わからせ屋
皇「そんなの、どこにでもある暴行事件だろ?」
火野「・・・・ところが違うのよ。」
皇「見るからに胸糞悪ぃ事件じゃねぇか。」
火野「そうね。一見、無抵抗な女性に対する、暴行事件。殴る、蹴る、だけじゃなくて、性的暴行も行っている。」
皇「・・・・懲役十年は固ぇなぁ。」
火野「裂傷痕、打撲痕、多数。まぁ、体もボロボロだけど、見つかった時、彼女の精神は喪失。身も心もズタボロで発見された、ってわけ。」
皇「軽く二十年コースじゃねぇか。」
火野「よくもまぁ人間をボロ雑巾に出来るなぁなんて、鬼畜犯罪者の傷害致傷事件かって事で取材を始めたんだけど、どうも、様子が違うのよ。」
皇「何が違うんだよ?」
火野「あんた、『わからせ屋』って知ってる?」
皇「『わからせ屋』?」
火野「ネットスラングで”わからせ”ってあるでしょ?」
皇「知らねぇよ。お前みたいに、ずっとネット漁ってる訳じゃねぇんだから。」
火野「・・・・・引き籠もりのバカ女ならすぐ分かると思うんだけど、」
皇「お前さぁ、人のいない所でそういう事言うから、友達、いないんだぞ?」
火野「うるさいなぁ。・・・・あれよ?エロゲとかエロ本のジャンルにもなってるし、それから派生して、メジャードラマとかでも、扱われているわ。昔で言うところの、あれよ、”必殺仕事人”。近いところだと、”スカッと”っていうのが近いかな。”恨み屋”なんてドラマもあったし。”ざまぁ””わからせ”なんて言われてる。正確には、ちょっと語彙が違うかも知れないけど。」
皇「悪を悪で制する、みたいなもんか?」
火野「そんな感じ。」
皇「その『わからせ屋』っていうのが、その事件の犯人?」
火野「犯人かどうかは分からないけど、おおよそ、首謀者である事は間違いないみたい。」
皇「へぇ。金で請け負って、その人間に制裁を加える。まんま仕事人じゃねぇか。」
火野「そうなのよ、そうなのよ! ただの傷害事件じゃないのよ、もっと、深い、なんか事件を感じない?」
皇「・・・・そうか?」
火野「あんた、こう?身震いするような、高揚感ないの?こんな凄いネタ、見つけっちゃったのよ?」
皇「ああ、私、そういう世界で生きてないからなぁ。お前と違って。コタツ記事でメシ、食ってないし。」
火野「コタツ記事、言うな」
火野「この傷害を負った子、ニュースで出た時、ネットがちょっとだけ騒がしくなったの。仮にP子。P子としておくわよ。」
皇「P子?」
火野「なんでもいいのよ。P子ね。このP子ね。複数の男から、金を貢がせていたの。」
皇「まぁ。別に、今更、そういう子もいるだろうなぁ、くらいにしか思わないけど。」
火野「パパ活女子。いただき系女子、リリちゃん系女子なんて言い方もするけど、あれよ、早い話、売春よ。売春ならまだいいわ。体を売ってその報酬を得るんだから。この手の輩は、体も売らずに、お金だけ巻き上げる。」
皇「そういうのが分かんないだよなぁ。まだセックスしてその対価を払うっていうなら理解できるぜ?この際、合法違法は抜きにして。でも、あれだろ?セックスもしないのに、金を貢ぐってどういう状況なんだよ?弱みでも握られてんのか?」
火野「そこら辺はテクニックっていうか、その、男の下心に付け入るっていうか、応援したくなっちゃう、そういう心に付け入るじゃない?」
皇「応援したくなっちゃう、って何だよ? 私にも応援してくれよ?金だけくれよ?」
火野「詐欺なのよ、詐欺。だまくらかして金を巻き上げているんだから詐欺なのよ。売春じゃなくて詐欺。」
皇「よっぽど上手い詐欺なんだろうなぁ。ロマンス詐欺っていうのがあるけど、その派生系か。」
火野「結婚をチラつかせている訳でもないんだけどね。お金に困っているっていうのを前面に出してアピールして、お金を、取るんだから。」
皇「詐欺の証明って難しいのと一緒で、それを、裏付ける方法なんてまず無いだろ? 男が勝手に女に貢いでいるだけだから。自由恋愛で逮捕するほど難しい事はないんだぜ?」
火野「だから、法で裁けないから、『わからせ屋』っていうのが出てくるのよ。その女に、騙された男が、復讐する為に、『わからせ屋』を使うの。」
皇「ま、いや、・・・・理屈は分かるぜ?騙された男の気持ちも、なんとなくは理解できる。けど、なんで、そういうのが出て来るんだ? まず自分で解決しようと思わないのか?」
