだけはあるが細く弱々しい。
ユリウス達の側にいるベルハイトに、軽く手を上げて安全であることを伝える。
追ってきたベルハイトが僕の手の中を覗き込み、
「それって……」
「はい。孤児院から預かった魔石、そして僕がタストラで見た魔石とよく似ています」
亜種のような魔物が出てきた時点で考えなかったわけではないが、この魔物の体内にも謎の魔石があるとは。
「なにがあった?なぜその魔物は死んだんだ?」
そう言いながら、僕の手元を見たユリウスの動きが止まる。
「どうしました?」
ユリウスはじっと魔石を見たまま、
「……似てる…。あの魔道具の魔石に…」
ユリウスの言葉に、僕とベルハイトは顔を見合わせた。
「あの魔道具とは、献上された首飾りの魔道具のことですか?これと似たものが、首飾りに?」
「ああ…。形は整えられていたが、模様や色味はそっくりだ」
ユリウスは困惑しているが、はっきりと答えた。
タストラの魔石、孤児院の魔石、今発見した魔石、そして首飾りの魔道具に使われている魔石。
それらが全て、正体の分からない謎の魔石だという可能性がある。
それを体内に取り込んだ亜種のような魔物と、首飾りの魔道具によって異変が起きているバライザ王宮。
バライザとオルベリアで起きている事象が無関係とは思えない。こちらの事情も話しておくべきか。
「…………」
僕は今しがた魔物が吐き出した魔石を[無限保存庫]に仕舞い、ユトスの孤児院で預かった魔石を取り出した。
ユリウスは再び僕の手の中を注視し、
「それは……、さっきの魔石ではない…?だが、同じ種類の魔石か?」
「断言はできませんが、そうだと思います。これと似た魔石を、以前魔窟で魔物の体内から発見しました。それは消失してしまったんですが、この魔石はある場所に寄付されたものを冒険者ギルドが引き取ったもので、僕の仕事は調査のために、これを王都の研究院に届けることです」
僕の話を聞きながら、ローガンもやはり謎の魔石をじっと見ていた。
「見た目は確かに変わってるけど、これって普通の魔石とは違うの?」
「鑑定した限りでは、魔石であることは間違いないですが、現存する六種の魔石のどれでもありません」
四元、光、闇。どの魔石にも属さない。
「さっき魔物が吐いた魔石は、鑑定しないんですか?」
ベルハイトの問いに首を振る。
「[時を揺蕩う檻]は時間経過を遅らせるだけなので、鑑定は国立研究院で行ったほうがいいと思います」
詳しい調査にどれくらいの時間を要するか分からない。タストラで見た謎の魔石がすぐ消失したことから、これ以上周囲の害になることは考えにくいので、消失するまでの時間は国立研究院までとっておいたほうがいいだろう。
「これはどうします?」
ベルハイトがランドウルフの亜種の死体を見た。
タストラのグランドベアの亜種は、すでに研究院に着いてるだろうが、この亜種も調べたほうがいいだろう。
「持っていきます。判断材料は多いほうがいい」
言いながら、[無限保存庫]にランドウルフの亜種を入れる。その光景に一番に疑問を持ったのは、やはりローガンだった。
「それ、腐っちゃうんじゃない?」
「…………」
気づいたか。指摘されなかったらスルーしようと思ってたのに。
誤魔化したところで、[無限保存庫]という魔法の存在を知っていれば後々気づくだろうし、そうなると、今話して口止めしておくほうがいいか。
僕はこの約一ヶ月で何度目かになる[無限保存庫]の説明と、他言無用ということをユリウス達三人に伝えた。
「[無限保存庫]かー。聞いたことはあるけど、使える人に会ったのは初めてだよ」
やはりローガンは知っていたようだ。長く冒険者をしていれば、耳に入ることがあるのだろう。
「生モノも、そのまま運べるんだねぇ。……あ!」
ローガンは感心したように言ったかと思うと、突然何か閃いて、ゴクリと喉を鳴らした。
「お酒も冷えたまま運べる…?」
それ、今訊くか?
「正式にご依頼いただければ、運びますよ」
「ほんと、しっかりしてるね……」
緊張感のあった空気から少し脱線しながら、僕達は再び王都への道を急いだ。




