鋼鉄島・中編 朔月の往来
何日か経ったある日、タリタが分厚い本を持ってきた。
「竜さん!大変です!これを見てください!」
その本は埃をかぶっており、随分と古いようだ。タリタは本の最後の方を開いた。俺はそれを読み上げた。
「えーと…『これは仕方のないことだ。あの王国を永遠に封じる必要がある。私たちはディランの欠片を粉々に砕き、鉱山に放った。』と。え?」
タリタがこの前見せてくれた鉱物を持って言った。
「これを使ってディランの欠片を作り直せるということですよ!」
「え⁉︎」
そういうわけで俺たちは鉱山に向かった。
鉱山までの汽車は前の乗ったものよりも古そうなものだった。線路の段差を通るたびに車体が大きく揺れる。
そして奥からペストマスクにシルクハット、長い杖を持った不審な男、そしてピンク髪に白いリボン、片手に4枚のトランプカードを持った不審な女がやってきた。
「医者とマジシャン?」
タリタがそう言った。二人はずんずんと迫ってきた。俺の目の前に来ると男の方がこちらを見て言った。
「あなたが竜ですね?」
「あ…?はい…。」
女が飛び跳ねて言った。
「ついに見つけたね!ブロンド!」
ブロンドと呼ばれた男はそれに答えた。
「落ち着きなさいコルク。せっかくの獲物なので逃したら勿体無いですよ。」
ルミーが聞いた。
「えーっと…。あなたたちは?」
ブロンドが言った。
「おっと、申し遅れました。私はブロンド。こちらは…。」
「私はコルクだよー!」
コルクはピースをして言った。ブロンドが口を開いた。
「私たちスプルース団は賞金首狩りで金を稼いでるですが…。」
ブロンドを遮ってコルクが言う。
「竜くん!君が賞金首になってたんだよね!」
は?俺は賞金首になるようなことはしてない。
「もちろん裏の世界での賞金首ですが。」
ブロンドのその一言で意味がわかった。タリタたちは一歩後ろに下がった。
「開幕!」
コルクの掛け声によって戦闘は始まった。幸いなことに周りには客がいなかった。ブロンドは片手に影のエネルギーを溜めた。
「シャドウバレット!」
凄まじいスピードで闇属性の弾丸が迫る。回避したが隙ができてしまった。
「食らえ!」
コルクが四枚のトランプカードを投げつけてきた。こちらも回避したつもりだったが、一枚だけカードが手に当たった。切り傷ができる。やっと俺のターンだ。
「新流・響く草笛!」
草笛をイメージした技。刀を斜めに振り下ろす。甲高い音が響き渡る。
「これは…興味深いですね!」
ブロンドが笑いながら後ろに避ける。コルクがスペードのカードを本物の剣に変形しさせた。
「これはスペードのエース。レアモノだよ!」
コルクは『スペード』を振り回す。ルミーがコルクに遠距離攻撃を仕掛けたため、『スペード』を止めることができた。しかしそこへブロンドの攻撃が。
「シャドウショック!」
空気が揺らぐほどの爆発だ。すぐに吹き飛ばされた。ブロンドは続け様に技を放ってきた。
「シャドウショット!シャドウショット!シャドウバレット!」
正直結構キツかった。ルミーは時々援護射撃をするだけのため、実質ほぼ1:2だ。俺はランダムワールドランクはSSだが、こいつらも俺と互角ぐらいだ。恐らくS以上なのは間違いない。
「光流・白星の輝き!」
刀を振ると同時に光の弾幕を放った。ブロンドが魔法の盾で攻撃を防いだ。攻撃が入らない。
「シャドウブレイカー!」
暗黒の爆弾が弾けた。
「お次はこちら!」
その声とともにコルクの手から別のカードが飛び出してきた。
「じゃじゃーん!今度はクラブのエースです!」
そのカードは魔法の杖に変化した。
「ご覧ください!」
杖の先から鳩やら何なやらが出てくる。理解不能だ。最後に杖の先からビームまで出てきた。
「危な!」
ブロンドは攻撃力が高く、コルクは技の種類が多い。このコンビは強かった。
「竜さん!避けてください!」
