第十二話 ルカと運送ギルド長
翌朝。
ベルハイトを冒険者ギルドの宿舎に迎えに行き、一緒に運送ギルドを訪れた。
運送ギルドの扉を開けると出迎えたのは、良く言えば明るく、悪く言えば軽い声。
「……あれ?ルカさんじゃないっスか〜。おかえりなさーい」
運送ギルド職員のパスカルだ。
「只今戻りました」
「お連れさんがいるなんて珍しい…。…はっは〜ん?さてはコレっスね?」
ニヤリと笑ったパスカルが立てたのは――小指。いろんな意味で違う。彼は仕事はできるのに、いつもどこか残念だ。
「ヘディさん、いますか?」
真面目に答えるだけ無駄だと分かっているので、スルーして用件を告げる。
流された事を気にもせず、パスカルはちらりと支部長室のほうを見て、
「いるんですけど、今めっちゃ機嫌悪いんスよー。ハンコ押しながら、こぉーんな顔してて。あんなの見たら、深層の魔物だって逃げだしちゃいますよ」
ヘディの顔真似のつもりなのか、自分の顔を手でグイッと歪ませながら、一人でケラケラ笑っていたが、
パコンッ
「あぃてっ」
「――誰が深層の魔物ですって?」
背後から気配も無く現れた人物に、丸めた冊子で後頭部を叩かれた。
パスカルは唇をとがらせながら、
「違いますよー。深層の魔物じゃなくて、深層の魔物も逃げだすような顔って言ったんじゃないですかぁ」
「余計悪いわっ」
バコンッ
追撃をくらった。いや、自爆か。
「おかえりなさい、ルカ」
「只今戻りました」
運送ギルド・メルビア支部の支部長、ヘンドリクス。通称ヘディ。すらりとした長身の男性で、僕が言うのもなんだが、あまり愛想は無い。
「想定より帰りが遅い上に、アンタだけってことは…」
「お察しの通りです」
僕は魔法鞄から[真なる栄光]との契約書類や解雇に関する書面を取り出し、ヘディに手渡す。
ヘディは書面に目を通しながら、
「あんな感じだったから、期待はしてなかったけど。ヴィクトルに指導不足で迷惑料でも請求しようかしら」
不穏なことを言う。
実際にはやらないと分かっているので、何も言わないが。
ヘディとヴィクトルは仲が悪い。いや、ヘディがヴィクトルを嫌っている、と言うのが正しい。曰く「あのテキトー男とは合わないのよ」とのこと。
解雇理由を見たヘディが、目を細める。
「――ふん。『役立たず』ね…。一応訊くけど、詳細は?」
僕はティモン達から言われた事を正確に伝えた。
「チッ。…クソガキどもが」
舌打ちとともにボソリと吐き出された重低音は、聞こえなかったことにする。
「アンタを行かせて正解だったわね。他の二人なら、途中で逃げ出してるわ。当然だけど」
ヘディは書類をまとめてパスカルに手渡すと、こちらへ向き直り、
「あとはこっちで処理するわ。ご苦労だったわね」
「いえ」
「――で、アンタは?」
ヘディが、ついっと視線を動かす。そのやや鋭い視線に、黙って僕達の会話を聞いていたベルハイトは、少し身体を強張らせた。
「冒険者のベルハイト・ロズです。ルカさんにはユトスでお世話になりまして、その縁でこちらに移って来ました」
「いろいろあって、しばらくお互いに同行することになってます」
ベルハイトの挨拶に続けてそう告げると、ヘディだけではなくパスカルも、近くにいた別の職員も僕を見た。
え、なに。
驚かれるとは思っていた。[真なる栄光]の件もあるので当然だ。しかし、なんだろう。思っていたのとは違う視線が向けられている気がする。
「…アンタが?他人が同行するのを承諾したの?」
「まあ、はい」
僕の団体行動嫌いは、ヘディもパスカルも知っているが、必要に応じて誰かと行動することは今までにもあった。……片手で数えられる程度だけど。
ヘディは腕組みをし、ベルハイトをじっと見やる。
「ふぅん……」
じーーーーーーー。
この視線に音をつけるなら、こんな感じだろうか。
ヘディさんが初見の人を観察するのはよくあることだが、周囲に悟られるやり方はしないし、こんなにあからさまなのは珍しい。いや、僕が知る限り初めてだ。
ヘディはベルハイトのほうへ、距離を一歩詰めた。
「アンタ、歳は?」
「に、二十五です」
「冒険者になって何年?」
「もうすぐ二年です」
「結婚は?」
「え?いや…してないです」
「恋人は?」
「いません……けど…?」
「お酒は?」
「嗜む程度に…」
「煙草は?」
「吸いません…」
「ギャンブルは?」
「したことない、です…」
尋問さながらの空気で身辺調査が行われている。
根掘り葉掘りを通り越して、土壌ごとひっくり返すように質問攻めするヘディ。それに戸惑いながらも律儀に答えるベルハイト。
続く尋問は、趣味や好きな食べ物にまで及んでいる。
「――ルカ。ちょっと来なさい」
「…………」
訊きたいことを全て訊き終わったのか、ヘディは僕に声をかけて支部長室に戻っていく。僕もそれに従って中へ入った。
「あの坊や、どこまで知ってるの?」
ヘディから見ると、ベルハイトは坊やになるのか。
「[無限保存庫]と称号のことは知ってます」
「…そう。……目立つのが嫌いなアンタが、どういう風の吹き回し?」
「……成り行きで」
「成り行き?」
「成り行きです」
タストラ魔窟での事は、内密にしたい。しかし、今後ベルハイトに同行することは隠しようがない。
成り行きという理由に、納得いかない様子のヘディは畳みかけてくる。
「そもそも、冒険者に同行するってことは、魔窟に入ることもあるってことよねぇ?」
「はい」
圧が凄い。
ヘディは腰を折り、ずいっと顔を近づけた。
「アタシ、言わなかったかしら?魔窟に入るのはほどほどにしなさい、って」
「言われました。なので、ほどほどに入ります」
「阿呆か!」
ばっちーーーん!
