第十四話 エンカウント
メルビアに戻ってから数日が経った。
僕はメルビア内での運送業務をこなし、その間ベルハイトは、メルビア周辺の地理を把握するため、討伐や採取依頼を請け負っていたようだ。
なので今日、数日ぶりにベルハイトと会ったわけなのだが……。
「…………」
「…………」
なぜ彼は目を逸らすのか。
目を見て話していても、偶然視線が合っても、すぐに気まずそうに逸らされる。
「……ベルハイトさん。何かあったんですか?」
「え?いや、特に何も…。なんでです?」
「なんでって…」
無意識なのだろうか。
試しにじっと目を合わせてみる。
「……」
「……?」
「…………」
「あの…、ルカさん?」
「…………」
「…………ぅ……」
ぅ、て言ったな、今。…あ、逸らした。
それに顔が少し赤い気がする。具合が悪いのだろうか。いや、さっきまでは普通だったと思う。
これは……絶対に何かある。問い詰めるべきなのか、そっとしておくべきなのか。
どうすべきか考えあぐねていると、
「…あー…、えっとですね……。…これは、その…」
僕が何を気にしているか気づいたようだ。
物凄く言い辛そうに口元を押さえているせいで、よく聞こえない。
やがてベルハイトは何かを観念したように、口元から手を離した。
「なんと言うか、条件反射……のようなものなので…」
「条件反射?」
「いえ、その……俺自身の問題というか、自分との戦いというか……。とにかく、そのうち落ち着きますから。……たぶん」
「……。そうですか」
結局よく分からなかったが、彼は己の何かと戦っているらしい。……慣れない場所で生活するストレスだろうか。
ベルハイトは冒険者だから、あの少しめんど……絡み癖のあるヴィクトルにも、よく会うだろうし。つまり日常的に素面の酔っ払いに絡まれている可能性がある。それは同情を禁じえない。
今、僕とベルハイトは冒険者ギルドにいる。
今日は運送業務でここに来たのだが、偶然ベルハイトと鉢合わせた。挨拶から始まって、ここ数日の話を聞いていたら、先程の謎の挙動が始まった。あれはどうしたって気になる。
しかし、本人が触れないでほしいようなので、これ以上は深掘りするわけにもいかない。
「今日は魔窟に行こうと思って」
気を取り直して、ベルハイトが今日の予定を話す。今日はこれから、メルビアから一番近い場所にある魔窟――ドラナト魔窟に行くらしい。
ドラナト魔窟は、メルビアの西に位置する山岳地帯にある魔窟で、僕も何度か潜ったことがある。
このあとは予定も仕事も無いので、僕も同行することにした。
「ドラナト魔窟関連はこの辺りですね」
ベルハイトは掲示板にずらりと貼られた依頼から、目当ての内容を探し出した。素材採取から魔物討伐まで二十以上はある。
ベルハイトはちらりと周囲を確認してから小声で、
「ルカさんは、この魔窟に入ったことって…」
「あります」
だってメルビアから一番近いし。
ベルハイトは、何故か困った子供を見るような目で僕を見ながら問う。
「ちなみに、どの辺りまで何をしに?」
「いろいろです。あそこに群生している薬草採取だったり、中層にいるクライトータスの甲羅を取りに行ったり、深層に魔道具を探しに行ったり」
「……依頼じゃない、ですよね?」
ベルハイトの顔が少し引きつった。
「依頼ではない、ですね。僕、運び屋なので」
これらは間違っても、運び屋にくる依頼じゃない。魔道具に関しては、バージルから直接頼まれたものだが。
この手の内容だと、依頼先は冒険者ギルドになる。冒険者ギルドに依頼されたものは、基本的に冒険者しか受注できない。しかし称号持ちは例外で、どのギルドにある依頼でも受けることができる。僕が先日、逃走した野盗の捕縛を依頼として引き受けられたのは、称号持ちだからだ。
僕は、冒険者ギルドで依頼を受けると目立つので、余程のことが無ければ受けていない。
ベルハイトは片手で額を押さえている。
「それって、全部一人で?」
「一人ですね」
なにを今更。タストラの時も一人で行ったじゃないか。
僕が首を傾げていると、ベルハイトは短く息をつき、納得したように呟く。
「これはヘディさんが過保護になるわけだ……」
