第三十二話 ローガンという男
翌朝。
朝食を済ませた僕達は、予定どおりロブエの朝市へ寄ったあと、王都グラスダールに続く街道へ出た。
「本当に一緒に来るのか?」
ユリウスはローガンに再度確認した。
すでに首を突っ込んでいる僕の立場で言えたことではないが、後で後悔して引き返せる話ではない。
しかしローガンはさも当然のように、
「もちろん。それに、おじさんくらい経験豊富な頼れる大人は、パーティーに一人は欲しくない?」
それは自分で言ってしまうと胡散臭さがあるが、当のローガンは胸を張っている。
「それはまあ、いないよりは…」
「えっと…、そうですね…?」
ユリウスは数年ぶりに会った父親の友人にやや戸惑い、ソニアは否とも言えず頷く。
父親本人が捜索を頼んだとはいえ、ユリウスは父親の友人を巻き込むことを気にしているのだろうが、ローガンは「参ったなー」と笑いながら、
「何年も会ってないから、仕方ないかぁ。…ねぇ、お嬢ちゃん」
なんでそこで僕。
「戦力的な意味でも、おじさんがいたら心強いでしょ?昨日は押されちゃったけど、おじさんまだまだやれるのよ?」
実際、あれがローガンの手の内の全てではないのだろうが、僕に売り込まれても困る。
「…………。ベルハイトさんもいるので、別に…」
正直まだローガンを完全には信用していないので、拒否する理由も承諾する理由もない。ローガンが同行することにユリウスが不安を覚えるなら否だし、逆にユリウスが同行してほしいなら可だ。
それを伝える前に、ローガンはショックを受けたかのように、大袈裟に身体を引いた。
「一度剣を交えた仲なのに冷たい!ベルくんはベルくん、おじさんはおじさんでしょ!」
……。
…………。
………………ベルくん。
誰だ?いや、一人しかいないか。
そろりと隣を見上げると、苦虫を噛み潰したような表情のベルくんがいた。
「待ってください。なんですかその呼び方」
感情を抑えたような低い声で問うベルハイトに、
「うん?いやぁ、ベルハイトくん、だと長くない?」
だから短くした、と得意げなローガン。ユリウスと一文字しか字数は変わらないのだが。
「呼び捨てて構わないので、普通に呼んでください」
ベルハイトは許容したくないらしい。しかし相手は分かりましたと頷く男ではなく、
「もしかして照れてるの?青いねー」
とても楽しそうに宣った。
その瞬間、ベルハイトの顔が、すん、と感情を失ったのは無理もない。
「……ルカさん。この人置いていきましょう」
「賛成です」
ベルハイトの精神衛生のために。
ユリウスとソニアに声をかけて出発すると、ローガンが慌てて追いかけてくる。
「うそうそ、ごめんって。……あれ?ほんとに置いてく感じ?……え、ねぇ?呼ばないから!呼ばないから置いてかないで!」
そんな感じで、結局ローガンも同行することになったのだった。
ロブエから王都グラスダールまでは徒歩で二日と半日ほど。つまり野営は必須。
一日目の野営場所を確保し、夕食なども済ませて、あとは夜明けを待つだけとなった。
今回は見張りをする、と張り切っていたユリウスとソニアは、前回同様、日付けが変わる頃には夢の中へ。寝ていたら起こすよう言われたが、それは忍びないので、毛布をかけてそのままそっとしておく。たぶん翌朝、なぜ起こさなかったのかと怒られるだろう。
起きているのは僕とベルハイト、そしてローガンの三人。今夜も僕とベルハイトで見張りを交代する予定だ。
ローガンは焚き火から少し離れた場所に腰掛け、先程からじっと僕とベルハイトを見ている。
しばらくして「うーん」と首をひねり、
「しっかし、君達も物好きだねぇ」
何が、とは訊かない。ユリウス達に同行していることについて言っているのは確かだ。
「僕達は僕達で、王都に用があるので」
「そのついでに彼らの護衛を?」
「最初はそうでしたけど、事情が事情ですから」
「ふーん……」
納得とも疑問ともとれる、曖昧な相づち。
僕はローガンから離れた場所に腰を下ろした。
「貴方も休んでは?」
「うん?おじさんは慣れてるから大丈夫だよ。お嬢ちゃんとベルく……、ベルハイトくんこそ、寝てもいいよ?一晩くらい、おじさん一人で見れるし」
「いえ。僕もベルハイトさんも、野営は慣れてますから」
貴方に見張りを任せるつもりはない。
言外にそう告げたことに気づかない人ではないだろう。案の定、ローガンはフッと笑った。
