料理島・後編 明暗の刀剣
「そこの兄ちゃん!アトリア嬢の作った料理食べていかないかい?」
「アトリア嬢?」
「ああ!一流の料理人さ!ポラリス島の公爵令嬢様でね。祭りがあるから遥々来てくれたそうだ。本人はあそこのステージの上にいるけどね。」
その人はステージを指差した。アトリア嬢はスピーチをしているようだ。
「いやはやフェルカド島の文化は素晴らしい!三日かけて来た甲斐がありましたよ!ポラリス島では…」
ステージに立ってあれだけ自身に満ち溢れているとは。さすがは令嬢様といったところだろうか。
「えーっと…メニューは?」
「これだ。」
メニューの冊子を開くと大きなローストチキンが最初に目に入った。
「…。ローストチキンで。」
「それじゃそこの席にでも座って待ってろ。そろそろアトリア嬢のスピーチも終わるさ。」
俺は一息ついて席に座った。それと共にクルハが慌ててやってきた。
「ディランの欠片が無くなってます!」
「えぇ⁉︎」
しかし、クルハはあの時しっかりカバンに入れたのをみんな見たはずだ。どこかに落としたのは考えにくい。つまり、誰かに盗まれたということだ。
ディランの欠片の価値を知っているということはミラム王国についても詳しく知っているだろう。俺たちはミラム王国について詳しそうな人を片っ端から探していった。
なかなか見つからなかった。
アトリア嬢が帰ってきて料理を作り始めた時に他の料理人と話していた。アトリア嬢が先に話し始めた。
「この前のブツの件だが…。」
「ああ…アルカディアの…。」
「一つ…手に入れた…。」
「何のために…集めて…?」
「…黄金の…解放さ。」
「文明には…魔物や瘴気が…。」
「気にしなくていい…秘宝だけ…淡海から逃げれば…。」
結構やばい話をしているようだ。俺はすかさず刀を抜いた。
「おい!ディランの欠片を盗んだのはどうやらお前のようだな!アトリア嬢!」
隣の料理人は怯えていた。が、アトリア嬢は焦りはせず少しにやけた後に言った。
「あら、私が盗みなんて人聞きが悪いですね。その剣を収めてください。」
「とぼけるな!」
「チッ。」
アトリア嬢はこちらを睨んだ。そして隣の料理人に言った。
「一旦店番を頼むよ。」
「はっはい!」
俺は念話でクルハたちに通信した。
〔アトリア嬢が欠片を盗んだ犯人だった!集まってくれ!〕
ミアがワープでやってきた。ルミーは串焼きを咥えたままだった。クルハはアトリア嬢を睨みつけた。
「まさか…アトリア嬢がそんなことするなんて!」
「何かの目標のために努力をすることは素晴らしいことだと思わないかい?」
俺は言った。
「目的を教えろ。」
「君たちはアルカディア文明について知ってるよね。あそこの秘宝の中には面白いものがあるという噂があるんだ。『黄金のスパイス』さ。食べた者は魅了され、食べるのをやめられなくなる…。だっけ?」
ミアは呆れた。
「それもうヤクじゃ…。」
「だが合法だ。しかし文明の中は瘴気と魔物で満ちてるから…。スパイスを手に入れたら淡海からはとんずらするつもり。」
俺は叫んだ。
「お前はポラリス島の公爵令嬢じゃないのか!」
「地位とか関係ないから。それだけ料理を愛してるってこと!」
かなり狂っていた。俺は刀を構え直した。ルミーは街から離れた丘の方を見て言った。
「ここでは危ないよ。あの丘で戦おう。」
丘に到着したルミーはやっと串焼きを食べ切ったようだった。
俺は刀を構えた。アトリアは聖剣のようなものを抜いた。ミアは魔法を構えている。
アトリアの聖剣の剣先が一瞬揺らいだのを見逃さず、斬りかかっていった。
カァン
罠だった。カウンターか?ミアは魔法を発射する。
「バーストスグラー!」
さすがのアトリアを不意打ちを喰らって少しよろけた。しかしアトリアに反撃のターンが回っていったようだ。
「散れ!」
アトリアは聖剣を振りかざした。光の粒子が周辺に飛び散る。俺は回避したが、援護していたルミーに直撃した。
「うわっ!」
ルミーには吸血鬼の血が流れているため、光系の属性にはめっぽう弱い。ルミーは深い傷を負った。
「ぐはっ」
真っ黒な血を吐いた。一撃なのに高威力だ。俺はルミー少し離れたところへワープさせた。
「下がってろ!」
ミアが援護からアタッカーに切り替わり、刀を抜いた。
「これでも喰らって黙っとけ!」
アトリアにも傷が入った。クルハはルミーをヒールしている。俺もミアに続けて技を放った。
「黒龍斬!」
刀と瞬間移動を駆使した応用技。常人なら死ぬ。常人なら。
「面白い…。そこまで欠片が欲しいの…!ならこちらも本気を出さなきゃね…。」
アトリアは聖剣を掲げた。闇のエネルギーが聖剣に集う。聖剣は魔剣に変化した。赤いオーラが辺り一面を覆う。
「悪食魔剣!」
二つの属性を操れるのは強力だ。
「私にこの力を使わせたことは誇っていいことよ。残念ながらあの世でしか自慢できないけどね。」
「ドレイクブレス!」
魔剣が振り下ろされると共に瘴気が満ち溢れる。直前にミアが結界を展開したため防ぐことができた。
「おや?結界を出なければ私に攻撃を当てることはできないよ?」
俺は結界が展開できない。ならやることは一つ。
「俺が行く。」
ミアはそれを聞いて言った。
「んじゃお願い。」