火野「自分で解決できないからじゃない?」
皇「お前、簡単に言うな。」
火野「弱い女だったらいいけど、身体的にも精神的にも強い女だったら、こっちが負けちゃうでしょ? ”弱男”って知ってる?」
皇「・・・・なんだよ、また、ネットスラングか?」
火野「そうね。数年前からネットのトレンドにもなっているのよ。”弱者男子”、略して”弱男”。」
皇「やさおとこじゃなくて?」
火野「優男ってイケメンの事でしょ?違うわよ。弱男っていうのは、社会的に見て立場の弱い男性の事を指すネットスラング。会社でも学校でも地位が低く、おまけに給料も安い。結婚なんかしている人でも、奥さんに頭が上がらず、家庭での立場も低い。そもそも、このスラングは、女性と恋愛経験がなく、それに伴い、性体験もない。結婚したくても、女性に相手にされない、っていう所から、弱男と言われ、ひいては、女性にあらゆる物を搾取される男性を総称して、弱男って言うの。」
皇「まぁ。社会構造上、男女共同参画、男女平等で、女が社会で稼げば、シーソーゲームで、うだつが上がらない男が出てくるのは当然だからな。」
火野「強い女が弱い男を搾取する、っていう新しい構造が出来たってわけ。」
皇「ふぅん。」
火野「弱男だって、分かって搾取されているならいいけど、騙されて、お金だけ取られたら、そりゃぁやっぱり腹も立つでしょう?」
皇「だからさぁ、それで、自分で解決しようとしないんだ? 警察なりに相談するとか、弁護士に頼めば、幾らか、取り返せる事だってあるだろう?」
火野「御影は弱男を甘く見ている。そんな事、最初から出来るなら騙されたりしないって。警察にだって相手にされない、社会の底辺だから、弱男なのよ。」
皇「・・・・・お前も大概だぞ?」
火野「なんでよ?事件のあらましを言っているだけじゃない?」
皇「お前が言いたいのは、その弱男が、逆恨みで、そういう、金で暴力沙汰を請け負う、闇商人みたいなのに依頼して、暴行させたって言いたいわけだな?」
火野「全貌はそういう事になるわ。」
皇「お前は簡単に言うけどさ。金で何でも解決できると思うなよ? 見知らぬ他人から、いくら金を貰っているとは言え、知らない人間を暴行できると思うか? 漫画じゃねぇんだぜ?」
火野「いい?瑠思亜。そんな古い考えだと時代に置いていかれちゃうわよ。世界中、SNSでオレオレ詐欺が横行している世の中なのよ。もうオレオレ詐欺なんて古くて誰も言わないけど。あの手の劇場型詐欺の被害が増えている要因のひとつが、SNS。SNSでちょっと、声をかければ、すぐに人が集まってしまう所。それが社会問題なんだけど、それだけ、金で割り切って、犯罪でも、犯罪と分かっていても加担してしまう。」
皇「世も末だな。」
火野「一般人がアクセスできる範囲に犯罪の片棒を担ぐ情報が転がっているかと言えば、決してそうじゃない。深く深く潜らないと、その手の情報にはアクセス出来ない。でもね。金に困っている奴は、そういう鼻が利くのよ。」
皇「『わからせ屋』っていうのも、そういう奴だって事か?」
火野「どういう基準で犯罪を請け負うのかまでは分からないけど、人に暴行をしている時点で、正常な考えの人間ではないと思うわ。いくら、そのターゲットになる女が、詐欺行為を働いているとは言えね。」
皇「いくら金を騙し取られたとはいえ、打撲に裂傷。精神は崩壊。・・・・半殺しだよ。半殺し。人間としては最低の行為だ。拷問だぞ? そういうのを相手に望むのか?」
火野「・・・・その『わからせ屋』っていうのがどういう物なのか分からないから何とも言えないけど、そういう、契約だったんじゃない?」
皇「私の理解の範疇を超えている。猟奇的だ。猟奇的過ぎる。」
火野「ネットのダークサイトで犯罪を請け負うっていうのは、もう何十年も前から知られているわ。今時、珍しい話じゃない。」
皇「闇バイトとか、そいうのは聞いたことある。」
火野「闇バイトなんて本当のアルバイト感覚よ。あんなの。強盗、窃盗、誘拐、暴行、なんでもアリよ。金さえ払えば、どんな犯罪だって実行されるわ。金を支払う方も、請け負う方も、ネットだけで完結する。お互いに顔を知られないで、やり取りするの。不敬の時代よね。」