タリタの声が響いた。俺が後ろに下がるとタリタが銃を放った。ブロンドに弾丸は致命傷を与えることができなかったが衝撃で怯ませることはできたようだ。
「黒龍斬!」
今のうちにコルクを倒そう。黒い刀を振り翳した。
「痛っ!もー!ブロンド!しっかりしてよ!」
コルクはダメージを受けたようだが…。普通は『痛っ』じゃ済まないだろ。
「ですが観客の皆様!私にはまだ切り札がいくつか残っています!それではお見せしましょう!」
コルクはハートの2を取り出した。俺は身構えた。しかし、コルクがこのカードを使ったのはブロンドにだった。カードはハート型の回復アイテムに変化し、ブロンドを回復させた。ヒールだったのだ。回復したブロンドは立ち上がり、即座に魔法を放ってきた。
「全く!面倒な人ですね!シャドウバレッド・Ⅲ!」
今度のシャドウバレットは数が増えている。詠唱を短縮したようだ。迫りくる三つの暗黒の弾丸。かわしきることは出きた。が、シャドウバレッドの軌道の延長線上にいるのはルミーだった。
「へ?」
闇の弾丸はルミーの頭を貫通した。とにかくルミーは流れ弾に当たりやすい。運が悪いのだろうか。
「いてっ!」
ルミーもコルクと同じだ。頭貫かれて『いてっ』で済むなんておかしい。不幸中の幸いにも相手の攻撃が闇属性なのであまり効いていないようだ。そうやって油断していた。
「あれ?」
ルミーの額を貫通したシャドウバレッド。頭に空いた穴から紫色の物質がルミーを蝕んでいた。この紫色は聖騎士団の親玉の使っていた技のと同じだった。
「同じ属性だからって油断していると足元を掬われますよ?」
ブロンドがこちらを見た。仮面で顔が隠れているため表情は分からないが、随分と余裕なようだ。
「このシャドウバレッドは私がいつも使っているものとは少し違う特殊なものです。あなたは鉱山で取れる暗黒石は知っていますか?」
「なんだそれ?」
「通称・悪魔の石とも呼ばれる致死量の魔力を含む魔石の一種です。この石の力を使うと闇属性系の技が大幅に強くなるんですよ。その代わり、使った時に技がこのような紫色になるんですけどね。」
ルミーはそのまま倒れた。タリタが別の車両にルミーを引きずって行った。
「誰か!医者の方は!」
これで本当に1:2になってしまった。
「医者ですか…。私も昔は医者でしたね…。」
ブロンドの口からその一言がこぼれたが…。
「もー!ブロンド!過去の話はいいじゃん!さっさとケリをつけよ!」
「そうですね…!」
戦いのフェーズ2が始まった。
「それでは今回の目玉!ダイヤの登場です!」
コルクが掲げたダイヤの3。カードの効果はこれで全てだろう。
「これは…なんと…!バフです!」
気付くのが遅かった。『今回の目玉』と言うからにはやばい技が来ると思って身構えていたが、こちらも攻撃系ではなかった。ブロンドはバフを受けてさらに攻撃力が上がった。シャドウバレッド飛んでくる。当たったら流石に俺も死ぬかも。
「クソっ!」
かろうじて避けつつ、技を放った。
「草流・蒼翠の種!」
弾幕自体は小さいが、この技は多段ヒットしやすい。
「小癪ですね!シャドウカウンター!」
闇のエネルギーの斬撃で技が反射された。蒼翠の種の反射の弾幕は避けることができた。
「草流・碧緑の芽!」
草流には順番がある。種の次は芽だ。先ほど飛ばした種が芽が生えるようにはじけた。流石のブロンドもこれを受けて吹き飛ばされた。さらに追い討ちだ。
「草流・苔緑の根!」
芽から根が伸びる。この根は見かけによらず鋭い。ブロンドは大ダメージを受けて血を吐いた。やりすぎな気もするが…、ひとまずこれでブロンドはOKだろう。あのハートのトランプもそこまで回復力があるようには見えない。せいぜい怯んでいる奴を元に戻せるだけだろう…。俺の予想は大きく外れた。
「もー!ブロンド!もっと自分を大切にしなよ!」
コルクが取り出したのはハートのキングだった。その可能性を忘れていた。最初にコルクが使ったカードはハートの2。もしハートの数が回復力に比例するなら…。
