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底無しポーターは端倪すべからざる  作者: さいわ りゅう


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第三十話 来訪者

 なんか楽しそう……。


 脱いだ上着を椅子の背もたれにかけ、ベッドに倒れ込むように仰向け寝転がった。

 部屋と部屋を隔てる壁が薄いのか、会話の内容までは分からないが、隣室の笑い声が僅かに聞こえる。


 少し前に、ソニアが隣室に用があると言うので[探査(サーチ)]を展開して送り出した。これで宿屋の中はもちろん、その周囲に不審な人影があればすぐに分かる。


 ……なに話してるんだろ。


 人の会話を気にすることなんて、今まで無かったと思う。耳に入ってきても、自分に関係ない内容なら自然に意識の外に出ていくし、知り合いが誰かと話していても、特に気に留めたことは無かった。


 別になんでもいい。知る必要なんてない。


 普段からそう思っているはずなのに、まるで自分に言い聞かせるように反芻した。

 

「…………」


 やっぱり、必要以上に誰かの側にいるべきじゃなかったのかもしれない。繋がりができればできるほど、ふと空いた空白に、身体の芯が凍えるような感覚を覚えてしまう。

 自身の内側からじわりと広がるその感覚をどうにかしたくて、両腕で顔を覆い、ぐっと息を詰めた。


「………………。!」


 その直後、ハッとして顔を上げる。

 感じた気配に、滑るようにベッドから降り、すぐに動ける体勢でしゃがむように身構えた。


 敵意や殺意ではない。(うかが)うような気配がこちらに向けられている。


 [探査(サーチ)]で分かるのは人や獣、魔物といった生物の存在や動きだけ。それが敵意や悪意を持っているかまでは分からない。捕捉している人影には特に怪しい動きはなく、この部屋にもベルハイト達がいる隣の部屋にも、近づく様子はない。


「…………」


 外の様子を(うかが)いながら、こちらが気づいていることを気取られないよう、ベランダへ出た。ベランダは宿屋の横の通りに面しており、すでに日も暮れているためか人通りはなく、少し先に見える表の通りから声や物音がする程度だ。


 感じた気配は鋭さもなにもなく、ただ遠くからこちらを見ているだけで、あからさまな敵意と違って、その発信源が特定しづらい。こちらもゆっくりと探るように気配を追い、徐々に索敵範囲を絞っていくしかない。


 そして、気配が動いた。


 僕はベランダの手すりに足をかけ、隣のベランダに跳び移る。


「っ、え、ルカさん?!」


 侵入者だと思ったのだろう。腰の剣に手をかけたベルハイトが、警戒を解きながらも慌ててベランダに続く窓を開けた。


「なにして…」


「ここの様子を窺っている人がいました。こっちに向かって来ています。人気(ひとけ)のない所で迎え討つので、二人をお願いします」


 そう言って、ベルハイトの手に[精霊姫の盾]を乗せる。ベルハイトは手の中のそれと僕を交互に見て、


「え、これ」

 

