第三十一話 父の想い
「お届け物です」
宿屋に戻った僕は、ベルハイト達が待つ部屋の扉をノックした。中からパタパタと足音がして、
「ルカさん、良かっ……た?」
出迎えたベルハイトがぴしりと固まる。その視線は僕の背後――外套のフードを目深に被った男に向けられていた。
「え、と…?どちらさまですか…?」
「それを今から確認します」
部屋に入ると、ユリウスもソニアさんも僕を見て安堵の表情を浮かべたあと、外套の男に身構えた。
僕はあの後[眠り人形の針]で男を眠らせ、宿屋まで連れてきた。[無限保存庫]に入れて運ぶと、出し入れする時に人目とか説明が大変なので、自分で歩いていただいた。フードで顔を隠せたので、寝ながら歩いている奇人だとは思われていないはずだ。怪しいことに変わりはないが。
ただ宿屋なので、怪しまれないよう宿泊客として部屋に通したため、宿泊料が一人分プラスになってしまった。あとで本人に請求しよう。
男を床に座らせ、[眠り人形の針]の解呪用の針で軽く刺す。
「……ふがっ…。……んん…?あれ?」
寝ぼけて辺りを見回している男のフードを取り、短剣を首に当てる。まだ正体が確定していないので、無闇に動くことは許容できない。
「おはようございます」
「ん?おは……。あら、物騒」
男は短剣に気づいて、ひくりと頬を引き攣らせた。僕はユリウスに尋ねる。
「この人、リースさんのお父さんに頼まれて来たそうなんですが、どなたかご存知ですか?」
「父上に?!」
ハッとしたユリウスは男をしばらく見ていたが、
「…………いや…、知らないと思う」
なんてこった。
僕は短剣をスッと男の眼前に近づけ、ベルハイトはユリウスとソニアを背後に庇うように立った。
室内の空気が一気に暗転し、男は慌てる。
「ちょ、待って待って!覚えてない?ほら、ユリウスくんが五歳の時……いや、六歳だったかな?まあとにかく小さい頃に、お父さんとウワバミ王の座を争って、二人してべろんべろんに酔っ払って、マティアスくんにこっぴどく叱られてたおじさんだよ?!」
なにそのエピソード。一国の王の昔話として語るには、内容は濃いのに威厳が無さぎる。
一方で、ユリウスは真剣に考え込んでいた。どうやら、このエピソードに覚えがあるらしい。ユリウスが考え込めば考え込むほど、男の顔色が悪くなっていく。僕が問答無用で刺すとでも思っているのだろうか。刺すとしたら短剣ではなく、[眠り人形の針]で刺すので安心してほしい。
しばらくして、
「………………。もしや…ローガン?」
ユリウスがぽつりと呟くと、男はぱぁっと顔を輝かせた。
「そう!ローガンおじさん!いやー、思い出してもらえないかと思って、焦ったわぁ」
心底安堵した様子の男――ローガンは、僕をちらりと見て、
「そういうわけだから、そろそろこれ、下ろしてくれない?」
これ、とは首筋に当てている短剣か。
僕はユリウスに視線を移し、
「間違いないですか?」
「ああ。顔は正直うろ覚えだが、あの話を知っているのは父上と兄上、それから姉上と俺を除けば、ローガンだけだ。兄上や俺をくん付けで呼ぶのもな」
やや不安要素は残るが、とりあえずは良しとしよう。もし何かしようものなら、今度こそ叩き伏せるだけだ。
僕が短剣を鞘に収めると、ローガンはふぅっと息をついた。
「じゃあ改めて。おじさんはローガン・ウェルド。四十二歳、独身、恋人募集中」
名前以外が不必要な情報で構成された自己紹介に、
「父上が幼少の頃、お忍びで街に出た時にできた友人で、最後に会った時はBランク冒険者だった」
ユリウスが必要な情報を足した。
ローガンは首を鳴らしながら、
「何年かぶりに向こうから連絡がきたかと思ったら、息子を探してくれなんて言うもんだから、おじさん驚いたよ」
「……父上はなんと?」
ユリウスの声は心なしか緊張していた。父親がどういう意図でローガンに自分を追わせたのか、答えによってはユリウスにとって、辛いものになる。
ローガンは困ったよう眉を下げた。
