第二十八話 バライザに落ちる影
「お前の言うとおり、俺はバライザの第二王子…ユリウスだ」
掠れた声で言い、リース――ユリウスは視線を落とした。
ユリウスとソニアの顔は、先程よりはだいぶマシだが、まだ青褪めている。まあ、僕のせいではある。どうもやり過ぎだったらしく、斜め後ろにいるベルハイトからの視線がとても痛い。
ユリウスは地面を見つめたまま、ぽつぽつと話し始める。
「一年ほど前のことだ。バライザのとある魔窟から、魔道具が発見された。見た目は、少し装飾が派手な普通の首飾りで、鑑定師が調べた結果、疲労を軽減する効果があると分かり、発見者が王家へ献上したと聞いている」
魔窟で見つかった魔道具や珍しい鉱石などを、貴族や国へ自主的に納めることは珍しくない。あくまで献上品であるため、それに対する対価は発生しないが、国への忠誠心だったり、名を売るためであったり、純粋な善意であったり、理由は様々だ。
中には見返りを期待する輩も、いなくはないだろうが。
「発見者というのは?」
「バライザの北部にある街、サンバーレの冒険者だ。もちろん、身元や経歴は調べたが、特に不審な点は無かった」
さすがに王家への献上品ともなれば、徹底的に相手の素性は洗っているか。献上が許されたとなると、それなりに高ランクの冒険者のはずだ。
「首飾りは二つあって、一つは父上、もう一つは兄上に献上された。二人とも、最初は時折身につける程度で、いつもより目覚めが良い気がするとか、今日は少し肩が軽いとか、その程度だったのだが……」
疲労回復効果は確かにあったということか。
「しばらくして、父上と兄上の様子がおかしくなった。表面上は普段と変わらないんだ。だが、その首飾りの魔道具を、常に身に着けるようになった」
ユリウスの口ぶりからして、まさに四六時中手離さなかったのだろう。
「二人に理由を訊けば、「これが無いと眠れない」「これをつけていないと身体中が痛む」と言い、片時も外そうとしない。最近では、「首飾りを一瞬でも外す事が、恐ろしくてしょうがない」とまで……」
その時の父や兄の様子を思い浮かべたのか、ユリウスは顔を覆った。
「あの首飾りに執着している以外は、以前となんら変わりないように見えていたんだ。いつものように王として、王太子として、問題なく公務を行っていた。だから周囲の者も特に問題視することはなくて……。だが俺は、あの首飾りになにかあるのではと、父上に幾度となく訴え、何度目かでようやく鑑定師に再鑑定させることを了承してくださったが…。結果は最初の鑑定と同じだった」
「再鑑定は同じ鑑定師に?」
「いや。冒険者ギルドの鑑定師が鑑定したものを城お抱えの者が鑑定し直していたから、また違う鑑定師を冒険者ギルドから紹介してもらった」
再鑑定ともなれば、当然の判断だ。つまり、計三回鑑定が行われている。そして全て、同じ鑑定結果。
「だが先日、聞いてしまったんだ」
ユリウスの声が一段重くなった。
「鑑定結果に、何か少しでも気になる点がなかったか確認しようと、冒険者ギルドへ行った。もちろん、身分は隠して。……そこには首飾りを発見した冒険者と……、我が国の宰相がいた」
一国の宰相が、冒険者と密会していたということか。
「あいつらはこう言っていた。「再鑑定も偽装できて良かった」「これで国王と王太子はあれが何か知ることはない」「計画は順調だ」、と」
「国王陛下には?」
「もちろん話したさ。だが「そんな事はない、この首飾りは必要な物だ」の一点張り…。終いには、絶対に外さないと怒鳴りだし、三日間の謹慎を命じられた。以前の父上ならば、あり得ないことだ」
この様子では、同じく首飾りをつけている兄君のマティアスには、進言できなかっただろう。
おそらくその首飾りの魔道具は、装着者の精神に影響を及ぼす類のもの。宰相の指示で鑑定師らは虚偽の鑑定結果を報告したと思われる。発見者も加担しているとなると、首飾りが本当に魔道具かどうかも怪しい。
リースは、一度深く息を吐き出した。
「宰相も絡んでいるとなると、もう誰が敵で誰が味方か分からない。だからと言って、俺だけではどうにもできない。そう思って城を……国を出た」
「お二人だけで?」
問うと、ユリウスは逡巡し、弱々しく首を振る。
「城を出る時に、他に二人付いてきてくれた。日頃から、俺の護衛をしてくれていた近衛の者だ。ソニアと彼らだけは、絶対に味方だと信じられたから。だが……」
ユリウスの膝の上で、きつく握り締められた両手が痛々しい。
「宰相か、あるいは他の誰の指示かは分からないが、追っ手がかかっていたんだ。国境を越える直前、奴らに追いつかれてしまい、彼らは俺とソニアを逃がすために……」
「…………」
ソニアはユリウスの隣で、静かに目を閉じた。