皇「じゃぁ何を担保に犯罪を行うんだ?金か?金だけか? 依頼主の顔も素性も分からない。金さえもらえば犯罪を実行する。仮に捕まっても、実刑を受けるのは実行犯だけで、首謀者には辿り着かない。あのなぁ?ヤクザの世界だって、信用でもって、取引するんだぜ?」
火野「犯罪もデリバリーの時代なのよ。特に、ビットコインみたいな仮想通貨が広まったおかげで、ダークサイトの取引も、格段と増えたって話よ。」
皇「義理も人情もねぇな。そういうのが一番、生理的に嫌なんだよ。私は。」
火野「あんたの好き嫌いで、世の中、動いていない証拠よ。」
施設管理人「ええ、どうぞ。外部の方とお話するのもリハビリのひとつですから。」
火野「事件の事を、お伺いすると思いますが、それで、・・・・フラッシュバックとか起きませんか?」
施設管理人「まぁ。その可能性はありますね。ただ」
火野「?」
施設管理人「ここは別に、医療施設でも何でもありませんので。それに、こんな施設に人が来ること自体、珍しいことですから。」
火野「そうですか」
施設管理人「ここは引き籠もりの人が社会復帰をめざす支援団体の施設で、家に帰りたい人ばかりなんですよ。それが逆に、家に帰りたくない。一人になりたくないっていう理由で、入居してきた人は初めてなんですね。本来なら、うちみたいな施設じゃなくて、精神疾患をあつかう専門の施設で、リハビリをした方が良いと思うんですけどね。ま、それは、私の言う話じゃありませんけど。」
火野「はぁ。」
施設管理者「さぁどうぞ。」
火野「ありがとうございます。」
施設管理者「L子さん、入りますよ。あ、こちら。この前、話した、雑誌の記者さん。」
火野「はじめまして。火野です。」
L子「・・・・・・」
施設管理者「お茶でもお持ちしますから。どうぞ。ごゆっくり。」
火野「あ、どうも。ありがとうございます。」
L子「・・・・・・」
火野「火野です。実は、『わからせ屋』の取材をしておりまして。L子さんが被害にあったと伺いまして。」
L子「・・・・・・そうよ。」
火野「犯人は、もう捕まったんですか?」
L子「・・・・・・知らない。」
火野「そうですか。」
L子「・・・・・・・」
火野「もう、具合の方はよろしいんですか?」
L子「・・・・・・体は異常なし。でも、眠れない。ずっと眠れない。」
火野「眠れない?」
L子「そうよ。眠れないから、こんな所にわざわざ入っているんじゃない!」
火野「そうですよね。ええ。」
L子「・・・・・・」
火野「あの、L子さんは、その、犯人に心当たりはあるんですか? 何度も警察に聞かれたとは思うんですが?」
L子「知らないわよ! 犯罪者に知り合いなんている訳ないじゃない!」
火野「ああ。・・・・・・おっしゃる通りですよね」
L子「後から警察から聞いたのよ。・・・・・・金で雇われた犯罪者だって。」
火野「そうなんですね。」
L子「なに?意味わかんない! ネットで犯罪者を集めるとか、どういう事?」
火野「最近の犯罪の傾向らしいですね。ネットやSNSで犯罪者を集めるの。金に困っている人が応募する、みたいですね。」
L子「なにそれ?バイト?バイト感覚で、人を暴行するの? 終わってる!もうこの国、終わってるわ!」
火野「闇バイトとか言われる類ですよね。」
L子「闇バイトって電話してお金を取る奴でしょ?詐欺の。・・・・・私、暴行されたのよ? 一緒にしないでぇ!」
火野「犯罪のカテゴリーは一緒ですね。経緯はどうあれ、そういうネットで犯罪をする人間を集めるっていう点については。金で雇われて、それを犯罪を行う。指示する方と、実行する方、被害を受ける方、お互いにまるで面識がない。まるでゲームみたいな犯罪。」
L子「私は、ゲームで殴られたり蹴られたりされたの? 意味わかんない!」
火野「そういう事になるでしょうね。」
L子「犯人は? 犯人は捕まらないの?」
火野「トカゲの尻尾切りですから、逃げた本体はまず見つからないでしょうし、実働部隊も、劇場型の詐欺みたいにあらかじめお金を取にいく予告があれば、捕まえるのも容易かも知れませんが、突然現れて、犯罪を犯して、すぐ消える。そういうタイプは逮捕は難しい様です。詐欺と違って、お金を取るような犯罪じゃありませんからね。」
