第二十六話 リースとソニア
同行したいという女性の打診に最初に反応したのは、やはり連れの少年だった。
「ソニア?!何を言ってるんだ!」
少年――リースが驚いて抗議するが、女性――ソニアはぎゅっと両手を握りしめて訴える。
「悔しいですが、私ではリース様をお守りできません…っ。もし魔物に……、奴らに襲われたなら、今度は私を盾にしてでも逃げると約束してくださいますか?」
「そんなこと……!……だが……っ」
どちらも譲れず押し黙ってしまった。
僕はずっと疑問に思っていた事を尋ねる。
「なぜオデットで護衛を雇わなかったんですか?」
今オデットには、プラドフロッグ討伐で冒険者が多く滞在している。報酬や条件しだいではあるが、護衛依頼を受けてくれる者もいただろう。
「それは、その……」
何か言えない事情があるのか、ソニアは目を伏せてしまった。
「行くぞ、ソニア!どこの誰とも知れない奴に、護衛なんて任せられない!」
リースの考えももっともだ。しかしソニアはそれでも、
「少なくともお二人は、見ず知らずの私達を何の見返りもなく助けてくださったじゃないですか」
「それは……っ、そうだが……」
二人は護衛を頼む頼まないで揉め始めてしまった。
ソニアの信用を後押しし、リースの不信を拭えるであろう称号を僕は持っている。しかしここでそれを出すには、僕達の彼らに対する信用が圧倒的に足りない。
先程ソニアは奴らと言った。彼らは明らかに、魔物や野盗とは別の脅威を警戒している。
僕はベルハイトを見上げた。護衛依頼は彼の領分だ。
「どうします?護衛依頼なら、受けるのはベルハイトさんですけど」
「そうですね……。依頼として引き受けるのは、少し難しいですね…」
やはりベルハイトも、彼らに何かあることを薄々察しているようで、答えは慎重だった。
リースとソニアは何らかの理由で、オデットで護衛を雇わなかった。さらに僕達が彼らを見つけたのは、まるで人目を避けた、街道から逸れた場所。魔物に出くわしてしまったのも、それが一因とも言える。何かから身を隠すために、あえて普通の旅人が選ばない道を選んだのだとしたら。
下手に彼らの護衛を引き受ければ、依頼という制約で、大変なことに巻き込まれる可能性も無いとは言えない。
ベルハイトの答えに、ソニアは肩を落として俯く。
「そう、ですか……」
僕とベルハイトはお互いの顔を見てから、リースとソニアに向き直った。
「まあでも、同じ方向だから。別に構わないよ」
「そうですね。一緒に行く分には、好きにしてください」
狡い言い方だが、つまるところ護衛という確約はないが、僕達の近くにいれば、多少は安全を取り計らうという曖昧な提示。
乗るかどうかは彼らの自由だ。
「ぜ、ぜひ!よろしくお願いします!よろしいですよね?リース様っ」
「……っ。……分かった。それでいい」
食い気味に言うソニアに押される形で、リースも頷いた。リース自身はもちろんソニアのためにも、そのほうが良い事は彼にも分かっているのだろう。
「申し遅れました。私はリース様にお仕えしています、侍女のソニアと申します。そしてこちらが…」
「…………リース」
ソニアは人好きのする笑顔で、リースは相変わらずムスッとした顔で名乗った。
先程魔物に襲われていた時、ソニアはリースの事を“ユリウス”と呼んでいた。それが本名で、しかもあのユリウスだとすると、僕はまたヘディさんの言う「面倒事」に首を突っ込んだ可能性がある。
これはもしかすると、
「……でこピンじゃすまないかも」
僕が呟くと、何かを察したベルハイトが小さく息を呑む気配がした。
大丈夫。でこピンも二人でくらえば、痛みも半減する気がする。……たぶん。
メルビアに帰ってからのことは、取り敢えず置いておくとして。
「僕は運び屋のルカです。こちらは冒険者のベルハイトさん」
自己紹介と紹介をすると、リースは眉間のシワを深めた。
「お前、運び屋なのか?冒険者じゃなくて?」
どうにも信じ難いらしい。
仕方ないので、僕は懐から運び屋タグを取り出して見せた。
「正真正銘、運び屋です」
「…………、」
じっとタグを見たリースが、何か言おうと口を開いた時、
ぐうぅぅ。
ふいに鳴った音に、三人の視線が一人に……リースに集中した。
「ちが…っ、今のは……!」
「朝食を摂らずに出てきましたものね…」
否定しようとするリースの努力を、ソニアが呆気なく水泡に帰した。リースは少し赤くなって渋い顔をしている。