ヘディさんが何か言ったのだろうか。いつの間に仲良くなったのだろう。
結局、初めて潜る場所ということで、上層と中層の手前で済む採取依頼を、二つ受けることにしたようだ。受付カウンターにいたアリスに手続きをしてもらい、準備が整った。
「そうでした、ルカさん。念の為お伝えしておきたい事が」
ギルドを出ようとした時、アリスに呼び止められた。
「なんですか?」
「一昨日、[真なる栄光]がユトスから戻ってきまして」
一昨日か。あの後も随分のんびりしたようだが、依頼のほうはどうなったのだろう。
「だいたい予想できますが……、どうでした?」
僕が問うと、
「予想されている通りです。話になりませんでした」
アリスが溜め息とともに吐き出し、紙束を取り出した。
「彼らが持っていたこのメモ、ルカさんが書いたものですよね?」
「そうです。依頼に関する物だったので彼らの荷物に入れておきました」
僕がユトスへ行く時に書き溜めたものだ。
ティモン達が気づいたのは意外だが。
「そのメモを報告書と言って提出してきたんです」
「それは……」
愚行だ。
「愚かとしか言いようがありません」
アリスは再び溜め息をついた。
そもそもあのメモは、調査内容を簡易的に書き込んだものにすぎない。しかも行きのみ。それを報告書として提出するとは、アリスが呆れるのも当然だ。
「気をつけてくださいね。彼らがルカさんを見つけたら、十中八九、絡んでくるかと。ここでも駄々っ子のように騒いでいきましたから」
盛大にやらかしたな、あの人たちは。
それよりも、
「大丈夫でしたか?」
案じる言葉をかけると、アリスは一瞬きょとんとして、
「ええ、問題ありません。これでもこの仕事を始めて長いですし、なにより、居合わせた冒険者の方々が助けてくださいましたから」
余裕を見せるように、にっこりと笑う。
「ルカさんなら大丈夫だと思いますが、どうぞお気をつけて。ベルハイトさん、よろしくお願いしますね」
「?分かりました。ありがとうございます」
「了解です」
今、ベルハイトは何をお願いされたのだろう。分かっていないのは僕だけのようで、ベルハイトは何の躊躇いもなく承諾した。
「???」
最後の二人のやり取りだけはよく分からないまま、僕はベルハイトと一緒にギルドを出たのだった。
「[真なる栄光]って、ルカさんがユトスまで同行してたっていう、冒険者パーティーですよね?」
冒険者ギルドを出ると、ベルハイトが歩きながら尋ねてきた。僕もその隣を歩きながら頷く。
「やっと帰って来たみたいです。まぁ、本当に行って帰ってきただけですけど」
「はは…。その人達って、駆け出しなんですか?」
「パーティー自体は二、三ヶ月前に結成したらしいですが、ヴィクトルさんから聞いた話では、冒険者になったのは四人とも三年以上前だとか」
僕の説明に、ベルハイトは不思議そうに言う。
「今までに聞いた限りだと、冒険者として活動が続けられるようには思えないんですが…」
その疑問は当然だ。
あのような、信用を得られないうえに杜撰な仕事ぶりでは、まともに報酬を受け取れることのほうが少ないだろう。
「これは噂なので真偽は分かりませんけど、リーダーのティモンの実家が裕福で、活動資金にだけは困らないそうです」
「依頼を達成できずに報酬が受け取れなくても問題ない、と」
「そんなところです。ただそれは、依頼主はもちろんですが、ギルドや他の冒険者達にとっては、迷惑な話ですけど」
「まったくです……」
冒険者にもいろいろな人がいる。魔物とやりあったり、魔窟に潜ったりすることが日常なため、荒くれ者も多い。しかしそれでも大半は依頼を堅実にこなし、他者の迷惑となることを良しとしない実直な人達だ。
そんな彼らの努力や実績を、己の利益しか考えない一部の人間の言動が損なっている。冒険者達は基本的に個人やパーティーで活動するが、どうしても[冒険者]という枠組みで見られることも多いため、他者の影響で身に覚えの無い不評を買うこともある。
噂をすれば、みたいな展開は御免なので話題を変えようと思った、その時だった。
「―――ルカ!!!」
冒険者ギルドを構える通りに響いた声は、残念なことに聞き覚えのあるものだった。