L子「・・・・・・・・」
火野「しかも『わからせ屋』は正義感を持ってやっているフシが多い。」
L子「はぁ?」
火野「事実、ネットの書き込みを見てみると、そういう印象を受けます。自分達こそが正義の味方だと。」
L子「犯罪者のくせに?」
火野「ええ。」
L子「・・・・・・・・はぁぁぁぁぁあぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっぁああああああああ? 絶対、みつけて殺してやる! 私が受けた恐怖を、何倍も倍にして殺してやるううううううううううううううううううううぁぁぁぁぁあああああああああああああ!」
火野「・・・・・・・・・」
L子「あんた何?記者とか言って本当は『わからせ屋』のスパイかなんかなんじゃないの! あんたも殺してやる!」
火野「ふふふ。いいですね、いいですね、あなたのその本性。それが聞きたかったんです。別に私を殺すのは構いませんが、私は『わからせ屋』の本質を知りたいんです。どういう目的で活動しているのか、主義主張はあるのか、そして、どうやってターゲットを選ぶのか。
あなたが被害にあったのにも何かしら理由があるはずです。それが知りたくて今日は、来たんですよ。ふふふふふふふふふふ。」
L子「いああぁぁぁぁいあああぁぁ、来るな! 来るな! 来ないで、こっちに来ないでぇぇぇえええええ!」
火野「L子さん。・・・・・・人を襲ったり、逃げたり、・・・・本当に忙しいですね。」
L子「お前ぇなんなんだよぉぉぉぉぉおおおおお!」
火野「私はただの記者です。」
L子「近くに来んな!ってんだろぉぁおぉあおあおがおあおあおあああ!」
火野「・・・・・・・・・あなたが暴力を受けた事は気の毒に思います。」
L子「うるせぇっつってんだろぉぉぉぉぉおおおお! 聞きたくねぇえんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
火野「加害者である『わからせ屋』。何者なのか、知りたいだけなんです。」
L子「・・・・・・・知らない知らない知らない知らない知らない!知らない知らない知らない知らない!・・・・・・・・・」
施設管理者「あら。お茶をお持ちしたのに。・・・・・・今日は、ちょっとダメみたいですねぇ。」
火野「あ、すみません。お気を使わせてしまって。」
L子「知らない知らない知らない知らない知らない知らない・・・・・・・知らない知らない知らない・・・・・・・・・」
大沢「・・・・・・そういうのはちょっと違うんだよなぁ。」
皇「そうだとは思うんですけど。」
大沢「俺らは本職なわけよ。瑠思亜ちゃんそこ、分かる?」
皇「ええ。」
大沢「本職っていうのはさぁ、それで、メシ、食ってるわけ。カタギじゃない、俺らの世界があるわけよ。」
皇「はぁ。」
大沢「金の儲け方は、そりゃぁ人様には言えない事で、まぁ、やってる訳だけれどもぉ。まぁ、商売なわけよ、俺らは。・・・・・金にならない事はやらないわけ。」
皇「分かります。」
大沢「カタギの人と揉めないのは、世界が違うからっていうのもあるけど、揉めたりしても金にならないでしょ? そもそも金の儲け方が違うんだから喧嘩のしようがないんだよ、これが。」
皇「分かります、凄く、分かります。」
大沢「同業他社とは揉めるよ?だっておんなじ業種だから。それ以外はわりと平和なんだよ、この、業界は。実は。でぇ?その、『わからせ屋』? 俺らとは業種が違うから、まず、関わる事はないね。」
皇「・・・・そうなんですね。」
大沢「またアレなんだよね。トクリュウみたいな奴とも、コイツら、違うでしょ? たぶん、金が目的じゃぁないと思うんだよなぁ。」
皇「はぁ。」
大沢「トクリュウみたいな連中って、上澄みなんだよ。」
皇「上澄みですか?」
大沢「そう。上澄み。カタギの人間が、金がないとか言って、そういう詐欺に首、突っ込む。それだけだろ? 要はカタギなんだよ。闇バイトって言い得て妙だと思うんだよな。悪いバイトしている。バイトなんだよ、感覚は、バイト。俺らは、もう全身、真っ黒じゃん?もうギタギタのドロドロ。カタギの成分、残ってないのよ。でさぁ、カタギの世界に足、突っ込んでおきながら、悪い事、している奴もいるわけ、当然な?