俺は黒輪刀を構えるとアトリアに向かって一気に突っ込んでいった。それと同時に師匠に教えてもらった技を放った。
「黄金流・絶無の断罪!」
黒を刀に巡らせて攻撃をする技…が本家だがそれは危険すぎるので光属性に置き換えている。
「はぁ⁉︎瘴気があるのに⁉︎」
刀はアトリアには当たらなかったが魔剣にヒットした。魔剣は飛ばされて地面に突き刺さった。
「負けを認めろ。アトリア。」
ミアは結界を解いて言った。魔剣は主人を失い力がなくなっている。
「…こんなはずじゃ…。私の計画に狂いはなかった!それがこんなガキどもに…。」
アトリアは怒りの表情でこちらを見ていた。そして一息をつき、感情を落ち着かせて言った。
「君たちは何のために欠片を…?」
クルハがやってきて答えた。
「アルカディア文明の秘宝を探すためです。」
その答えを聞いてアトリアは呆れたように笑い始めた。
「…ははは…あはははは!なんだ!私と同じじゃないの!」
「俺たちは人に迷惑をかけるつもりはない。」
「あら?お兄さん知らないのかい?文明の遺跡の内部には瘴気と魔物が満ち溢れてるんだよ?そんなのを解放したら淡海はどうなっちゃうだろうね?」
初めて聞いた話だった。俺とミアはクルハを見た。クルハは少し焦りながら言った。
「えーっと、その事について確かに私は知ってましたけど…。光魔法なら浄化できるかと…。」
アトリアが笑った。
「あはははは!バカなの?あんたは文明の広さがどれくらいあるか分かってんの?たかが魔法でどうにも出来るわけないのよ!」
ミアはアトリアを遮った。
「そろそろ黙ろうか?」 アトリアは口を閉じた。
「もう…やめたほうがいいですよ。こうやって言い合ってても前に進むことはできませんし。」
クルハのその言葉を聞いてアトリアは何かを思い出したようだった。
数十年前、祖父がまだこの世にいた時だ。祖父は料理が趣味で、私もそれに影響されて料理の道を進んだ。祖父は若い頃に黄金のスパイスの存在を知ったらしく、それからずっとスパイスを探していた。アルカディア文明の遺跡に黄金のスパイスがあるという噂を聞いた彼は文明の解放をする方法を探す旅に出た。すでに彼は老いていたため、人生をかけた人生最後の旅だった。そして彼は自分を止めようとする私に言った。
「勇気を出さなければ前に進むことはできないのじゃ。勇気を出して進むのが自分の世界を変えることにつながるのじゃ。」
彼はそのヨボヨボの足で邸宅から出て行った。その後どうなったかは知らないけど、黄金のスパイスの効果が分かったのはそれから何年もたった後の話だった。
その話を聞いた俺たちはアトリアが黄金のスパイスを探したがる理由も納得できた。
「…はぁ、私はどこで何を間違ったんだろう…。」
俺はとあることをふと思い出し、アトリアに聞いた。
「ディランの欠片の他の二つはどこにあるか知らないか?」
アトリアは答えた。
「一つはファルカダイン島の鉱山に、もう片方は…知らない。」
ファルカダイン島は淡海中央の海を挟んでフェルカド島の反対側にある島だ。つまり遠い。アトリアは欠片を取り出した。
「先程はすまなかった。返すよ。」
「一緒に行かないか?」
俺はそう言ったがアトリアは行くつもりはないようだった。
「いや、今はいい。文明が解放されたらまた行くよ。」
俺たちは街に戻ってきた。祭りも賑わっていた。ルミーは肉料理を見つけたようで屋台の方に走って行った。クルハは俺もここで休憩をすることにした。
「やっと欠片の一つ目を手に入れたね。」
ミアが近くにきて言った。俺も返事をした。
「ああ。道のりが長そうだな…。」
しばらくしてルミーが走ってきた。
「そこの屋台のお菓子とっても甘くておいしかった!」
『セピアのカルメ焼き』
そうでかでかと書かれた屋根のついた屋台から甘い匂いが漂ってきた。俺たちもカルメ焼きを食べに行った。屋台には少年…ではなく少女が立っていた。いや、少年か?
「この俺セピアの作るカルメ焼きはフェルカド島では一番の美味さだぞ!お前らも食ってみな!」
クルハは屋台の前に来て財布から硬貨を取り出した。
「カルメ焼きを四つください。」
セピアは硬貨をよく見て言った。
「…ん?この硬貨なかなか見かけない模様だね。えーと…『ミラム王国』?」
クルハはあわってた様子だった。
「ああ!えーっと!アルカディア文明のマニアでして…!趣味で集めてたんです!」
「お前…なかなかのオタクだな?」
セピアはそう言って硬貨を数えた。
「はい。カルメ焼き四つだったね。」
クルハは俺たちのために買ってくれたようだった。クルハはカルメ焼きを受け取ると俺たちに一つずつカルメ焼きを渡してくれた。
「あのベンチで食べよう!」
ルミーが少し長めのベンチを指差して言った。しかし、四人座るのには短すぎる。俺はベンチの後ろに立って食べることにした。
やがてステージからアナウンスがかかった。
「これから花火大会を始めます!」
ちょうど正面の方角に花火が一発打ち上がった。それに続いて二発目三発目と次々に上がっていく。
(千谷幕府以外の花火は初めて見るなー。)
俺はそう思った。ミアは黙って花火を見ていた。ルミーはカルメ焼きを食べるのに夢中になっている。クルハは花火を初めて見るらしく興味津々だった。
このような平和な日々が続いていくことを、人々は望んでいるだろう。