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底無しポーターは端倪すべからざる  作者: さいわ りゅう


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第二十五話 徒歩道中の道連れ

 オデットに一泊した翌朝、僕とベルハイトは王都へ行くため、乗合馬車でオデットの次の町――ロブエへ向かっている。


 ――はずだった。


「これは酷いですね……」


 ベルハイトの溜め息混じりの呟きを聞きながら、僕は目の前の現状を見やる。

 そこにあるのは、今日乗るはずだった馬車の無残な姿。荷台はほとんどそのままだが、車輪がことごとく壊されている。しかも予備の車輪まで壊す念の入れようだ。

 さらに修理用の資材も足りないらしく、どうあっても、今日明日中に出立できそうな雰囲気ではない。


 しばらくして、御者に話を聞きに行ったベルハイトが戻ってきた。


「今からユトスへ資材を調達に行くそうですが、戻って来られるのは早くても明日の夕刻なので、修理を始められるのは明後日になるそうです」


 これもあくまで、順調に事が進んだ場合の話だ。ユトスですぐに資材が揃わない場合もあるし、天候次第で出立できない可能性もある。


 今から徒歩でオデットを出れば、野営を挟むことにはなるが、明日の午前中にはロブエに到着ぎきるだろう。

 つまりこの状況では、徒歩で向かったほうが確実に早い。


「あまり時間をかけるわけにもいきませんし、歩きましょうか」


「そうですね」


 ベルハイトの言葉に頷き返す。

 今回運んでいるのは謎の魔石だ。正体の分からない物を運んでいる以上、のんびりとはしていられない。


 ただ気がかりなのは、誰が何の目的で馬車を壊したのかだ。狙われたのは馬車のみで、予備まで壊す周到さは、何か意図がある気がしてならない。


 朝食を摂りしだい出立しようと話していると、突然、


「そんなに待てないんだ!なんとかならないのか?!」


「そう言われても、無理なものは無理なんだよ」


 声のほうを見ると、乗合馬車の御者に食ってかかる少年と、それを宥める女性の姿があった。どちらもフードを被っていて、顔はよく見えない。


「リース様、これ以上は……」


 少年はまだ食い下がろうとしていたが、周囲からちらちらと視線が集まっていることに気づき、口を噤んでさっと踵を返した。女性は御者に頭を下げ、急いで少年の後を追う。


 彼らも乗合馬車に乗る予定だったのだろうが、何か急ぐ事情があるようだ。あの様子だと、あの人達も徒歩でロブエに向かうかもしれない。


「…………」


 何か気になるものを感じながら、ベルハイトに呼ばれ、踵を返した。






 オデットを出てから三時間程。

 そろそろ休憩を挟もうかという時に、不穏な音が聞こえてきた。


 (かす)かな人の声と、獣の声。


「ベルハイトさん」


 声をかけるとベルハイトが頷き、二人同時に駆け出す。


 駆けつけた先には、人影が二つとそれを取り囲む五体の魔物がいた。

 ランドウルフ。群れで狩りをする獰猛な魔物。


「ユリウス様!私に構わず、お逃げください!!」


「バカなことを言うなっ!」


 倒れ込んだ女性と、彼女を庇うようにその前に立つ少年。あの声と背格好は、オデットで御者と問答していた二人だ。

 

 少年は剣を構え、果敢にランドウルフを睨み据えるが、その手は震えている。


 僕とベルハイトは斜面を一気に滑り降り、魔物の意識がこちらへ向くよう仕向けた。


「ッ?!」「ヴゥゥッ」


 それにのせられた数体が唸り、他のランドウルフも僕達を警戒する。睨み合いが数秒続いたあと、五体のランドウルフが一斉に襲い来る。


 一体目を避け、そこに飛び込んできた二体目の喉を短剣で裂く。視界の端に見えた三体目の跳躍を屈んで躱し、


「ギャンッ!!」


 反転して飛びかかってきた一体目を斬り伏せた。その間に三体目は再び少年達に標的を変えたが、


「ッガ!!」


 投げた短剣が頭部に刺さり、地面にどさりと落ちた。


「大丈夫ですか?」


 ランドウルフの頭から短剣を抜きながら問うが、少年も女性も返事がない。目の前まで来たから驚いたのだろうか。


 ベルハイトのほうを見ると、二体目を仕留めたところだった。


「ルカさん、大丈夫……ですね」


「はい。そちらもご無事で」

 