見かねたベルハイトがソニアに声をかける。
「ちょうど休憩するところだったし、ソニアさん達は何か食べたらどう?」
「ありがとうございます。そういたしましょう、リース様」
「…………」
にこやかなソニアと仏頂面のリース。
僕とベルハイトは対照的な二人を連れて街道に近い場所に移動し、休憩をとることにした。
まだ昼食には早い時間のため、僕とベルハイトは甘い物と水分補給。今日はまだ何も口にしていなかったリースとソニアは、パンとチーズで軽い食事を摂っている。
「リース様。お水はこちらに置いておきますね。パンとチーズも、まだありますので」
「ああ」
リースは一人だけそっぽを向き、黙々とパンを口に運んでいる。
「ルカ様は運び屋で、ベルハイト様は冒険者と仰っていましたが、お二人とも、とてもお強いのですね」
「……」
ソニアが感嘆したように言うと、リースの意識がこちらへ向くのが分かった。
ベルハイトは頬を掻きながら、
「俺はまぁ、多少は使えないと仕事にならないんで。ルカさんは、なんというか……」
言葉に迷っているのか、「うーん…」と口元に手を当てている。僕は首を傾げ、
「僕も仕事柄ですが」
「どこがですか」
おかしな事を言うな、みたいな顔をされた。
「運び屋も街から街へ移動します。身を守る術は身につけて損はないです」
街道も、決して安全というわけではない。僕が短剣の扱いを覚えたのは、荷を守るという意味もなくはない。[無限保存庫]に入れている魔法はそもそも僕の魔法ではないので、カウントしないでほしい。
ベルハイトは呆れのような、もしくは諦めのような表情で首を振る。
「そういう時は普通、護衛を雇うんですよ。魔物や野盗を自分で蹴散らしながら荷を運ぶ運び屋なんて、聞いたことないです」
「む……」
まるで僕が非常識みたいではないか。
護衛なしで荷を運べるのは、費用対効果的に良いはずなのに。
僕とベルハイトのやり取りを聞いていたソニアは、微笑ましいものを見たように笑う。
「ふふふっ。ルカ様とベルハイト様は、仲がよろしいんですね」
……。仲がいい……?
なぜそう見えたのか分からず隣を見れば、同じくこちらを見たベルハイトと目が合うが、
「……っ」
すぐに逸らされた。なぜ。
ベルハイトはぱたぱたと手で顔を仰ぎながら、ソニアのほうを向く。
「ところでその……、呼び方なんだけど」
「呼び方、ですか?」
「様付けはやめてほしいかな」
困ったように言うベルハイトの横で、僕も頷く。なぜかソニアは僕とベルハイトまで、「様」をつけて呼ぶのだ。
するとソニアは、
「お二人はリース様と私の恩人ですから。礼を尽くすのは当然です!」
「いや、そんなに気にしなくても」
ベルハイトがやんわりと止めようとするが、
「いいえ!私はリース様の侍女です。私が礼儀をわきまえなければ、主の顔に泥を塗る事にもなります!」
ソニアからすると譲れない点らしいが、主であるリースは否定も肯定もせず、ちまちまと二つ目のパンを食べている。時折僅かに横顔の表情が変化するので、会話を聞いてはいるようだが。
結局、ソニアの意志が固く、呼び方に関してはこちらが折れるしかなかった。
休憩と昼食を挟みながら街道を行くこと約六時間。あれからトラブルに見舞われることなく、野営に適した場所につき、夕食を済ませ、そろそろ休む頃合いになった時。
「俺は寝ない。見張りをする」
そう言ってリースは木の幹にもたれて座り、「絶対に寝ないからな」と目で訴えてきた。その見張る相手には僕とベルハイトも含まれているのだろう。さらにソニアも、
「見張りでしたら私が!皆様は休まれてください!」
おそらくリースとは違う意向で、見張りを志願してきた。二人とも何を言っても引き下がりそうにない。もう問答するのも無駄だろう。
「僕とベルハイトさんは交互に見張りをします。お二人は好きにしてください」
こうするしかない。
休むように言ったところで、リースは拒否、ソニアは遠慮するだろう。二人とも野営に慣れていないようだし、疲れも溜まっているように見える。天辺を超える頃には寝落ちするだろう。
予想どおり、リースは日付けが変わる前には船を漕ぎ始め、数分と待たず寝息を立てていた。それを見守っていたソニアもまた、リースが休んだことに安心したのかウトウトし、寄り添うように眠った。
そして。
リースとソニアが本当に警戒していたものが現れたのは、日付けが変わって暫くした頃だった。