「術式に沿って制御すればいいので」


「いや俺、魔道具なんて使ったことな」


「大丈夫ベルハイトさんの魔力制御技術ならできます問題なし何事も挑戦です」


 ベルハイトの言い分を遮り、一息に言ってサムズアップ。ぽかんとしたベルハイトを後目に、屋根に跳び乗った。


「[精霊姫の盾(これ)]設置して、俺も追ったほうが」


 ハッと我に返ったベルハイトが、ベランダに出て訴えるが、


「ここにいてください」


 言い切るか切らないかで屋根を蹴った。背後で僕を呼ぶ声が聞こえたが、構わずに屋根から屋根へ走り抜ける。

 宿屋の近辺では周囲を巻き込む可能性がある。できるだけ人のいない場所で止めなければ。

 こちらが動いたことを悟られないよう、気配を消した状態で屋根の上を駆ける。何戸目かの人様の家の屋根に跳び乗った時、近づいてくる気配の主を目視で捉えた。


 人影は一つ。まるで人目を避けるように、暗い路地を歩く外套姿。その背には槍を背負っている。


 僕は屋根から飛び降り、人影の数メートル手前に降りた。


「!」


「こんばんは」


 どうやらこちらの動きは感知されていなかったようで、人影は僅かに後退(あとずさ)った。

 フードを深く被っていて顔はほとんど見えないが、体格からして男だと思われる。


「こちらを見ていたようなので、ご用件を伺いに来たんですけど」


 距離を保ったまま訊ねる。少し間を置いて、男は小さく息を吐いた。


「――こりゃ参ったね。随分と勘の良いお嬢ちゃんだ」


 参った、と言うわりには楽しそうな響きがある。その証拠に、かろうじて見える口元が弧を描いている。


「お嬢ちゃん、あの二人の護衛?」


「そんなところです」


「まぁ、おじさんに気づいてここに来たってことは、そうだよなぁ。……うーん…」


 男は腕を組んで何か思案し始めたかと思うと、パッと両腕を広げた。


「おじさんね、こんなナリでも紳士なんだ。お嬢ちゃんみたいな女の子に、怪我させたくないのよ」


「お気遣いどうも」


「うん?伝わってない?…うーん……。だからね、大人しく通してくれると嬉しいんだけど」


「そちらの用件しだいです」


 そう言って、右手を短剣の柄に添える。

 用件しだいでは通すし、用件しだいでは叩き伏せるという意図を込めて。


 男はフッと笑い、


「おじさんに気づかれずにここまで来たのはお見事だけど、こう見えておじさん、紳士なうえに強いのよ?」


 その背の槍を握った。構えはまだ甘い。おそらく脅しのつもりだろう。


「あんなに離れた場所から二人の居場所を特定したのはお見事ですけど、こう見えて僕、それなりにやれるんですよ」


 男の文言を真似て言うと、男は一拍おいたあと、ハッと笑った。


「言うねぇ!ま、護衛なんてするくらいなら、そうでなきゃ。……そこまで言うならしょーがない。怪我しても自己責任ってことで…」


 男が右足を一歩引いた。


 ――来る。


「ちょっと一眠りしてもらおうか!」


 まるで地面に弾かれるように、男が槍を構えてこちらに迫る。風でフードが取れ、顔が(あらわ)になった。自分のことを「おじさん」と言っているが、四十前後だろうか。


 鋭く突き出された槍を避ける。しかし男は間を置くことなく、二撃三撃、さらに繰り出し続ける。


 速く、鋭く、無駄がない。自分で強いと言ったのも頷ける。


「おーおー!上手く避けるねえ!」


 攻撃の手を緩めず、男が楽しげに言う。突き、薙ぎ、柄の殴打。流れるような槍の動きは、避けながらでも美しく見える。


「チッ…!」


 当たらない攻撃に対してか、避ける僕に対してか、男が舌打ちした。


「疲れました?」


「っ!お嬢ちゃんこそ!」


 突き出された槍の軌道に、短剣を添わせる。


「っ?!」

 

 ギャリッ、という金属音とともにできた僅かな隙に、僕は短剣の間合いに滑り込み、


「今度は僕の番」


 そのまま短剣で連撃を叩き込む。


「ッ!!」


 槍の柄で捌かれるが、構わない。届かないなら――もっと速く動けばいい。


 足に、横腹に、腕に、頬に。速度を上げて男の防御の隙間を縫った短剣が、掠めた皮膚に裂傷を作っていく。  


「おいおいおいっ…!冗談っ、だろ?!」


 短剣を槍で弾き、体躯を反らして避けながら、男は顔を歪めた。

 冗談なんて人聞きの悪い。僕は極めて真面目にやっている。


「っ!」


 男の踵が石畳の凹凸に引っかかり、大きく姿勢を崩した。僕はそれを追うように跳び上がり、


「がっ!!」


 左膝で男の顎を蹴り上げた。

 着地した勢いのままバネのように後ろに跳び、一度距離を取る。


 男はふらりと後ろへ下がり、プッと血を吐いた。何か硬いものが石畳に当たる音がしたのは、たぶん折れた歯だろう。


 男は親指で口の端の血を拭い、


「……あーあー、もー…。こんなイイ男の顔、遠慮なしに蹴るか?ふつー」


 歯ぁ折れちゃったじゃん、と愚痴る男に、僕は男の台詞(セリフ)を返す。


「自己責任です」


「ええ?確かにおじさん、そー言ったけどさぁ」


 治療費を請求されては(たま)らない。


 自分で自己責任と言ったのに不服そうに口を尖らせながら、男は槍を肩に担いで溜め息をついた。


「やめやめ!こんなのおじさん、なんのメリットもないじゃないの。歯の折れ損!」


 じゃあ、僕は歯の折り損か。


 状況から考えてユリウスの追っ手だろうが、あの覆面三人衆に比べて随分とフランクというか、軽いというか…。


 僕は話を戻す。

  

「それで、結局貴方は誰で、何の用なんですか」


「うん?あー、おじさんね。あの二人を追っかけて来たのよ。えーと、男の子のお父さんから頼まれてね」


 ユリウスの父親から?てっきり、宰相あたりの指示かと思ったが。


「そういうわけで、会わせてくれない?」


 へらり、と笑う男をじっと見る。

 正直かなり怪しい。怪しいが服を着ているようにしか見えない。


 バライザ国王はどういうつもりで、この男に息子を追わせたのかも疑問だ。突然いなくなった息子を案じてのことか、それとも別の良くない理由か。

 この男が本当に、バライザ国王の既知の人物かどうか。分かるとしたら、ユリウスだけだ。


 僕は魔法鞄(マジックバッグ)を開けた。


「条件があります」


「お。なになに?」


 男が興味深そうに尋ねたので、僕はその()()を右手で掴み、


「ちょっと寝ててください」


「へ……?」


 魔法鞄(マジックバッグ)から取り出した大きな針に、男の顔が分かりやすく引き攣る。

 僕は男の返事を待たず、その大きな針――[眠り人形の針]を構えた。

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