カタギの方を隠れ蓑にしているのか、どっちも本当なのか、その辺、俺もよく分からねぇ。けど、そういう奴がいるんだよ。」
皇「はぁ。」
大沢「クラッカーって知ってる?瑠思亜ちゃん」
皇「沢口靖子の?」
大沢「ああ、コンピュータの奴だよ、ハッカーとかクラッカーとかの。ほら、・・・・・なんか、いるじゃん?正体不明の、戦争にまで介入してくるハッカー集団。うちにもそいうの詳しい奴がいてね、そいうのでも金、稼ぐから。いるんだよ、そういう奴。さっき俺らは商売だ、って言ったじゃん?だから俺らは商売になるハッキングとか、まぁ、その手の事はやるわ。売られた喧嘩も買うしな。あぁ、ネットの話だぜ?ネットの。
でさぁ、中には、金さえ積めば、ハッキングしたり、サーバーをダウンさせたりって、サイバー犯罪を請け負う奴もいるんだ。」
皇「え?」
大沢「俺らみたいに組織で動いているんじゃなくて、だいたい個人じゃねぇか、ってうちの奴等は言ってるけどな。
今までは、自分の腕を試したい愉快犯が多かった。大手企業、政府組織のサーバーにハッキングするような奴は。でも、数年前から潮目が変わってな。堂々と、金、目的でサイバー犯罪を犯す奴等が出て来たんだ。」
皇「・・・・・・・・」
大沢「俺から言わせれば、世間を舐めてる奴だ。バイトだよ、バイト。バイト感覚なんだよ。企業のサーバーをハッキングして遊び半分で金儲けしたいんだ。楽して金を儲けたいんだ。
世の中ぁ汗水たらして仕事しないで、金、稼げるわけぇ無いじゃん? 舐めてんだよ。」
皇「・・・・・はぁ。」
大沢「俺らみたいにさぁ、ズブズブの真っ黒くろがさぁ、逃げ道塞いで、死ぬ気で、金、稼いでるのにさぁ、・・・・・・ちょこちょこパソコン叩いて、何千万何億って稼げると思うか? 俺は出来ないと思うねぇ。覚悟がないんだよ、覚悟が。
俺らんトコにいる、ジャンキー共はさぁ、同じことしてるにしても、逃げ道塞いでるんだよ。命かけてやってるから。・・・・・何を天秤に乗せるかだ?なぁ、瑠思亜ちゃん」
皇「・・・・・・『わからせ屋』は遊び感覚?」
大沢「まぁ、少なくても俺は、そう思うね。カタギでもない、俺らみたいなモンでもない。残ってるのは、半端モンだけじゃん? どういう意図でそういう事、やってるか、俺は理解できないけど、半端モンなのは確かだと思うぜ?」
額賀「大沢さん、瑠思亜ちゃん、また難しい話ですか?」
大沢「額賀さぁん。瑠思亜ちゃんが・・・・・面白い事に興味、持っててねぇ。」
額賀「なんですか?その、面白い事って?」
皇「はははははは。『わからせ屋』です。」
水島「あんなのカッコつけに決まってるでしょ? その、よく分からない女を糾弾したいだけでしょ?」
火野「そんなもんですかねぇ」
水島「デートだか、お食事会だか知らないけど、男とご飯、食べるだけで金が貰えるって、おかしいでしょ? おかしいと思いません?」
火野「おかしいと思うけど」
水島「僕、意味わかりませんよ? その売春ならまだ分かりますよ? ご飯食べて、金、払うって? どんな罰ゲームですか?」
火野「だから自由恋愛なんでしょ?」
水島「自由恋愛? ただの詐欺じゃないですか? 美人局の詐欺ですよ、こんなの? だから粛清されるんだ。」
火野「やっぱり、そういう女の粛清が目的なんですかねぇ?」
水島「そうでしょう?だって自ら『わからせ屋』なんて名乗っているんだから。その、男だって、そういう女を痛めつけて、正義のヒーローを気取って、面白がっているだけですよ。どっちも、どっちだよ、こんなの。」
火野「どっちもどっち、ですか。」
水島「だって意味ないと思いません?火野さん。 その詐欺女を暴行したところで、何も、残らないじゃないですか?その女の詐欺行為が立証されるんじゃないんだから。」
火野「一応、詐欺じゃないからね。嘘いって、何十万円もカンパさせていたとしても、」
水島「カンパって金額じゃぁないよ、明らかに詐欺じゃないですか。」
火野「まぁそうなんだけど。・・・・納得して、お金、渡している訳でしょ?その被害者男性も。」
水島「やけに詐欺女の肩を持ちますね、火野さんは。・・・・ちょっと顔が良くてスタイルがいいと、すぐ、男が、誤解して、貢いでくれますもんね?あれだって一種の美人局でしょ?気がある素振りを見せて。 僕ぁ学生の時、なんどもそういう女に痛い目にあいましたよ? メシだけ奢らされて。あぁあぁ、思い出したら腹が立ってきた。」