「オルベリアへ来たのは、姉君のマリーディア様に会うためですか?」
「…………そうだ」
バライザ王国第一王女、マリーディア・ニスラ・エバ・ウルマー。ユリウスのきょうだいは、兄マティアスと姉マリーディアの二人だ。
マリーディアは一年ほど前から、オルベリアの王都グラスダールにある学園に留学していると聞く。
「もう姉上しか、頼れる人がいないんだ…」
それでも身を潜めながら自国から脱出することは、相当な決意が必要だっただろう。
「王女殿下は今までの経緯はご存知なんですか?」
「いや…。首飾りが献上されたのは、姉上が留学した直後だったし、手紙を出せば、宰相に知られる危険もあった」
ならば姉君は、ユリウスが自身の元へ来るとは露ほども考えていないだろう。
「どうやって王女殿下に会うつもりですか?学園へ入るのは難しいかと」
「どうにかするしかない。……最悪、忍び込むことも辞さないつもりだ」
公的な訪問であれば当然場が設けられるが、お忍びで、しかも理由はどうあれ追われる形で国を出てきたユリウスは、門前払いどころか、すぐに身柄を保護され、バライザに送還されるだろう。
ふいにユリウスが立ち上がった。それにソニアが続く。
「こちらから申し出ておいて勝手だが、ここからはソニアと二人で行く」
声に力は無い。それでも立ち上がるのは、彼が王族だからか、彼自身の国を思う力か。
「すでに迷惑をかけてしまった身で言えることではないが、やはりオルベリアの民を、我がバライザの問題に巻き込むことはできない。ただ……、ひとつだけ、頼んでもいいだろうか」
気が引けるのか、ユリウスは眉を下げた。
「なんですか?」
「お前は運び屋だと言っていたな?……王都にいるある人に、届けてほしいものがある」
ユリウスは左手首のブレスレットを外そうとする。留め具を外さないと取れないタイプのブレスレット。
「…………」
僕は手の中で密かに[無限保存庫]を開き、ある魔法を発動させた。
「……ん、……??」
ブレスレットの金具が外れず、もだもだするユリウス。ソニアか手を伸ばし、
「ユリウス様、私が。……あら…?…おかしいですね…」
代わりに金具を外そうとするが、外れる気配がない。
僕はユリウスの手元を覗き込み、
「届けてほしいものって、それですか?」
「あ、ああ。……だが外れない。こんな時に限って……」
「じゃあ、そのまま届けましょうか」
「は?」
「貴方ごと、王都まで」
「何を言って……」
ユリウスが眉を顰めるが、僕はそれに構わず、
「外せないとなると、無理矢理引っこ抜くか、左腕ごと預けていただくか……」
「ルカさん?」
「冗談です」
隣に移動してきたベルハイトに、名前だけで圧をかけられたので、即行で弁明した。
しかしユリウスは怒ったような口調で、
「さっきの話を聞いていなかったのか?追っ手は俺を捕らえるためなら、それを阻む者を……殺すことも厭わないような奴らだぞ」
ユリウスはぐっと唇を噛み締めるが、言葉は止まらない。
「そもそも、俺の話を何故信じられる?父上も兄上も、説得できなかったのに…!」
魔道具の影響があるとはいえ、変わってしまった父と兄の姿はショックだったのだろう。ユリウスの目に、じわりと水の膜が張った。
僕はお世辞にも口が上手いほうじゃない。人を慰めるのはとても苦手だ。だからつい、
「もし嘘だったら、沈めるだけなので」
「ルカさん、言い方」
ヘディさんの真似しただけなのに…。
隣からじとりと睨まれた。今日はやけに圧が強いが、どうしたんだろう。
ユリウスは、伺うように小さな声で問う。
「……王都まで、一緒に来てくれるのか…?」
僕とベルハイトは一度顔を見合わせ、
「同じ方向だから。別に構いませんよ」
「元々、王都へ行くところでしたから。一緒に行く分には、僕達の好きにします」
ユリウスとソニアを真っ直ぐ見た。
ユリウスが何か言おうと口を開きかけ、ぐっと閉じた。ソニアはその背をそっと支える。
そして、ゆっくり顔を上げたユリウスのその表情は、今までよりも幾分穏やかな気がした。
「……分かった。よろしく頼む」
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
ユリウスの言葉に続き、ソニアが深く腰を折る。
ユリウスとソニアは互いを見て、安堵したような表情を浮かべ、僕達はそれに頷いて応えた。
一旦、話は落ち着いたとして。
取り敢えず朝ご飯が食べたい。
僕はいそいそと魔法鞄を開けたのだが、
「それじゃあ、話がまとまったところで」
そう言って、ベルハイトはにっこり笑って僕のほうを見る。
笑っている。目以外は。
「ルカさんは俺とお話ししましょうか」
あ。これ怒られるやつだ。
僕は頭の中で自分が何をやらかしたか、高速で思案した。