額に、ヘディのでこピンという名の衝撃が走った。
「ほどほどにしなさい、は可能な限りやめなさいって意味よ!」
「それは知りませんでした」
おでこがヒリヒリする……。
「あーーーもうっ!ああ言えばこう言う!」
「口だけは達者みたいで」
「他人事みたいに言うんじゃないわよっ!」
「俯瞰して見ることも大事だと…」
「言ったわね!昔アタシが!!」
ヘディはふらりと支部長室の大きな机に手をつき、肩で息をした。
「はぁ、はぁ、はぁ…………。今ので血圧上がったわ……」
「お大事に」
「やかましいわ!」
振り返った顔はパスカルの顔真似そっくりだった。
やがて特大の溜め息を吐き出すヘディ。
「…ったくもう…。大人しいフリして、行動力だけはあるんだから…」
眉間のシワを指でほぐしながら、机に軽く腰掛けた。
「ありがとうございます」
「褒・め・て・な・いっ」
片手で両頬を力いっぱい挟まれた。背が高いだけにリーチが長いな。
「いいこと?基本的には今までどおり、本業が優先よ」
「もひろんへふ。ほうほーふるのは」
「待って、何?」
ヘディが手を離した。
「もちろんです。同行するのは街の外に出る時だけの予定なので」
「まあ、メルビア内での運送業務に冒険者がついて来ても、やる事ないものね…」
ヘディは一見、冷たいように見えるが面倒見がいい。僕の事も運び屋を始めた時から知っているので、何かと気にかけてくれる。
「とにかく!アンタはあくまで運び屋なんだから、自重すること。いいわね?」
「はい」
「はぁ……。本当に分かってるんだか…」
ヘディは額に指を当てて、溜め息をついた。
「なんか大きな声が聞こえましたけど、大丈夫ですか?」
支部長室から出ると、ベルハイトが心配そうに駆け寄って来た。
「問題ないです」
事実、問題ないので僕は平然と答えて外へ向かうが、彼は納得してない顔だ。
「………………」
運送ギルドの外に出ても、ベルハイトは曇った表情のまま。数歩も進まないうちに、その場に立ち止まったので、僕も止まる。
「もしかして、俺と一緒に行動することを咎められました?…ルカさんの本業は運び屋ですし…。俺に付き合って魔窟に潜ったりとか、反対されたんじゃ……」
ベルハイトの指摘は間違っていない。最終的に押し通したが、実際ヘディは反対気味だ。僕が言う事を聞かないから諦めているだけで。
でも、僕には僕の意思がある。
「たとえ反対されたとしても、決めるのは僕です」
この際、はっきり言っておかなければならない。
「今までもこれからも。誰かに害が及ばない限り、僕がやることは僕が決めます」
「……………」
伝わるだろうか。貴方も諦める必要は無いのだと。
僕はベルハイトに近づき、小声で言う。
あまり大きな声で言うことではないので。
「それに、前に話したでしょう?僕は今までに何度も、魔窟に潜ってるんです」
「あ」
目を丸くして固まるベルハイト。
何度も、というのがどれくらいの頻度かは、ご想像にお任せする。
「なので今後は、そこにベルハイトさんが一緒にいるというだけの違いです」
「なるほど…?」
呆気にとられたのか、ベルハイトは気が抜けたように呟いた。気を遣いすぎなのだ、この人は。
僕はベルハイトの目を見て念押しする。
「言ったでしょう?問題ないって」
「ーー!」
…………返事が無い。何故そこで固まるのか。
なんにせよ、僕は僕の意思でベルハイトと行動するし、自分の身も自分で守れる。つまり何も問題ない。
言いたいことは言ったので、今日この後の予定を遂行しようと思う。
「今日はちょっと私用があるので、あとは別行動でいいですか?」
ベルハイトもメルビアに着いたばかりだし、少し落ち着く時間も必要だろう。
「…へ?あ、はい!了解です!……俺は少し街を回ってみます。メルビアは初めてなんで」
「?じゃあ、また」
ベルハイトが慌てたように返事をしたのが気になったが、僕はそのまま、その場を後にした。
向かうは、怖いもの知らずの魔道具研究者の家。