火野「そういうのは見た目が派手な女だけでしょ?性格も派手かも知れないけど。・・・・・下心丸出しで、そういう頭の軽そうな、頼めばヤらしてくれそうな女を狙って、ご飯、奢ったりするんでしょ?男だってその詐欺女と同類だと思いません? おんなじ女で迷惑している人間だっているんですからね。」
水島「・・・・・・・・。確かに。火野さんは随分、地味だもんね。」
火野「水島さんも随分、お金を巻き上げられそうなタイプに見えますよ?実際、巻き上げられたんでしょうけど。」
水島「・・・・・・・・」
火野「・・・・・・・・」
水島「まぁそうだよね。男も悪いよね。なんでもホイホイ付いて行っちゃぁ。痛い目もみるよ。」
火野「だからと言って、半殺しにする必要がありますか? 体に傷害が残って、メンタルにも弊害が出て、仕事も出来ない。社会生活が送れない。そもそも犯罪ですけどね。正義のヒーロー気取りでやっていい事じゃないと思いますけど。」
水島「そうだよね。うん。そうだよね。そこは一線を超えているよね。」
火野「言いたい事は分かりますよ。警察が立件できない、法と法の抜け道だと思いますけど、だからと言って、直接、暴力で問題を解決するっていうのは、その詐欺まがい、まぁ、詐欺なんですけど、その女と同類ですからね。責められて然るべきだと思います。」
水島「ただ、一部。そのヒーローマンに称賛の声もあるんだよ。よくやった、ってね。」
火野「それだって、金をもらって、やっているだけでしょう? 金で雇われた人間が人を傷つけて、それで賞賛されるって、よっぽどおかしいと思いますけど。」
水島「犯罪を請け負う、そういうシステムが構築されているからねぇ。 もう随分と犯罪が身近になったもんだよ、日本の治安も悪くなる一方だ。」
火野「そうですね。昔は、荒事は荒事専門の人、カタギじゃない人の社会があったから、そうそう、荒事で揉めるような事はなかったですからね。」
水島「ネットの弊害だよ。アンダーグラウンドの世界と、簡単に、アクセス出来ちゃうようになったから。違法の大小を問わなければ、そういう情報で溢れかえっているからね。」
火野「軽い気持ちでアクセスしちゃうと、そこは、全部、違法の世界。だから本人達も、違法っていう意識が乏しい。違法の大小って言いましたけど、大も小も、どっちも違法は違法ですからね。科せられる刑が違うだけで。」
水島「その通りなんだけど。」
火野「暴対法施行で、本職にあぶれた人達が、ネット世界に溢れて来たっていうのも一因でしょうが。どうしたって、その本職の人じゃないと入手できない物の売買とか載っていますから、容易に想像は出来ますがね。」
水島「ネットが隠れ蓑じゃぁ、暴対法も、上っ面だけで、大した効果がないのかもね。隠れられる分、余計、質が悪い。」
火野「そういう側面はありますけどね。それでも、それをきっかけに足を洗う?組織を辞める人もいるんだから、ある程度の効果はあったんでしょう。末端構成員は食べていけませんからね。」
水島「ははははははは。そういう人達も死活問題だね。」
額賀「正義の執行? はぁ。」
大沢「女の方も悪いって、週刊誌か何かに書いてあったけど、半殺しにする必要はねぇわなぁ。」
額賀「そう思いますね。」
大沢「ヒーロー気取りなんだろ?」
皇「たぶん、よく、分かりませんけど」
大沢「悦に入っているんだよ、そういう奴は。だいたいさぁ、女、殴れる?」
大沢「はい?」
大沢「瑠思亜ちゃんは、女、殴れる?」
皇「・・・・えぇ。まぁ。そういう事態になれば、」
大沢「女が女を殴れるかと思えば大間違いなんだよ。同性だって、人を殴るには、ひとつ壁があるんだ。その壁を超えないと人を殴れない。俺らみたいなチンピラはすぐ人を殴ると思ってるだろ?それは大間違いだ。むしろ逆。」
皇「はぁ。」
大沢「俺ら、法律で監視されているような人間は、ま、町の弱小事務所だから、目ぇつけられてねぇけどさぁ。でも、暴力沙汰、これ、暴力ふるってなくても、相手が怖がったら一発アウトなんだよ。威嚇もダメなんだぜ? 俺一人なら逮捕されてもいいけど、組織、全体に迷惑かけちまうから。だから、なるべく隅っこで大人しくしてるの。目立たないように。手ぇ上げるなんて以ての外だ。
一般人がうらやましいよ。ある意味、人を殴っても、喧嘩で済まされるからな。俺らはそうはいかねぇ。」
額賀「ああ。」