 ベルハイトの力量はだいたい把握しているので心配はしていなかったが、やはりランドウルフは相手にならなかったようだ。

 そんな事を考えていると、放心していた女性がふらりと立ち上がり、


「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」


 そう言って深々と頭を下げた。


「いえ。それより、腕を見せてください」


 女性の左前腕にはランドウルフの爪によるものと思われる傷があり、血が滲んでいる。幸い浅い傷のようだが、このままにしておくのは良くない。


「あ、これくらいなら手当てだけで…」


 僕が魔法鞄(マジックバッグ)から治癒薬(ポーション)を取り出すと、女性は慌てて手を引っ込めようとした。僕は傷に障らないようそれを制止する。


「魔物から受けた傷は、できれば治癒薬(ポーション)を使ったほうがいいです。普通の獣が持たない菌や毒素などが付着している可能性があるので」


「そ、そうなのですか?…あ、治癒薬(ポーション)なら持ってますので…!」


「もう開けたので、お構いなく。――少し沁みますよ」


 女性の手当てをしている間、少年はずっと僕のほうを見て……いや、睨んでいる。突然現れた見知らぬ人間を怪しむのは分かるが、なぜ僕だけを睨んでいるのか。


 僕は女性の腕に包帯を巻きながら、声だけ少年に向ける。


「貴方は大丈夫ですか?」


「っ!」


 話しかけられると思っていなかったのか、視界の端で少年がびくりと跳ねた。


「怪我は?」


「…………ない」


 改めて視線を向けると、ややあって、少年は短く答えた。視線と同じく不機嫌そうな声。


「そうですか」


 女性の手当てが終わり、僕は荷物を魔法鞄(マジックバッグ)に直した。


「では、僕達はこれで」


 そのまま立ち去ろうとしたのだが、


「待て!」


 少年に呼び止められた。あまり関わりたくなさそうだったので、早めに退散しようとしたのだけど。


「……お前、歳は?」


「?」


 なんで年齢を訊くのか。

 僕の反応が薄くて苛立ったのか、少年は少し語気を強める。


「いくつだ?」


「……十八ですが」


「十八?!俺より上なのか?!」


 そんなに驚かれると少し複雑なのだが。僕が年上だと、何だというのか。


「…………」


 なぜ睨む。


「……お前、なんであんなに強いんだ」


 一体彼は、何が訊きたいのだろう。

 じっと僕を睨みつける少年の横で、女性は困ったように眉を下げている。


「なんでと言われても…」


 なんと答えたものか迷っていると、隣で、


単独(ひとり)魔窟(ダンジョン)に潜ってヤバい魔物を狩ってたから」


 ベルハイトが僕にしか聞こえないよう、ぼそりと呟いた。ちらりと見上げると、彼はわざとらしく目を逸らす。

 

 その言い方だと、ただの命知らずみたいじゃないか。


 少年はじとりと僕を見て、

 

「俺と二つしか違わないし、俺より小さいし細いし、それに……女みたいなのに」


 小さいと細いはともかく、女みたいに見えるのは、女だからだと思う。


「リース様っ。失礼ですよ!」


「ルカさんは正真正銘、女性です!」


 女性の叱責とベルハイトの訂正が重なった。……なぜ貴方が訂正するのか。


 ベルハイトの言葉に少年と女性は目を丸くして僕を見ていたが、気まずそうに声を顰める。


「それは……、…悪かった」


「すみません、てっきり……」


 そんなに申し訳なさそうにされると、居た堪れない。


「いえ。よく間違えられるので」


 このやり取りも昔からやってるので、もはや決まり文句だ。よくよく考えると、初見で女だと認識される事のほうが少ない気がする。「よく間違えられる」と言うより、「ほぼ間違えられる」。


 少しだけ空虚な気持ちになっていると、女性がおずおずと口を開く。


「……あの。お二人はどちらへ?」


「ロブエです」


 最終的には王都だが、そこまで答える必要はないだろう。

 この状況で行き先を訊いてきたということは、もしや…。


 ロブエと聞いた女性はしばし考え込んだかと思うと、ぱっと顔を上げ、


「差し出がましいお願いですが、ご一緒させていただけませんでしょうか」


 切羽詰まった表情でそう言った。

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