第十一話 指名依頼、その後
「――戒めの荊」
野盗がその声に気づいた時には、もう手遅れだった。
「ぐぅっ!」「ぎゃあ!」「なんだぁ?!」
野盗達の足下に魔法陣が広がる。そこから黒い荊が何本も伸び、次々に野盗達の自由を奪っていく。
「ぐ、ぇ…っ。くっそ!…おいガキ!てめぇの仕業……か…?」
野盗が身を捩りながら、少女のほうを見ようとして――、
「な、なんだお前?!」
そこにいる、幼い少女から元の姿に戻った僕を見て、言葉を失った。
「ベルハイトさん、ばっちりです」
「……はー…。緊張した……」
茂みに向かって声をかけると、頭に葉っぱをつけたベルハイトが出てきた。
僕が自分の頭をとんとんと指で示し、「ついてますよ」と言うと、ベルハイトは慌てて自分の頭の同じ位置を払い、葉っぱを落とした。
僕の姿を幼い子供に見せたのは、僕がストックしていた魔法の一つ、幻影魔法[偽りを装う鏡]。
そして野盗を捕らえている荊は、ベルハイトの精霊魔法、[戒めの荊]。
ベルハイトは呪文の全詠唱が必要だったため、僕が[偽りを装う鏡]で野盗達をおびき出しながら時間稼ぎをし、ベルハイトの魔法で捕縛したという流れだ。
ベルハイトは「俺、全詠唱しないといけないんですよ?!だから普段はあまり使わないし…。失敗したらどうするんですか!」と物凄く渋ったが、僕は知っている。昨晩の野営時、ベルハイトが見張りをしながら魔力の循環訓練を行っていたのを。
循環訓練とは、魔法を行使する際の魔力消費を、最小限かつ円滑に行えるように、体内の魔力の流れを整える作業だ。これを定期的に行うか行わないかで、魔法を行使する際の効率や精度が大きく変わる。
ベルハイトの循環訓練は実にスムーズで無駄が無かった。僕から見ても魔法の精度はかなり高いのだが、本人にその認識は無いようだ。
僕は野盗をベルハイトに任せ、小屋の中に入ってレクシーに声をかける。
「どうも。怪我はありませんか?」
「!貴方……!ええ、怪我はないわ…。大丈夫」
「じゃあ、帰りましょう」
手を拘束している縄を切り、レクシーに手を差し出す。レクシーは遠慮がちにそれに掴まって立ち上がった。その間ベルハイトは、ロープで野盗達を縛り直している。
野盗は抵抗することもできず、されるがままだったが、
「お、お前ら昼間の…!」
今頃気づいたようだ。僕とベルハイトが呆れていると、隣でレクシーがハッとしたように声を上げる。
「うちの商品!」
こんな目にあって商品の心配ができるとは。さすがと言うべきなのか。
どうやら盗られた積み荷は宝飾品やドレスのようだ。[アデル・オリーブ]は宝飾店だったらしい。
「僕が運びます。…………保管庫で」
生物じゃなくて良かった。これなら[保管庫]だということにしてもバレない。
「いいの?!何から何まで、ありがとう!」
小屋にあった[アデル・オリーブ]の積み荷と、その他盗品らしき物を、僕は[無限保存庫]に全て入れる。
「くそっ!なんなんだお前ら!さっきのガキは何処行きやがった!!」
元気だけはあるな。どんなに騒がれても、タネ明かしをするつもりはないが。
しかし、うるさいのはいただけないし、また逃走を企てられても面倒だ。
僕は魔法鞄から、太い針のような形をした魔道具を取り出す。それを見た野盗達は一瞬で静まり返った。
「えっと、ルカさん?その物騒な針は……?」
ベルハイトまで引いている。単に太い針と言っても、装飾の部分までいれると二十センチを超える、見た目だけは綺麗な凶器だから仕方ないとも思う。
「[眠り人形の針]。魔道具です」
「あー…。そういえば言ってましたね。「魔道具も入ってる」って。規格外が過ぎてスルーしてましたけど…」
生返事だったのはスルーしてたからなのか。
[魔道具]とは。