「もしかしてお嬢ちゃん、まだおじさんのこと信用してない?」
「してないです。リースさんと最後に会ったのが、彼がまだ幼い頃なら、成り代わりは充分に可能ですから」
この手の人に取り繕っても仕方ないので、正直に答えた。
実際、ユリウスはローガンの顔はうろ覚えだと言っていたし、ウワバミ王の話もくん付けの呼び方も、ユリウスの父親から聞いていれば真似ることはできる。
「ははっ!確かにね。……でもさぁ」
ローガンは言葉を切り、頬杖をついて目を細めた。
「俺より君らのほうが、よっぽど怪しいんじゃない?」
「…………」
ここへきて、もっともな意見を頂戴した。
ユリウスの父親と縁のあるローガンからすれば、通りすがりの赤の他人である僕達が協力していることのほうが、怪しくて当然だ。
「ユリウス……じゃなかった。…リースくんから聞いた話だと、彼らが魔物に襲われていたところを偶然通りかかった君らが助けた。まあ、それは自体はあり得ない話じゃない。で、そのあとはなんの見返りもなく追っ手をとっ捕まえて、自分達も王都に行くからって理由で護衛を引き受けたって?危険に晒される可能性が高いし、他国の騒動に巻き込まれるかもしれないのに?お人好しにも程があるでしょ」
一見笑顔だが、目だけは笑っていない。じっと探るようにこちらを見るローガンは、やはり場数を踏んでいるのだろう。その目は嘘やごまかしを許さない鋭さがあった。
だが、探られたところで、こちらには困ることは何もない。
「お察しのとおり、僕はお人好しじゃないです」
僕がユリウスに同行しているのは、善意じゃない。
「この件に関わったのは僕の都合です。バライザ王と王太子の異変が、オルベリアに影響を与える可能性があったからに過ぎません。リースさん達を護衛するのは、最悪の事態を防ぐために、そうする必要があるからです」
僕はオルベリアでの僕の生活を守るために、やるべき事とできる事をするだけだ。
ローガンは一瞬目を瞠ったが、なぜか困ったように眉を下げて笑う。
「そういうのをお人好しって言うんだよ」
……よく分からない。
僕が黙って首を傾げていると、ローガンはベルハイトに視線を移した。
「じゃあ、ベルハイトくんはどうなの?」
「俺は……」
ベルハイトはちらりと僕を見たが、すぐにローガンへ視線を戻す。
「俺も……、俺の都合です」
これには僕が驚いた。貴方は僕に付き合わされているだけだろう、という言葉が出かかったが、言っても気を遣って否定しそうな気がして口を噤んだ。それに、ユリウスが妹の友人だから、という意味もあるだろう。
「ふーん…。まあ、もし君らが追っ手なら、わざわざ護衛になったりする必要ないしねぇ」
ローガンは、再び「うーん」と唸りながら首をひねる。
「たださ、お嬢ちゃんが運び屋ってのは納得いかないわけよ。仮にもBランク冒険者のおじさんが、非戦闘職の女の子に歯を折られたなんて、笑い話にもならないでしょ」
ローガンは歯が折れた側の右頬を押さえて、口を尖らせた。
「世の中広いんですから、歯を折れる運び屋が一人や二人いても不思議はないです」
「運び屋に付いちゃいけない二つ名でしょ、それ。……おじさんこれでも、腕には自信あったんだよ?それをいいようにあしらわれて、刺されて眠らされて宿に連れ込まれて……。やばい、なんか泣けてきた」
連れ込まれたとはなんだ。人聞きの悪い。ユリウスに会わせろと言ったのは自分だろうに。
わざとらしくすんすんと鼻をすすっていたローガンは、その場に自分の外套を敷くと、そのままごろりと横になった。
「おじさん、傷心だからお言葉に甘えて寝るよ。何かあったら起こしてね。じゃ、おやすみ〜」
そう言って目を閉じた。
一番喋っていた人が黙ったため、辺りは一気に静かになる。こうして、お互いを探り合う問答は唐突に終わった。
僕とベルハイトは顔を見合わせる。
「なんなんですか、あれ」
「僕に訊かれても」
言いたいことだけ言って、深くは追及しない。彼なりに納得したのか、元来そういうスタンスなのか。
ベルハイトに先に仮眠をとってもらおうと口を開きかけた時、
「ねえねえ」
ローガンがこちらを見てニコニコしていた。
「見張りはベルくんに任せて、お嬢ちゃんも寝ちゃえば?」
そう言い、自分のすぐ側をぽんぽんと叩くローガンを、
「面白くない冗談ですね。……張り倒しますよ?」
ベルハイトが黒い笑顔で黙らせた。
そんなにベルくん呼びが嫌なのか……。