大沢「ま、何が言いたいかって言えば、理性で止めているわけ。人間、理性が大切よん。人を殴れる奴は、そのタガが外れてるの。
俺らだけじゃなくて、格闘技やってる奴もそうだな。ボクシングとか。競技の技で、喧嘩しちゃうと、競技生命、絶たれちゃうんだ。」
皇「ああ、聞いた事あります。」
大沢「あいつ等、だから、周りに人がいるの。代わりに喧嘩してくれる人が。・・・・有名になると、絡んでくる奴とかいるじゃん?いくら腹が立っても、殴っちゃえば、選手生命が終わっちゃうじゃない?それだから周りにいる奴が、おかしな奴に絡まれないように守っているし、あまりにもしつこいと、代わりに殴るんだよ。一般人同士ならただの喧嘩だから。それに、」
皇「・・・・・・」
大沢「普段から人を殴る訓練をしていないと、人を殴れないの。これ、なんでも、一緒。歌でもカラオケでも一緒。普段から練習している歌は、うまく歌えるでしょ?あれだって、ほら、声帯だって筋肉だから。いきなり歌ったら、音程、外しちゃうし。それと一緒。
人と対峙して、人を殴るって、案外、しんどいもんだぜ?」
額賀「じゃぁやっぱり、この、『わからせ屋』っていうのは、格闘技なりの経験がある人物?」
大沢「喧嘩と、興行としての格闘技も違うし。人を制圧したり、殺したりする、そういう技術も違うしな。俺らなんかただのチンピラだから、本職の人にかかったらすぐ殺されちゃうよ?ははっははっはっはっはっははっははっははっははっははっはは!」
皇「本職?」
大沢「まぁ、簡単な所だと軍隊だよ、軍隊。俺らの国は徴兵制がないだろ?好きで自衛隊に入る奴はいるけど。ああいう所、部隊によっちゃぁ、体術、教え込まれるからな。いくらドローンだミサイルだ、って遠隔から攻撃しても、最終的に、制圧するのは人間だろ?最後は肉弾戦が物を言うんだ。人を殺せる訓練をしてなきゃ、人は殺せない。」
額賀「殺すっていうのはなかなかハードルが高いですけど、どんな事でも、仕事でも、普段から慣れておかないと、体が動かないですもんね。」
大沢「そうなんだよ、俺はそれが言いたかったんだよ。さすがナンバーワンの額賀さんだ。」
皇「そういう人間がいるんですね。・・・・・人に危害を及ぼすのに、抵抗がない人。それも金で雇われて。正義か何か知らないですけど。」
大沢「正義とか何とかっていうのは、建前だぜ?瑠思亜ちゃん。俺が思うに、そいつは、ただ、人を殴りたいだけだ。男とか女とか、関係ない。理由が欲しいんだ。『わからせ屋』なんて大そうな大義を言ってるが、とどのつまり、自分の力を試したいだけ。俺にはそう見えるねぇ。」
皇「本当に質が悪いですね。自分を、正義のいいもんだと思っている分、質が悪い。」
大沢「警察に捕まっても、堂々と、自分の主義主張をペラペラ、並べると思うぜ? 俺は正義のヒーローマンだってなぁ。・・・・笑っちゃうだろ?クソ顕示欲の暴行野郎がさぁ。」
皇「・・・・・ええ。まったく。大沢さんの言う通り。」
額賀「まぁ。飲みましょう。ああ、大沢さん、一曲、入れましょうか?練習している奴」
大沢「ああ、いっちゃう?いっちゃうか!」
火野「どうして『わからせ屋』は捕まらないんですかね?」
水島「んん~? これだけカメラがある世の中なのに、逮捕されないっていうのはおかしいですよね。実際、被害にあっている人もいて、事件化されているのに。」
火野「警察も捜査はしているんでしょうけども。だって傷害事件ですよ?」
水島「金で雇われるような奴だから、何らかの対策をしているんでしょ?きっと。」
火野「何らかって何ですか?」
水島「いや、分かりませんよ。例えば、顔を隠すとか、身バレしないような何か、対策を。」
火野「これだけ防犯カメラがあるんだから、追って、負えないハズはないんですよ。もしくは、死角を熟知しているとか。」
水島「死角?この日本で? 都会じゃぁ死角なんてまず無いでしょう? 皆が皆、スマホ、持っている時代だし。車にもレコーダーが付いてるし。中国、アメリカに負けず劣らずカメラ天国ですよ。」
火野「ああ、でも、防犯カメラも、付いてるだけのものも多いですからね。アテにはなりませんよ?」
水島「ん?どういう事ですか?」
火野「高い性能の良いドライブレコーダーなら、センサーが反応して自動録画しますが、安い奴は、画質も悪いし、画角も悪い。画角が悪いのは最悪ですよ、映ってないんだから。しかも勝手に上書きされちゃって、肝心の場面を逃している可能性もある。商店街の防犯カメラも一緒ですよ。半分はフェイクだし。」