「それが、詳しくは教えてくれなかったんだよねぇ。珍しくイライラして息子に怒鳴ってしまった、その数日後から行方が分からなくなったから探してほしい。かいつまむとそんな感じ」
「たったそれだけの説明で、よくこんな所まで来ましたね」
国王であり友人である人物からの頼みとはいえ、ローガンは事の詳細をほぼ知らないと言ってもいい状態だ。
僕の疑問は想定内だったのか、ローガンはへらりと笑い、
「ほんとそれ。まぁ、昔のよしみってのもあるんだけど、おじさんなりにちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
ユリウスの問いに、ローガンは少し言い淀む。
「あー、いや……。不安にさせたいわけじゃないんだけど、お父さんの……トラヴァスの様子がなんか変だったっていうか」
「っ、それは具体的には?!」
詰め寄るユリウス。
ローガンは顎に手を当て、
「えぇ?うーん…。昔に比べて覇気が無いっていうか、目が淀んでるっていうか……」
「…………貴方にも、そう見えましたか…」
ユリウスは俯いて目を伏せた。
城内で国王や王太子の様子を疑問視する声は無かったと言っていたので、おそらく周囲の誰も、その変化に気づかなかったのだろう。
しかしローガンは、ユリウスが感じた異変を同じく感じ取ったようだ。
押し黙ったユリウスに代わり、ローガンに気になっていたことを尋ねる。
「二人の居場所はどうやって特定したんですか?」
ユリウスに姉以外のあてが無い以上、王都グラスダールへ行くことは予想つくだろう。そこから、途中のロブエに目星をつけるのは分かる。しかし、ローガンはこの宿屋に距離のある位置から、ここを把握し、様子を探っている気配だった。
「あー、それはおじさんの魔法。詳しいことは秘密だけど」
ローガンは戯けたように言って、再びへらりと笑う。
魔法の詳細を明かさないのは秘密主義ではなく、ただ単に僕への信用度の問題だろう。こればかりは仕方ない。
ローガンは「今度はおじさんが訊きたいんだけど」と前置きし、
「ユリウスくんは、なんで家出したの?」
ユリウスへ視線をやると、彼は小さく頷いたので、ローガンに向き直る。
「僕から説明します」
「そんなことになってたとは……」
話を聞き終えたローガンは、神妙な面持ちで呟いた。やがて顔を上げると、彼なりに気を使ったのか明るい声色で、
「ロブエにいたってことは、マリーちゃんに会いに行くんでしょ?」
マリーディアのことはマリーちゃん呼びらしい。それはいいとして、やはり王都グラスダールに行くと見越していたようだ。
ローガンは立ち上がり、身体をほぐすように伸びをした。
「じゃ、こっからはおじさんもお仲間ってことで、よろしく〜」
その言葉にユリウス達は目を丸くする。
「貴方も一緒に来る気なのか?いや、そもそも父上に、俺を連れ帰るよう頼まれたんじゃ……」
「探してくれとは言われたけど、連れ帰れ、とは言われてないのよ。……これはおじさんの推測だけど、たぶん自分でも気づいてるんじゃないかね。何かおかしいって」
「父上……」
ローガンの話を聞いた限り、バライザ国王はただユリウスの身を案じて捜索を依頼したのだろう。同時に、自身やマティアスの身に起きている異変に薄々気づいており、無理にユリウスを連れ戻すことは望まなかった。
変わってしまった父親に心を痛めていたユリウスにとって、その事実はさらなる心傷であり、父親が自身を想っているという、光でもある。
「……今日はもう休みましょうか」
ユリウスにも、気持ちを整理する時間が必要だろう。
ベルハイトの提案に頷き、ユリウスは彼に任せて僕とソニアとローガンは部屋を出た。
「向こうの一人部屋を押さえてるので、そこで休んでください」
そう言って、ローガンに部屋の鍵を渡す。
ローガンはそれを受け取り、
「部屋とってくれたの?お嬢ちゃん、優し〜」
「食堂はもう閉まってるので、夕食がまだならご自分でどうぞ。明日の朝食代は別途料金が必要です。宿泊代は前払いだったので、あとで返してください」
僕がきっぱり告げると、
「お嬢ちゃん、しっかりしてる……」
ローガンはがっくりと項垂れた。




