第二十七話 夜が明けて、闇
夜も更け、日付けが変わって一時間。
リースとソニアはすでに熟睡しており、よほど疲れが溜まっていたのか、毛布をかけても気づく気配はなかった。
寄り添って眠る姿は姉弟のようで微笑ましい。
「眠ってくれて良かったですね。本気で徹夜するつもりかと思いましたよ」
僕の視線の先に気づき、小声で言うベルハイト。彼の近くに腰掛け、こちらもなるべく小さな声で尋ねる。
「どう思います?彼ら」
ベルハイトは顎に手を当て、しばし考えたあと、
「何かあるのは確かですね。リースもソニアさんも、何に対するものか分かりませんが、すごく警戒してる。……誰かに追われてるんでしょうか?」
「かもしれません」
オデットで時間がないと言っていたことや、護衛を必要としていること。リースが異常に警戒している点や、人目を避けた道を選んでいた点。
これだけでは断言できないが、可能性はある。
あとは名前だ。
「ランドウルフに襲われていた時、ソニアさんがリースさんのことを“ユリウス”と呼んでいました」
ベルハイトは少し驚いたように、
「あの距離でよく聞こえましたね…。じゃあ、“リース”は愛称…、いや、主人を愛称で呼ぶわけないか。ということは、偽名?」
本名を名乗らないという時点で、何か隠したい事があると言っているも同然だ。
「ベルハイトさん。バライザの皇子の名前、知ってますか?」
バライザはここオルベリアの東に位置する国で、永く友好国として関係を築いている国だ。二国は大昔は一つの国だったらしく、言語もほとんど同じで、日常会話だとその違いは分からない。
「なんですか、突然。…確か、第一王子がマティアス殿下で、第二王子が……」
ベルハイトはそこで数秒固まり、
「……いやいやいや。そんなまさか……」
額を押さえて首を振る。
僕は焚き火の薪を意味もなく枝で突く。
「まあ、珍しい名前ではないですけど。歳も同じなんですよね」
あのユリウスは御歳十六。リースは僕と二つ違い、尚且つ僕のほうが年上だと言っていたので、彼も十六のはずだ。
ベルハイトは難しい顔で、
「もしそうだとしたら少し……、いや、かなり厄介な事が起こってるのでは…」
「そうですね。引き際を誤れば、僕達の頭は胴体とお別れすることになりかねません。――ヘディさんのでこピンで」
「それ、でこピンの威力じゃないですよ…」
そう言いながらも、ヘディならばやれそうだと思ったのか、ベルハイトは身震いした。
――その時。チリ、と首筋に刺すような感覚が走る。
「……ロブエまで何も起こらなければ、でこピンは回避できたかもしれないのに」
溜め息まじにり呟くと、僕の言葉の意味に気づいたベルハイトが、傍目には分からないように身構えた。
気づいていることを相手に気取られないよう、焚き火を見つめたまま、注意を周辺に巡らせる。
「雑木林の奥、背の高い藪の中。その奥の木の陰。…三人か」
僕は相手の死角になる位置で[無限保存庫]を開ける。
「無限保存庫・開放」
取り出したのは、深淵魔法[黒霧の夢魔]。
黒い霧がぶわりと舞い上がり、一瞬で潜伏者がいる辺りを包み込む。
「――っ!」「――、――!」「――?!」
くぐもった声と、草や葉のガサガサという音がしたあと、やがてそれはパタリと止んだ。
「回収してきます」
ベルハイトにリース達を任せ、一番近い藪の中を覗き込む。そこには覆面と武装をした男が、ぐっすりと眠りこけている。あの黒い霧は吸うと眠りに落ち、悪夢に苛まれる魔法。今は安眠を貪っているが、しばらくすれば悪夢が彼らを襲う。
男を運ぶために[無限保存庫]に入れ、二人目も同様に放り込む。
三人目を回収しようと雑木林に入ると、
「っこ、ども…?護衛は、始末したはず……。貴様……何者だ…っ?」
まだ眠っていなかったようだ。深淵魔法の耐性が高いか、あまり霧を吸わなかったか。どちらにせよ、まともに動くことは叶わないが。
それでも男は襲い来る眠気に耐えながら、口元を歪めて笑った。
「我らを殺しても、無駄だっ…。バライザは、生まれ変わる……。この…オルベリアも、のみこむ、国に…な……」
睡魔に抗えなくなった覆面の男は、糸が切れた人形のように地に伏した。
オルベリアを呑み込む……?
残された不穏な言葉。
その言葉は現実味のない靄のように、ただ曖昧に僕の頭に残っていた。
翌朝の日が昇る時刻。
鳥の軽やかな囀りで、リースは傍らに置いた剣を抜かんばかりの勢いで飛び起き、隣でまだ夢の中だったソニアは盛大に悲鳴を上げた。
昨晩、覆面の男達を捕らえたあと、僕は先に仮眠をとらせてもらい、数時間後にベルハイトと交代して明け方まで見張りをしていた。仮眠から起きたベルハイトは、既に野営地の片付けをしている。
寝ぼけているのか、険しい顔できょろきょろしているリースと、目を瞬いているソニアに声をかける。
「おはようございます」
「…………」
リースは今日も不機嫌絶好調だ。
「お、おはようございます、ルカ様」
挨拶もしない主の代わりではないが、ソニアが申し訳なさそうに言いながら寝癖を押さえた。
「すみません、結局眠ってしまって……」
「構いません。僕もベルハイトさんも野営には慣れてますし。それより…」
スッと奴らのほうを指差す。
「昨夜、来客があったんですけど」
僕の示す方に、つられて目を向けるリースとソニア。そこにいる、縛り上げられた状態で呻きながらも熟睡している三人の男に、リースとソニアが息を呑んだ。
寝起きに見せるには爽やかさの欠片もない光景だが、そうも言っていられない。
顔を歪め、呻きながらも目を開けずにいる男達の姿に、リースは剣の柄を握っていた手を少しだけ緩める。
「……これは寝てる、のか…?」
「はい。こちらもお疲れみたいで。来たのは夜中でしたし、超過勤務かと。夢見も悪そうです」
リースとソニアはそんな馬鹿な、という顔をしていたが、実際、悪夢にうなされているようにしか見えないので、ぽかんとするばかりだ。
僕は野営道具を片付けながら話を続ける。
「この人達は、僕を見て「護衛か?」と言いました。となると、彼らの狙いは僕達ではなく貴方達ということになります」
そもそも、僕はこんな得体の知れない覆面三人衆に襲撃される覚えは無い。ベルハイトはどうだか知らないが、僕以上に無いと思う。
「僕達はオルベリアの一般人です。本来なら見なかったことにして、ここで貴方がたと別れるのが正解だと思います」
僕は溜め息をついて、夢魔に苛まれる男達を見やる。
「でも、この人達がとても不穏な事を口走ったもので、そういうわけにもいかないんです」
バライザは生まれ変わる。この男達は確かにそう言った。そして、オルベリアを呑み込む、と。
一国が変様し、他国を呑み込む。考えたくはないが、まるで侵略を思わせるような言葉だ。
面倒事は御免だ。これは間違いなく僕の本心。
だが、今の暮らしを脅かす事態が迫っているのなら、動く理由としては充分すぎる。
面倒事の範疇外だ。
相手が他国の王族だろうと知ったことではない。必要なことは全て、洗いざらい話してもらう。
僕は数歩距離を詰め、真っ直ぐリースを見据える。
「オルベリアへは、どのような御用向きでしょうか。――ユリウス・ヨラ・エルド・ウルマー第二王子殿下」