水島「フェイク?」
火野「そんなアレ全部、カメラを録画していたら、どれだけ予算、かかると思っているんですか?半分はフェイクですよ。どれが本物かは分かりませんけど。それにやっぱり自動で上書きされちゃうと、肝心の所が映っていない事だってある。ま、それを前後のカメラで補完し合う事で、警察は、犯人を逮捕するんでしょうけども。」
水島「都会も死角があるんですね。」
火野「暴力を振るうような輩だから、人目がつかない場所をあらかじめ調べておくんでしょうね。逃げられてしまっては、犯行を行えないから。」
水島「用意周到ですね。」
火野「トクリュウの電話詐欺と違って、電話で完結する犯罪じゃないから、やっぱり、現場重視なんでしょう。・・・・意外に頭のいい奴かも知れません。」
水島「あ、被害者は女だけじゃないみたいですよ。・・・・・ホストをボコボコにしたって、書き込みもありましたから。」
火野「ホスト?」
水島「ええ。ほら。今は法律が改正されたけど、その前は、客に借金させて、金、貢がせているホスト、いましたからね。ああいうの、僕、行った事ないですけど、一回で百万二百万、払うんでしょ? 騙しているのと一緒じゃないですか。」
火野「そういう店だからね。分かって、遊ぶ場所だから、客を選ぶんですよ。水島さんみたいにハナっから、金銭感覚が違う人間は、敷居を跨がないでしょうし。中には勘違いして、借金してまで、遊ぶ人もいるんでしょう。現実と夢をごっちゃにしちゃう様な人が。・・・・・あえて騙す輩もいて当然なんでしょうけどね。」
水島「千円くらいで飲める居酒屋にしか行った事が無い僕には、無縁の世界ですけどね。」
火野「騙される女も悪い所があるけど、やっぱり騙す男も悪いですよ。・・・・・・『わからせ屋』の肩を持ちたくはないけど、正義の執行。仕方がないっていう意見が出てもおかしくはないですね。気持ちは分かりますから。」
水島「さっきのリリちゃん系のいただき女子の時と、反応が違うじゃないですか?」
火野「そういうつもりはないですけど。・・・・・・犯罪は犯罪ですから。」
水島「やっぱり正義っていうのが肝なんじゃないんでしょうかね。正義って感覚、人によって、違うじゃないですか。常識も人によってマチマチだし、だから正義だって人によってマチマチ。そうじゃなきゃ戦争なんて起こらないですから。」
火野「水島さんのくせに、達観した事、言いますね。」
水島「くせに?」
火野「ええ。くせに。人によって、正義感が違うから、モヤモヤしてくるんですよ。でも、法治国家である日本で、報復してしまえばそれで犯罪。しかも金をもらって行う傷害致傷。これ、依頼した方も、罪に問われますからね。いくら、許し難いことでも、それを実行してしまえば、同じ、相手と同じ犯罪者なのに。」
水島「ふぅ。・・・・・軽くなりましたね。犯罪が。犯罪を起こす敷居が。ああ、軽い。人の命の軽いこと、軽いこと。」
火野「そこ、なんですよね。そこ。人の命が軽いんですよ。」
皇「その被害にあった奴。自分がした事を、理解できたのかな? それとも、大怪我させられても自分は間違った事したとは、これぽっちも思っていないのかな?」
火野「どうだろう? やっぱり自分は被害者だって思ってるんでしょ? だって相手は犯罪者なんだし。いくら自分が、嘘をついて金を巻き上げたとしても、逮捕されてなければ合法の範囲内なわけだし。」
皇「・・・・だよなぁ。」
火野「この事件。『わからせ屋』の事件、一体、何なんだろう。」
皇「わっかんねぇ。ずっとモヤモヤしてるんだ。聞いてから。・・・・登場してくる人間、ぜんぶ、自分勝手なんだよ。全員、自分勝手。騙す奴も、騙される奴も、わからせる奴も。全員、自分勝手なんだよ。自分が、自分が、自分が、」
火野「そうね。皆、自分が正しいって、思ってる。だからこんな事件が起こるのよ。」
皇「・・・・どうしてこう、ギスギスした世の中になっちまったのかなぁ。」
火野「簡単よ。相手の幸せより、自分の幸せが優先だからよ。」
皇「だよな。そりゃそうだ。だから、ギスギスしてるんだ。・・・・・・そもそもさ。そんな世の中に、幸せがあると思うか?」
火野「まぁ、まず、無いわね。」
皇「芥川だな。”蜘蛛の糸”だ。ずっと前から警鐘は鳴らされていたのに。この世界に幸せはねぇな。」
火野「・・・・お釈迦様も糸を垂らしてくれないかもね。」
※全編会話劇