一般的な道具や、地上に出回っている魔石式の道具とは異なる、魔窟産の道具の総称だ。
動力ではなく素材に魔石が使われており、魔法による術式が刻まれた、それ自体が魔法そのものと言える道具。ただ使うだけなら、魔力さえあればできるが、術式に沿って制御しなければ、その真価は発揮できない。
僕は[眠り人形の針]に魔力を通す。
「これで刺された人間は、眠ったまま動きます。あと、簡単な指示も受け付けます」
歩くや座るなどの単純な動作のみだが。
「そ、そんな気味悪ぃもん、オレらに使うんじゃねぇよ!!」
「実験済みなんで、大丈夫です。解呪の針もありますから」
「じ、じじじ実験?!か、解呪ってこたぁ、呪いじゃねーか!!」
せめてもの良心で仕様説明をしたというのに、野盗達はぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。今の状況で、自分達に拒否権があると思っているのだろうか。
これ以上は何を言っても無駄になりそうなので、レクシーの言葉を借りることにしよう。
僕は[眠り人形の針]を構え、
「問答無用」
宣言すると、野盗達が震え上がった。
何故かベルハイトとレクシーも震え上がった。
解せない。
ほどなくして。
静かになった野盗達を引き連れて平原を歩く。
先頭はベルハイト。彼にロープを引かれながら、縛り上げられた野盗達が眠ったままフラフラ歩き、最後尾に僕とレクシー。
レクシーはその光景を物珍しそうに見ている。
その後無事、僕達はメルビアに帰還した。
日はもうすぐ、地平線に消える頃合いだった。
メルビアの衛兵に野盗と盗品を引き渡し、レクシーは南門でずっと待っていた父親に送り届けた。
「絶対!ぜーーったい!お店に来てね!!何でも好きな物持ってっていいから!」
冒険者ギルドから報酬が出るから、とレクシーと父親からのお礼を断ると、別れ際、レクシーの提示する内容はグレードアップしていた。
「お店って、宝飾店ですよね…。俺は今のところ、必要になる予定はないかな……」
せっかくの厚意なので否とは言えなかったが、レクシーと父親の背を見送った後、ベルハイトはそう言って苦笑していた。かく言う僕も、今日まで[アデル・オリーブ]という店自体、知らなかったくらいだ。今後も来店する予定があるかは怪しい。
それから冒険者ギルドで報告と報酬の受け取りをしたりと、諸々が済んだのは午後九時過ぎ。これから運送ギルドに行くのは億劫すぎる。
悩んだ末、今日はもう諦めることにした。
というか、お腹がすいた。
明日朝一で運送ギルドに行くことになったので、僕は家に帰って適当に食べて寝るつもりだった。だったのだが、
「俺はこのおすすめセットを」
「僕はメルビア鶏のスープパスタとベーコンサラダで」
何故かベルハイトと一緒に夕飯を食べることになり、近くの食堂に来ていた。
ベルハイトが「奢りますから!」と、言っていたが、僕がグランドベアを何人前食べたか忘れたのだろうか。
「……足りますか?遠慮しないでくださいね?」
凄く心配そうに、こちらを見ているベルハイト。心配しているのは僕の満腹度か、それとも自身の懐か。……どちらもかもしれない。
「毎回大量に食べなくても平気です。それに、今日はもう遅いので」
「ああ、遅い時間にたくさん食べるのはよくないって言いますよね」
少しホッとしたような表情。やっぱり、分かりやすい。
「いえ、食べきるのに時間がかかるので」
「…………」
そっちか、みたいな顔をされた。
ベルハイトはそのツッコミを呑み込むように、グラスの水を一口飲んだ。
「ちなみに今、食べたいだけ食べるとどれくらい…?」
「時間が許すなら、二十人前」
「………………」
沈黙が表すのは胸焼けか、それとも戦慄か。
運ばれてきた料理を見ながら、ベルハイトはそっと懐を押さえていた。




