〈別視点〉ベロニカの不満と楽観
「ね〜ぇ、ティモン。そろそろメルビアに帰ろーよぉ」
ユトスに来てから十日くらい経って、あたしは正直退屈していた。小さな町だし、のんびりはできるけど、観光するような所は無い。買い物だって、売ってる服とか靴はイマイチだ。
「そうだな。メルビアのほうも俺達がいなくて困っているだろうし、そろそろ帰ってやるか」
あたしがお願いすると、ティモンはすぐに支度を始める。まぁ、カワイイ恋人のお願いだから、当然だよね。
帰りは乗合馬車で帰ることにした。行きはルカがうるさくって、歩かされたうえに野宿までして最悪だった。
ルカのやつ、男のくせに細かいこと言ってくるし、ちょー身の程知らずだった。結構カワイイ顔してたから、ティモンに内緒で遊んであげようかな〜って思って声かけてやったら、あいつ「興味ないです」とか言ったの!このあたしのこと、興味ないって!ホント、信じらんない!!
メルビアに到着して、そのまま四人で冒険者ギルドに行った。めんどくさいけど、依頼の達成報告をしなきゃ報酬貰えないし。
「[真なる栄光]だ。依頼を終えてきた」
ティモンが依頼書をギルド職員に渡した。
このギルド職員の……アリスだっけ?顔はまあまあ良いけど、ちょーブアイソ。
アリスは依頼書をちらっと見てから、なぜか溜め息をついた。
「ティモンさん。報告書はどちらに?」
「は?報告書?」
ティモンだけじゃなく、あたし達も首を傾げる。
「今回、貴方がたが受諾したのは街道調査です。調査であれば、その結果を記した報告書が必要です」
「そんなこと知るか!聞いてないぞ!」
「調査行う際の常識ですし、依頼書にも明記してあります」
アリスは依頼書をカウンターに置いて、『報告書の作成・提出をもって依頼完了とする』という一文を指差した。
「こ、こんな小さな字で書くほうが悪い!」
「依頼内容の説明と同じ文字サイズですし、重ねて言いますが、そもそも報告書の作成は常識です」
「ぐ……っ」
ティモンってば、こんな女に言い負かされてんじゃん……。正直ティモンって顔はいいんだけど、ちょっと頼りない時あるんだよねー。
その時あたしはふと思い出した。そういえば、メルビアからユトスに行く時、ルカが何かメモってたような気がする。あれってもしかして……。
「ねぇねぇ、ティモン!」
「どうした?ベロニカ」
ティモンにルカのメモの事を話し、みんなで荷物の中を探す。
もぉ〜、どこにあるの?!ルカのやつ、まさか持ってったりしてないよね?
「あったわ!これよ!」
カミラが荷物の底から取り出した紙の束を確認して、あたし達はニンマリと笑う。
「あー、報告書だな?もちろんあるさ。ほら」
ティモンがカウンターに投げた紙の束を、アリスは数枚めくった。そして、また溜め息。
「これはまだメモの段階ですね。一般的に、これをまとめたものを報告書と呼びます。規定の書式があるのはご存知ですよね?」
「なっ…!調べた事が書いてあるんだから同じだろう!」
「それにこれ、往路だけですね」
「は?」
「復路はどうしたんですか?」
「行きも帰りも同じ道だぞ?!それで充分だろう!」
ルカが一緒だったのは行きだけだから、帰り道のメモなんて無い。
「街道調査は必ず往復を徒歩で行い、時間帯は往路と復路で変えることが常識であり、依頼書にも明記してあります」
なにそれ!頭固すぎじゃない?この女!
「これでは依頼完了とは認められません」
「ちょっ……、それじゃあ報酬貰えないってこと?!」
あたしは思わずカウンターに身を乗り出した。
「当然です。このような杜撰な仕事……いえ、仕事と呼ぶことすらできないものに、支払う報酬はありません」
そんなのあんまりでしょ!報告書がないくらい、大目に見てくれてもいいじゃん!
そう思ったのは他の三人も同じで、
「お前じゃ話にならない!ギルド長を呼べ!」
「そーよ!わざわざユトスまで行ってきたのに、報酬くれないとか意味わかんない!」
「貴方、私達にそんな口きいて…クビになりたいの?」
「さっさと呼んで来たほうが身のためだぜ?」
みんなで一斉に、生意気なギルド職員に詰め寄った。すると後ろから、
「お前ら、いい加減にしろよ」
……は?なに?あたし達に言ったの?
振り返ると、ギルドにいた他の冒険者達があたし達を取り囲んでいる。
「な、なんだお前達!関係ない奴が口出しするな!」
ティモンが怒鳴ったけれど、
「口を出したくなるような事してるって、自覚ねぇのかよ」
「アリスさんは何も間違ったこと言ってないじゃない」
「そうですよ!ちゃんと規定に則ってやらないのが、いけないんじゃないですか!」
「どう考えても、お前らの不始末が招いたことだろ」
みんな口々にあたし達が悪いと言って睨みつけてくる。
な、なんなのコイツら!
「……ちっ!揃いも揃って馬鹿ばかりだな!」
怒鳴りながら外へ向かうティモンに、あたし達も続いた。
「ほんと、やってらんない!」
「これ以上ここにいたら、馬鹿が伝染るわ」
「めんどくせー。行こうぜ」
あたし達は何も間違ってない。四人ともそう思ってギルドを出たけど、正直報酬を貰えなかったのは痛い。これじゃあ今週出る新作の靴、買えないじゃん!
あたし達はパーティーハウスに戻って、今後の話をしていた。あたしが一番気になっているのは、この先誰が荷物を持つのかってこと。
「ねぇティモン。これから荷物はどうするの?」
「魔法鞄を用意するさ。なに、心配しなくても俺が全員分用立てる」
ティモンは得意げに言うけど、きっとお父さんかお母さんに買ってもらうんだと思う。だってティモン、依頼の報酬も家から貰ってるお金も、すぐ使っちゃうし。まぁ、あたしへのプレゼントを買うためでもあるけど、それは恋人に対する当然の愛情表現よね。
ていうか、そうじゃなくて。
「魔法鞄ぅ?あれって魔力補充したりとかしないといけないんでしょ?めんどくさ〜い」
「それに私達のような有能な人間が、荷物を持つなんてありえないわ」
「だよなぁ」
カミラとゲイルもあたしと同じ意見だ。
最初の頃は仕方ないから自分達で荷物も持ってたけど、今となってはそんなの考えられない。荷物なんて他に能のないやつが持てばいいって、ティモンだって言ってたじゃん。
「それはそうだが…」
「てゆーか、またパーティーに入れればいいんじゃん?[保管庫]が使える運び屋、メルビアのギルドにあと二人いるんでしょ?」
そーだよ!あたしってば冴えてる〜。
ティモンは少し考えていたけど、すぐ頷く。
「そうだな…。よし、そうしよう!」
他の二人ももちろん賛成して、今度みんなで運送ギルドに行くことにした。
一つだけ気になるのは、今度の運び屋は、ちゃんと役に立つ奴かってことだけど……。ま、ダメだったらまた別の奴にすればいっか。