「ハートのキングなんてレアなんだから。もう使わせないでね!」
ブロンドは一瞬で回復した。『オールヒール』と同じようなものかもしれない。
「そろそろお開きです。こいつにとどめを刺しましょう。」
ブロンドがゆっくりと近づいてきた。そして…。
「終焉のカタストロフ!」
ブロンドが手を前に突き出したと同時に闇属性のエネルギーが噴射される。もちろん避けることもできず、大量の闇のエネルギーを浴びた。ルミーの時と同じだ。体を闇が蝕んでいく。
「うう…ぐ…。」
「まだ生きてますか…。面倒ですね。」
かろうじて生きているがもう虫の息だ。意識が朦朧としてきた。そして『彼』は来た。
バキッという音と共に列車の天井に穴が開き、見覚えのある男が降り立った。
「全く。レミに頼まれて道場に行ったら。君たちは抜け出て何をしてるんだい?僕がいなかったら君は今頃死んでるよ?」
俺の目に映るのは間違いなく烈火の悪魔だった。
「ル…ルタ!」
「後は任せろ。」
そこで俺の意識はなくなった。
異様な気配だった。私たちの目の前に現れた『それ』は異様な気配だった。
「ゲッ!なんで女までいるんだよ!」
『それ』はコルクを見て慌てた様子で言ったが、次の瞬間に冷酷な目で私たちを睨みつけてきた。
「まあ、最終的にどっちも殺すから関係ないか。」
悪魔だ。本物の悪魔だ。性格も悪魔だ。こいつはヒーロー気取りだがそんなのは化けの皮だ。
「はあー?きみ誰?」
コルクが強気に言う。ダメだ。コルクは気づいていない。こいつのオーラは人間のものじゃない。ダメだ。殺される。殺されたくない。ここで死にたくない。
「ーっ。さっさと片付けるか。」
気づいたら烈火の刃で貫かれていた。あんな一瞬で刺すなんて反則だ。
「へ?ブロンド?」
コルクがこちらを見て言った。
「ニゲロ…。」
私はその言葉を発そうとしたが、その前に喉を突かれた。
「あ…。ハートのキングもうないや…。」
私のことなんか構わず早く逃げろ。しかしコルクは烈火の悪魔に立ち向かっていった。
「必殺技使っちゃうしかないかー。いくよー!」
コルクはジョーカーを取り出す。
「サプライズだよー!」
カードから『ハート』や『ダイヤ』や魔法が飛び出す。だが。
「ふーん。つまんないオモチャだね。」
悪魔には効かなかった。
「あれ?」
コルクは首を傾げた。そして…。
「これで終わり…と。」
一瞬で貫かれた。悪魔は血を剣から振り払った。
「…まあ、とどめは刺さなくていいか。十分反省してもらえただろうし。」
『ルタ』。その悪魔は手袋外すと言った。そして月夜の闇へと飛び去っていった。
まだ若い頃の話だ。その頃はファルカダイン島にいた。私は医者だった。無名なほうで、次第に収入は減っていき、金を失い、仕事を失い、やがて家を失った。唯一残されたものはペストマスクだった。医者だった頃のものだった。いく当てもなく街を歩いているとピンク髪の少女と出会った。その子もホームレスだった。いつもサーカス場の入り口の場所にいた。私は人見知りだったためペストマスクをつけて街を歩いていたため、他の子供には怖がられていたが、この少女だけは違った。少女の名はコルクといった。コルクはサーカスに出てくるマジシャンに憧れていた。次第によく話すようになっていった。ある日、賞金首の張り紙が落ちていたのを拾った。懸賞額は10000Gだ。高いわけでもなかったが、ホームレスだった頃はそれでも十分高いと思った。コルクとともに賞金首を討伐しにいった。1回目で大成功を納めたため、私たちの名は裏の世界で知れ渡った。そして私たちはスプルース団と名乗った。その日から今日までずっと金のために動いてきた。
これは罰なのだ。私たちのような貧乏人はいつまで経っても地位や名声を得ることはできない。私たちが竜を殺し損ねたという噂はすぐに広まるだろう。ああ。また振り出しだ。意識が朦朧としていく中、そのようなことをぼんやりと考えていた。